第7節 ③

「僕は――」


 突如、こうのポケットの中の携帯電話が震えた。ヴェイラーは「タイミングが悪かったネ」と笑った。


「いいよいいヨ。出るといイ」


「……すいません」


 ヴェイラーは劫に ケータイの通話ボタンを押すと、 


『もしもーし! やっほーコーちゃん! 聞こえてるかしら? 聞こえてるわね!』


 やたらテンションの高い女性の声と、風と波の音がこうの鼓膜に響いた。


「……センセイ。旅行はもういいんですか?」


『まーねー! 今帰ってるところよ! いやーたまには船もいいものね! お土産もたくさん買ったから楽しみにしてなさい!』


 センセイの声を聞くのは久しぶりだが、それでもテンションが高く掴みどころがないのは変わりなかった。そんなセンセイの様子を通話越しに感じ取り、こうの顔に少し笑みが溢れる。


『あの、センセイ……! 電話するなら船内のほうが……!』


 どうやら沙月さつきもすぐ近くにいるらしい。風が荒ぶ音や波が打ち付けるような音が聞こえるのは、甲板上で通話を掛けているからのようだった。通話越しでも聞こえるぐらいに風や波が強いせいで、声を張らないと会話もしづらいようだ。


『えー? なんてでー?』


『外で電話なんてしたら、危ないですよ……! ケータイを落としたりなんかしたら――!』


『さっちゃんは心配性ねー。そんな馬鹿なことアタシがするわけないじゃな――うわ船揺れた! ってア! ケータイ滑』


『ちょ、なにやってるんですかセン』


 ボチャン。ザブンゴボゴボ。そしてブツン。

 それが通話先から聞こえた音だった。


「……………………」


「ハッハ、その表情からするとティーチャーレディからの電話だネ? そして、ケータイを落として像に踏み潰されたとかそんなことをやらかしたんだろウ?」


「……もっとアホなことしてましたよ」


「ハッハー! そうカ! 全くあのレディはワタシの推理の上を行く愚かを持っているネ!」


 こうはヴェイラーの笑い声を聞きながら、先程の問いかけを思い返す。


 ヴェイラーの指摘と忠告は尤もだ。片萩劫かたはぎこうという存在は、あの時から決定的に道を踏み外している。 

 自分の役割を捨てて、けど属性はそのままで、ただ人工変異型の変異血種ミュータントという枠組みに収まっているだけの存在。あやふやで曖昧な存在。


 けれど、この事務所にいる間は自分がまだ自分でいられる気がする。


 ――ああ。だからだろう。


 それがきっと、片萩劫かたはぎこうがまだ――踏み留まれている理由だった。

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ミュータント・ブラッド・ゼロ 玖音ほずみ @juvenilia

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