最終話 鬼になった竜
「これからどうするの?」
「あいつを体育館の楽屋に案内するの」
「かごめは顔を知られてるんじゃない !?」
「・・・・・」
「私がやる」
伽藍が手を挙げた。
「だったら私も!」
つづらも手を挙げた。
「でも学生服じゃまずいんじゃない !?」
「バッグにボクシングジムのトレーニングウェアが入ってる」
「私はクラブのウェアにする」
着替えた伽藍とつづらが体育館の入口で曽我善法を迎えた。付き添いで明呼が同行していた。
「お待ちしてました! どうぞ、控室へ!」
キャピキャピの女子ふたりに迎えられて、善法も満更でもなさそうに頷いた。伽藍とつづらが善法を案内して楽屋控室に入ろうとすると、護衛部の強面二人に止められた。控室の中を点検して出て来た強面ふたりは善法の娘・明呼に伝えた。
「大丈夫です」
伽藍とつづらは再び善法を案内して楽屋に入ろうとすると、今度は明呼に止められた。
「あなたたちはもういいわ、ありがとう」
そう言って善法と中に入り、入口には強面二人が警備に立った。伽藍とつづらは仕方なく強面ふたりに愛想良く一礼してその場を離れた。
「感じワルっ」
「教祖っていうより、組長って感じね」
「半グレカルトは怖ッ」
楽屋では既に明呼が息絶えていた。首の捻じれた明呼がガクッと落ちた後ろには、しのび狩りの達人・石田元が居た。明呼の遺体は速やかに楽屋裏口に付けられた幌付きトラックに収容された。
「あと三体だな」
荷台の辰巳と牙家が素早く楽屋のドアに控えると、石田が善法愛用の呼び鈴を鳴らした。強面の一人が楽屋に入って来た。
「お呼びですか、教祖さ…」
一瞬で強面の首に巻かれた罠用のアケビ蔓が、ドアの両側に控えていた牙家と辰巳によってギリギリと締め付けられた。熊締めの技で抱き付いた石田によって、強面は身動きできない状態のまま動かなくなった。牙家は強面が息を吹き返さないよう瞬殺で首を捻った。牙家と辰巳は手際よく2体目の遺体をトラックの幌に収容し、再びドアの両脇に控えて待った。石田は裏口に着けた幌に待機して次の遺体を待った。
表に立っている強面が、楽屋の中を気にし始めた。ドアをノックしたが応答がないので、警戒しながらドアを開けると、首にアケビの蔓が巻き付いて来た。そのまま楽屋の中に引き擦り込まれ、蔓が絞まっていった。強面の全身に痙攣が走り、動かなくなった。牙家は同じように仕留め、幌の中に収容した。
「あと一体だな」
教祖の善法は、目隠しと轡を噛まされ、舞台引割の後幕の裏に引き摺られていた。目隠しを取ると善法は驚いた。
「曽我善法…今日は記念日だ…おまえが地獄に落ちる」
竜はナガサの名工・西根鋼之心に特注した細身の9寸5分のナガサを抜いた。
「これは、おまえを黄泉の国に送るために作ったものだ」
善法の喉元に当てられたナガサが、ゆっくりと刺さって行った。声も出せない恐怖と激痛に、善法の体が震え、顔面は地獄に歪んだ。
「このナガサはな、罪深きカルト教祖の善法…刺さる時は血が出ないんだよ」
竜は、急所の手前で刃先を止めた。
「知ってるか? 普通のナガサは引く時に獲物に痛手を負わせるそうだ。しかし、この特注のナガサは引く時に痛手だけじゃなく、不思議なものを見せてくれるそうだ。醜いなあ、おまえの面は…ま、私はナガサでの仕留め方は習い立てだから、普通以上に痛いだろうが、それは勘弁してくれ。じゃ、試すからな」
竜はゆっくりナガサを引き抜いた。善法は激痛で全身に痙攣を起こした。
「まだ殺さないよ、善法。ご利益のあるお題目は唱えないのか?」
その時、善法の目の前に大勢の怨念に塗れた信者らの霊が現れた。
「おや…善法、見えて来たか? お前を地獄に連れて行くお友だちが…」
竜は更にゆっくりとナガサを引いた。善法の霊は怨霊らに引っ張られて幽体離脱し、肉体のその目は恐怖に剝けたまま、この世のものではなくなっていた。血は一滴も垂れず、正に善法の血は凍っていた。
「竜さん、見事に仕留めたな」
楽屋との引幕を開けて龍三が立っていた。妖子とかごめが一緒だった。辰巳が声を掛けてきた。
「急ぎましょう!」
善法の遺体を収容した幌トラックが火葬船目指して発車した。校庭を出る時、黒塗りの車に待機している護衛部の連中が、幌付きトラックにやや不審な目を送って来た。
松橋英雄の運転する幌付きトラックは国道105号に入った。英雄はサイドミラーに1台の黒塗りの車を捉えた。
「来たぞ」
