食事給料はじめませんか?
ちびまるフォイ
食事給料の欠点
「社員のみなさん、今日からわが社の給料は食事給料とします」
ある日の給料日前に社長がそう切り出した。
最初は何を言っているのかよくわからなかったが、
実際に給料日になるとその意味がわかった。
「え、お金はもらえない!?」
「だからいっただろう。食事給料だと。
その代わり、次の給料日まで毎日ちゃんとした食事が出る」
「そんなんだったら、最初から金貰って食事するわ!!」
このあと、たくさん文句を言うためにエネルギーをつけなくては。
食事給料として出された昼食に手を伸ばす。
「う、うまぁぁい!!!」
イライラも消し飛ぶほどに衝撃だった。
「当たり前だろ。給料を食事として出しているんだ。
お金を出さないぶん、相応の料理が出るに決まっている」
「こんなにおいしい料理があるなんて!!」
食べ終わるころには大満足しすぎて文句を言う事などすっかり忘れた。
食事給料制が浸透するのにそう時間はかからなかった。
「なんだよ、食事給料ってめっちゃいいじゃん!!」
ちゃんと働いていれば、次の給料日までの月給ならぬ月食が出される。
飽きが来ないように毎日バラバラな候補から選ぶことができる。
さらに、自分でも好きな食事がとれるようにと
食事給料としてふさわしい料理店には無料で入ることができる。
「こんな高級店に無料で入るのか……!
食事給料って、本当にすごいな……!」
普段は外で眺めることすらおこがましいほどの高級店や
長蛇の列ができる人気料理店にも優先して入ることができる。
食事給料になってから、食事に悩むことも失敗することもなくなり
体の調子はぐんぐん良くなって毎日食事が待ち遠しくなった。
「ああ、食事給料制って本当に最高だ
人間の幸せって食べることが大部分を占めてるんだなぁ」
うっとりと満足した。
食事給料のいいところは自己満足だけでなく、
美味しい店をほかの人も連れていくことができる点もある。
「先輩、こんな店入って大丈夫なんですか?」
「まかせろ。給料日にもらう食事パスがあるからね」
毎日好きなだけ美味しいものを振舞うことができる。
お金を手にしていた頃より、会食回数はぐっと増えた。
そのうち、結婚を意識する異性もできたりして
食事給料制になってからというもの、いろんな幸せが舞い込んできた。
幸せの絶頂で愛を叫びまくっていたある日のこと。
「ねぇ、私ほしいものがあるの」
「欲しいもの?」
「私、結婚指輪が欲しいわ」
「えっ」
いつかこの日は来るだろうなとうっすら思っていた。
けれど、結婚だけでなく指輪となると話は別。
「そ、その……指輪じゃなくて、食事じゃダメかな?
結婚食として、給料3ヶ月ぶんの超おいしい食事を振舞うよ」
「ダメ。指輪がほしいの。形に残るものが良い」
「マジか……」
食事給料になって不便を感じたことはなかった。
けれど、食事給料で指輪を買うことはできない。
上司に食事給料をお金に戻せないかと相談した。
「……というわけで、指輪を買いたいので通常給料にできますか?」
「給料をこれまでのお金に戻すのか。不可能ではないがおすすめはしないぞ」
食事給料制からお金給料制へと戻った。
結婚指輪を買うべく必死に働いて働きまくった。
社員が食事給料で美味しい店に行くのをしり目に
俺はひとり買ってきた食事に口をつける。
「いただきま……まずうぅぅ!?」
唇に触れただけで椅子から転げ落ちた。
「今まであれだけ食事給料で美味しいものばかりを食ってたから
もはや普通の食事は口にあわなくなっちゃってる……。
ぐっ……し、しかし、食わないと死ぬし……」
華をつまみながら、嫌いなものを食べる子供の用に食べた。
食べきったころ俺は病院へ緊急搬送された。
「こ、ここは……? 俺はたしか会社で食事をとっていて……」
「ここは病院ですよ。あなた食事に対する拒絶反応で気絶したんです」
「そうだったんですか……」
「今はもう大丈夫ですが、何を食べたらあんな状態になるんですか。
まるでアレルギー反応ですよ」
「す、すみません……」
「あと、これは病院からの食事です」
「う゛っ……」
医者は去り際に病院の食事をベッド横のテーブルに置いた。
見ただけで、においをかいだだけで、拒絶反応が出てしまう。
「はぁ……美味しいもの食べ過ぎた……。
これじゃ、普通の食事はもちろん病院食なんて無理だ……」
お腹は減っているのに、食事を拒否する状態になっていた。
そこに恋人がやってきた。
「大丈夫!? 仕事中に倒れたって聞いたから、駆け付けたわ」
「ああ、心配かけちゃってごめん。
食事給料の後遺症で食事がとれなくて……ははは」
「私が指輪ほしいなんて言ったから?」
「君のせいじゃないよ、俺がほしいんだ」
「……決めたわ、あなたは食事給料で働き直して」
「待ってくれ! それじゃお金が手に入らない! 指輪も買えない!」
「お金は私が稼ぐわ」
「どういうこと……?」
「夫婦で働けばいいのよ。
私がお金を稼いで、あなたが食事を稼ぐの」
「その手があったか!」
お互いにお互いの足りない部分を補うようにして働く。
こんなにも自分を気遣ってくれる人がいるなんて。
「本当にありがとう。君と一緒になれてうれしいよ」
「私もよ」
「でも、食事給料とちがって二人分のお金を稼ぐのは大変だ。
俺が通常給料をかせいで、君が食事給料で働いてほしい」
「いいえ、それはできないわ。私がお金をかせぐわ」
「俺のためにそこまで……!」
「当たり前じゃない」
「それに、お金は場所も取らないし
食事と違ってどこかに隠しても腐ったりしないでしょう?」
食事給料はじめませんか? ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます