第3話
大きな窓から差し込む、月明かりだけを光源とした暗い部屋に、その青年はいた。
20代半ば程の青年の姿をしている。窓の外に広がる夜空より尚暗い黒の髪と、髪と同じ色で縁取られた切れ長の真紅の双眸。薄く開いた唇から覗く白い牙に、端正でありながらどこか冷たい印象を与える容貌。
──彼は長い年月を生きた、吸血鬼と呼ばれる種族の青年だ。
吸血鬼はその名の通り、主に生き物の血液を得る事で栄養を摂っている。特に人間の血液を好み、餌を狩るために整った顔立ちをしたものが多い。姿こそ人間と酷似しているが、特殊な術を扱ったり、異様に身体能力が高い……と、言われているが実際の所は定かではない。
元より個体数の少ない種族であり、青年自身ももうずっと長い時間自身と同じ吸血鬼にはあっていない。要は、情報が少ないのだ。
「……はあ」
そんな絶滅危惧種の青年が一つ、への字に曲げていた口から大きなため息をついた。
眉根を八の字に寄せ、柔らかそうな椅子に深く腰掛けながら、肘置きに頬杖をついている。
目の前にある机には、いく束もの紙が置かれている。それらを憂鬱そうに眺めながら、もう一度ため息をついた。
そのため息が消えた頃を見計らったように、部屋の扉が叩かれる。部屋の主人の返答を待つ前に開いた扉からは顔色の悪い青年が入ってきた。
こちらは吸血鬼の青年より2つか3つ程若い年頃に見える。よく見ると整った顔立ちをしているのだが、今にも倒れそうなほどの白い肌と目元にもクマがそれを隠してしまっており、よほど観察に優れている人物でなければ気づかないだろう。肌と同じように髪もまた白く、癖のある長髪を一つに束ねられていた。
吸血鬼の青年を見て何か言いかけていた言葉を飲み込み、こちらもまたため息をつく。
吸血鬼の青年がした力無いため息とは対照的に、怒気を孕んだ唸り声のようなため息。
「……おかしいですね、机の上の状態が私が退室する前と全く同じように見えるのですが。気のせいでしょうか?」
「実にいい記憶力だな、アイク。実際何一つ変わっていないぞ」
飄々と返ってきた返答に、顔色の悪い青年──アイクはもう一度嘆息した。
彼はそれなりの年月、この吸血鬼に仕えてきた。その上で何度めかになるかわからない言葉を飲み込みながら、怒りも無理やり抑えそむようにして飲み込む。
もうやだ、この主。
「それで、何か用か?ため息をつきに来たわけでもなかろう?」
「…………そうでしたね。では端的にご報告を致します」
諦めたように首を振ってから、一度深く息を吸って、吐き出す。
そうして一拍置いてから、彼は本来の要件を口にした。
「待ち飽きたと、ルディが屋敷を飛び出しました」
White Night Fantasy 鷹司秋人 @nichtmond
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