国道の途中で、幌付きトラックと黒塗りの車の間に軽トラが入ってノロノロ運転が始まった。
「クソッ、追い越せ!」
黒塗りの車が追い越そうとセンターラインを割ると、軽トラはフラフラと蛇行運転になった。
「早く、追い越せ!」
黒塗りの車が強引に軽トラの横に着き、運転席を見ると、貞八が一升瓶をラッパ飲みしている姿が見えた。
「クソッ、アル中ジジイか!」
黒塗りの車は軽トラを追い越そうと加速すると、前方からクラクションを鳴らす大型バスが現れた。慌ててブレーキを掛けて、再び軽トラの後ろに着いた。大型バスとギリギリ接触し、サイドミラーが弾け飛んでいた。
「あのじじいのせいで…クソッ!」
「てめえが下手くそなんだろ!」
「じゃ、運転代われや!」
「そうだな」
助手席の護衛部員が運転手の頭に弾丸をぶっ放し、ドアを開けて車外に蹴飛ばした。走りながら運転席に移動した護衛部員は、前方の軽トラの後部に追突したまま密着して加速していった。
黒塗りの車の後方から理沙のバイクが現れた。後部座席に虎鈴が乗ってドローンを操縦していた。ドローンは黒塗りの車の破壊されたフロントガラス上の位置をキープし、白い粉を散布すると、運転する護衛部を直撃した。貞八の軽トラは加速し、黒塗りの車を離れて路地に退散した。粉だらけの護衛部員は幌付きトラックを追った。
カーブを曲がると、黒塗りの車の前方に折り曲げ式のプラウが備わった除雪ドーザと耕運機が道を塞いでいた。護衛部員は銃を乱射した。プラウの角度に反射した弾丸が跳ね返って護衛部員を襲った。黒塗りの車はそのまま除雪ドーザのプラウに突っ込んで大破した。
英雄の幌付きトラックは火葬船ドッグの駐車スペースに到着していた。普段はドッグに二隻の火葬船が停留している。船内には2基の炉室が備わっており、火葬の時にのみ阿仁川に係留して作業が執り行われる。遺体が多い時は2隻とも阿仁川に係留して同時に火葬が執り行われる。今回、4人の遺体が火葬船に運び込まれた。火葬技師の平川と今泉はそれぞれ2体づつ収容した。
平川はいつものようにノクターン第20番嬰ハ短調を聞きながら着火ボタンを押して椅子に深く腰掛け、火葬船の煙突が見える小窓に目をやった。
数分後、火葬船の煙突から次第に煙が立ってきた。平川は小窓から今泉の受け持つ火葬船の煙突に目をやり、自分の船の煙突に目を戻して驚いた。今泉の火葬船の煙突の煙に比して、その何倍も黒かった。
「こりゃ、極悪人だな。寒気がするほど黒い」
竜一家は鬼ノ子村コロニーの屋上から、阿仁川に浮かぶ2隻の火葬船の煙突から、どす黒い煙が上がる様子を眺めていた。竜は書斎に戻った。
□□□ 死は、年齢に関係なく訪れる。死までの残り時間は誰にも分からない。ただ、長生きするほど死の確率は刻々と高くなる。それはある意味恐怖でもあるし、人によっては待ち望む日かもしれない。老年期を迎えた者は誰もが臨終と背中合わせで、学びと懐古が繰り返しやってくる濃い年月を過ごすことになろう。
しかし、それは誰もが当て嵌まる死の形ではない。己と家族の平常を死守する者にとって、その命を、その人生を脅かす理不尽な族の存在は抹殺に値する。法律は被害者とそこに寄り添っている人たちに長い年月の苦痛と忍耐を強要し、加害者の権利とやらを翳して弄ぶ。挙句の果て、法の裁きは凡そ被害者の満足のいく結果にはならない。
家族が平和に生き続けるためには、万が一の外敵からの侵略行為には自力救済が必須である。正当防衛と過剰防衛の差など第三者の判断に委ねるべきものではない。危害を加える行為には死を覚悟させねばならない。復讐は被害者にとって最も納得のいく行為である。それが過剰であろうとなかろうと “ 危害を加える行為 ” に原因と責任があり、第三者の秤で量れるものではない。偽善的机上の空論で、被害者の心を穢させてはならない。
復讐叶わぬ者は怨念に彷徨う。彼らには他人の怨念すら蜜に見え、それをも吸い漁るようになる。この家族は、運よくこの鬼ノ子村に流れ着き、息を吹き返すことが出来ている。善人には善人で、悪人には悪人で、極悪人には刺客と
キィボードから手を放した竜は、いつの間にか妖子が入れてくれた冷めたコーヒーを、いつものように美味しそうに啜った。
( 完 )
蜜を吸う家族 伊東へいざん @Heizan
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