第50話 雷斗の授業参観日

 山から下りて辻本ら三人を食い荒らしたハグレ熊3頭は、マタギ猟友会の高堰らの手で麻酔銃を撃たれて鬼ノ子村熊牧場に収容された。破損した遺体は秘密裏に火葬船に運ばれた。

 今夜は煌々とした月夜だった。阿仁川に浮かぶ火葬船からはいつものようにノクターン第20番嬰ハ短調が流れてきた。火葬技師の平川茂は着火ボタンを押して椅子に深く腰掛け、火葬船の煙突が見える小窓に目をやった。


「五体揃っていなくても悪人は悪人だな…やはりまっ黒だ。」


 火葬船の煙突から月夜を汚すような黒い煙が吐き出されていた。


 かごめは、週明けから登校を開始していた。久し振りに唐獅子牡丹組が揃い、いつものように教室の一角に集まった。


「そう言えば、校長たちの事件の後、あの子たちも、消えたわね」

「あの子たちって?」

「井上亜理紗、治家じけ小百合、女池めいけ奈穂、出川真帆、潮海絵里奈、泥濘ぬかり真由…」

「 “ いじめで死ぬ ” 組ね」

「なにそれ?」

「あの子たちの名前の頭文字で、そう読めるのを発見したのよ」

「どんな?」

「井上亜理紗は “ ”、治家小百合は “ ”、女池奈穂は “ ”、出川真帆は “ ”、潮海絵里奈はしおの“し”、泥濘真由は “ ”」

「伽藍、良く見付けたわね」

「まあ、暇ってこともあるけどね」

「私たち “ 唐獅子牡丹組 ” を敵視してた対抗馬がいなくなったわね」

「なんで居なくなったのかしら?」

「逮捕されたのよ」

「つづらは何で知ってるの?」

「春休みのボクシングの練習の後で聖のお父さんと3人で道の駅に食事に行ったのね」

「えーっ !? 私、誘ってもらってない!」

「伽藍はジム休んだでしょ、おばあちゃんちにお見舞いに行くとかで」

「あの日かー…なんであの日行くかな」

「そんで、あの子たち、そこで集団万引きして逃げたの…で、3人で追っ駆けて捕まえたの」

「でも、どうせあの子たち無罪放免でしょ、神の御加護で?」

「それがさ、神の御加護がどうやら及ばなくなったみたいよ」

「どうして !? 愈々カルト崩壊 !?」

「かもね」

「かごめの命を狙って罰が当たったのね」

「かごめの命を狙った連中はカルトの連中なの !? どうなの、かごめ?」

「どうなのかな? 私も良く分からない」


 かごめは恍けた。やつらは自分の両親と兄を殺した『まほろばの宝輪』の犬である事を彼女たちに打ち明けるほど心を開いているわけではなかった。伽藍たちが知れば、彼女たちにも危険が及ぶ可能性はゼロではなかったからだ。


「登校しても、もう大丈夫なの?」

「父が大丈夫って言うから、大丈夫なんじゃない?」

「蒼空、かごめの未来どうなってる?」

「大丈夫みたいよ…でも…」

「でも、何よ?」

「かごめの弟…雷斗くんが心配だよね、かごめ」

「うん…実は私、早退してこれから中学に寄るつもり」

「あなたたちはいいわねー、未来が見れるんだもん」


 その言葉に蒼空は何か反論しようとしたが飲み込んだ。かごめは早退して雷斗の中学に急いだ。気が付くと、かごめの後ろにゾロゾロと続き、唐獅子牡丹組勢揃いの早退だった。


「どうして付いて来るの、みんな?」

「気にしない、気にしない」

「気にするよ! みんな危険な目に遭うのよ!」

「見えちゃってたのね、未来が !? で、これからどうなるの !?」

「お願い、みんな授業に戻って!」


 蒼空がみんなを止めた。


「死ぬよ! 誰かが死ぬよ!」


 聖が蒼空の言葉を制した。


「蒼空…今見えてる未来に一生左右されて生きるの?」

「・・・!」

「私はこのメンバーのためなら死んでもいい。そうでないなら付き合う意味がない。蒼空の予知能力は凄いと思う。でも、私はその能力がないことが凄いの」


 聖はかごめを追った。


「おまえは無理すんな」


 そう言ってつづらは蒼空に笑顔を送って走り出した。伽藍も続いた。


「みんな、青春しちゃって…」


 そう呟いた蒼空も彼女たちを追って走っていた。


 白鷹中学は保護者の授業参観日だった。三学期から新しく特別PTA会長になった『まほろばの宝輪』の明呼の息が掛かった急遽の行事だった。午後には体育館で曽我善法の講演も予定されていた。

 雷斗の教室には大勢の保護者が詰め掛けていた。その殆どが『まほろばの宝輪』の信者たちだった。その中に、保護者夫婦に成り済ました護衛部の工作員がいた。雷斗の刺客である。


 雷斗が小さな鏡を肘の脇からこっそりと保護者たちのほうに傾けて妖子を探した。鏡に捉えた妖子が手話で “ 直ぐに 体育館 ” と送って来た。

 雷斗は教師の話を遮るように手を挙げて喋り出した。


「先生、ボク、体育館に忘れ物しちゃいました!」


 保護者たちが笑った。


「今じゃないと駄目か !?」

「とても大切なものなので、取りに行かせてください。ダメって言われても、ボク、取りに行きたいです!」


 再び、保護者たちが笑った。あっけに取られていた担当教師は仕方なく了承して、雷斗を見送ってから授業を再開させた。

 雷斗が教室を出ると、すぐに保護者夫婦を装った護衛部の二人が雷斗の後を追った。竜と妖子もゆっくりと目立たないように教室を出て体育館に向かった。


 気付かぬふりをしている雷斗の後を護衛部の二人が付けて来た。


「あざといガキだ。体育館に行くなどと言って、向かってるのは屋上じゃねえか」


 屋上への階段を曲ったところで雷斗の姿が消えた。護衛部の二人は少し焦ったが、屋上のドアが少しだけ開いて揺れているのを確認して階段を上った。警戒しながら護衛部の男が屋上のドアを開け、一歩踏み出した。その時、足元で “カチッ” と音がした。


「しまった!」

「どうしたの !?」

「…地雷だ」

「ガキの罠に掛かったってこと !?」


 軽蔑的な女の言葉に、男は振り向いて睨み付けた。女はゆっくり階段を戻り、男に銃口を向けた。


「何すんだ、てめえ !?」


 女は躊躇なく引き金を引いた。男は弾丸に仰け反り、地雷は爆発した。女が破壊された屋上のドアを飛び出した途端、横からの強烈な消火用放水で吹き飛ばされ、鉄柵に激突した。さらに水圧で鉄柵から弾き出されて落下し、コンクリートの地面に叩き付けられた。


 その様を、向かいの体育館から竜と妖子が見ていた。


「あいつ、グングン腕を上げてるな」

「でも、ひとりでやろうとするから安全性は低いわね」

「課題だな」

「課題でもなさそうよ、見て!」


 屋上の鉄柵の雷斗の横にかごめが現れ、その背後には唐獅子牡丹組全員が揃って手を振っていた。


「かごめのチームが来てたのか!」


 屋上から雷斗が校庭の方を指差した。見ると、係員の誘導で黒塗りの車が2台入って来た。後ろの一台から『まほろばの宝輪』の教祖・曽我善法が降り立った。


 竜は雷斗に頷いて、体育館の中に消えた。


〈最終話「鬼になった竜」につづく〉

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