第6話 黒乳首

ジムで汗を流すこと二時間弱。

そろそろお腹が空いてきた私たちはジムを出て昼食を取ることにした。


 「楓、何か食べたいものある?」

 「えー…特に無いけどさあ…」

 「何よ?」

 「何よじゃないから!? お姉ちゃんに殴られたとこまだ痛いんだけど!!? もう絶対たんこぶ出来たこれ」


半泣きになりながら頭を擦る我が妹。


冗談抜きで痛いのだろうが同情の余地などない。なぜなら全ての原因はこの妹にあるからだ。


これはほんの一時間前のこと。


トレッドミルで一時間走り終えた私がバタフライマシン(胸を鍛える奴))で鍛えまくってる楓に話しかけると、


『胸を鍛えて本物を手に入れたいんだよ』

などと…意味不明な事を口走っていたので、


『クソ意味わかんないけど、でも筋肉付け過ぎるのは良くないんじゃない? 走るときに邪魔でしょ、実際私も邪魔になるし』

『はいでたーー嫌味いただきました』

『な、なによ嫌味って…私はそんなつもりじゃ』

『は? つもりじゃないなら何言っても良いの? バカなの? ホントに』

『もう何怒ってんのよ。ただの忠告じゃない。胸が大きくなると邪魔になるよって。ただそれだけで…』

『あ、また言ったなこのデカ乳!』

『デ…デカ乳って。ちょっとやめてよホントに。注目されてるじゃない』

『デカ乳! デカ乳!』

『ちょっと楓ホントに…』

『単細胞! 義乳!!』

『…楓』

『黒乳首!!』

『………(ブチッ)』



―――てなことがあったんだけど…。


ね、私悪くないでしょ?


楓にはしっかり反省して貰わないと。痛みを伴わない反省なんて直ぐ忘れちゃうんだから。


あと私は別に黒くないからね? むしろピンクだから。

いやいや…コホンコホン。


「じゃあ別にないなら私が決めちゃって良い?」

「んまあ別に良いけど…お姉ちゃんこの辺りくわしいの?」

「前に来たことがあるってだけで別にくわしいって訳じゃないわ。でも味は保証するから。付いて来て」


私たちは様々なショッピングモールが立ち並ぶ街中を抜け人も閑散となった路地裏へと足を踏み入れる。


前に来た時は夜だったけど昼間でもこの辺りに人はいない。まあこの雰囲気、私は嫌いじゃないけどね。


路地裏に入って数分、小さな屋台が目に入ってきた。


「お姉ちゃん…まさかとは思うけど…」

「ええもちろんここよ。…って何よその顔は。大丈夫だって、前に来たって言ったでしょ? 最高のラーメンを保証するわ」


もはや疑心暗鬼にでも陥っているのかおずおずと私の後を付いて来る楓。可愛いといえば可愛いけどお店の人に失礼でしょ。


「だってこういうお店入ったことないから、ちょっと怖いっていうか…」

「もう変な所で臆病なんだから。でも食べたらそんなこと絶対言えないから安心して。店長さん、豚骨ラーメン二つチャーシュー増しましで」


坊主で不愛想な店長が無言で頷くのを見て、私たちは屋台へと座る。


基本セルフなので自分で二人の水を用意すると雰囲気に慣れて来たのか楓が話し掛けてくる。


「来たことがあるって言ってたけど前は誰と来たの? お姉ちゃん友達いないじゃん」

「いないけどその言い方どうなの? …部活仲間よ部活仲間、この前たまたま一緒になってさ。ここでご飯食べたの」

「ふーん…」

「…なに?」

「それってさ―――彼氏?」

「はあ? 男は男だけど別に彼氏じゃないわよ。唯一の部活仲間が男ってだけ。つーか楓だって知ってるでしょ」

「…まあ知ってますけど」

「なんなのこの子は……」


何故だか〝つーん〟としてる我が家の姫様。


もしかして嫉妬? お姉ちゃん取られちゃうんじゃないか的な? 


可愛いところあるじゃないかって…いやないか。あるわけないな。


それに別に取られてないし。なんだったら別に誰のものでもないし。私は私の道を歩むだけだし。


んまあそれでも…

妹の機嫌ぐらいはとらないといけないか。買い物も残ってるしね。


そんなことを考えてると目の前に濃厚な豚骨ラーメンが二つ。

私はラーメンと共に割りばしを楓に渡す。


どうやって機嫌を取ろうかと思ったけど…どうやらその思いは杞憂に終わりそうだ。



「何これおいっしいーー!! 今までで一番かも!!?」



さっきまでの不機嫌面はどこへやら。


「でしょ!? だから言ったじゃない! チャーシューも最高なんだから」


私は楓に笑いかける。

不愛想な店長も少しだけ頬を崩す。


食事というのは全ての人を笑顔にする。


ウチの姫様も終始ご満悦のようだった。

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