第49話 ディナーチャイム

 大型トラックの運転手が窓から顔を出して、路地の単車に目をやった。松橋英雄である。単車のドライバーと後部座席のかごめが英雄に手を振った。英雄はそれに応えて帰還の合図を返し、大型トラックを発車させた。


「かごめちゃん、メット被って。捕まっちゃうから」

「理沙さん、凄いね!」


 単車のドライバーはカマス集落でも機動力を発揮した、あの梅林理沙だった。元『まほろばの宝輪』広告塔を離脱したことで、逆鱗を買った曽我明呼の刺客から身を隠していたが、恩ある子之神竜の報復が仕上げ段階となった今、その役割を買って出ていた。


「私、これでも出身はアクションクラブのスタントよ」


 国道105号を南下して鬼ノ子村コロニーに帰る英雄の大型トラックの荷台には、単車が積まれていた。助手席に理沙とかごめが同乗していた。


「やつらも鬼ノ子村に向かっているんじゃないかしら?」

「多分な」

「あれ見て!」


 夏に全て伐採された米内沢の松栄まつさか桜並木の先に、一台の車が警察の検問に引っ掛かっていた。かごめの刺客の辻本らの黒塗りの車だった。

 彼らは、英雄らの大型トラックが通り過ぎるのにも気付かず、警察と揉み合っていた。


「少し時間稼ぎが出来たな」

「逮捕されればいいのに」

「バックに『まほろばの宝輪』が居るから警察は面倒な手出しはしないだろ」

「毎度のことながら腹立つわね」

「悪人の始末を警察に期待するだけ無駄なことは分かり切ってるじゃないか。邪魔者は邪魔されている立場の者が消すしかない。消す前にやつらが逮捕されたらこっちも困る」


 その夜、辻本らは離れた場所から鬼ノ子村コロニーを見ていた。コロニー周辺には等間隔でかがり火が立ち、完全武装のマタギ衆が不寝番で見張りに立っていた。


「クッソ、警戒が厳しくなってるな」

「日中のほうが少し緩むんじゃないのか?」

「オレたちには時間がないんだよ!」

「じゃ、この警戒を突破するしかねえけど?」

「裏側に回ってみるか」


 その時だ。彼らに強力なサーチライトが照射された。コロニーの広報用スピーカーから間の抜けたディナーチャイムが鳴り、更に間の抜けたアナウンスが響いた。


「鬼ノ子実験村の皆様、コロニー周辺に不審者っぽい人たちがいます。只今、サーチライトでその不審者っぽい人たちを照らしています。ライトで照らされている不審者っぽい皆さん、自分たちが不審者でないというのであれば手を振って応えてください。手を振って応えてくれればサーチライトを消します」


 上原は思わず手を振った。


「おまえ、なに手を振ってんだよ!」

「仕方ねえだろ!」


 再び間の抜けたアナウンスが流れた。


「手の振り方が怪しっぽいです。警察に連絡しますので申し訳ありませんが、今しばらくそのままでお待ちください」


 放送終わりのディナーチャイムが鳴った。


「待てるか!」

「クッソ、かったるいな! 引き上げるぞ!」


 黒塗りの車は急加速でその場を去って行った。


 3学期の2日目も辻本らは鷹羽岱高校を張ったが、かごめの姿はなかった。コロニーの周囲は相変わらず厳重な警戒で近寄れない状態だった。三人の刺客に与えられた猶予は刻一刻と時間切れが迫って苛々していた。

 3人は鬼ノ子実験村を一望できる山と民家の緩衝地帯に流れる沢の一角に居た。コロニー侵入の策もなく、お互いを見る目にも変化が起こり始めた。


「よせよ、そんな目でオレを見るのは!」

「どんな目だよ、気にし過ぎだろ」

「いや、その目は獲物を狙う目だ。オレたちはガキの頃から一緒に訓練を受けて来たんだ。目を見れば、何を考えているかぐらい分かる」


 悶々と2日目が過ぎ、零時を回って3日目に入った。既に3人共に獲物を前にした目になっていた。


「3人が全員生き残る道はないのか?」

「そうなれば、護衛部がオレたちを狙うだけだ。やつら全員を敵に回しても勝算はあるのか?」

「…ない」

「だよな」


 そう答えた上原哲郎が、山尾瑞穂と肩を並べた。


「てめえら !?」

「悪く思わないで、東」


 そんなふたりに、辻本が笑い出した。


「馬鹿か、おまえら? 教祖様は生き残った者ひとりだけ戻って来いと言ったんだ。ここでオレを殺った後、どうすんだ? 今度はふたりで殺し合うのか?」

「そんなこと…先に死ぬおまえが心配することじゃねえだろ」

「瑞穂、騙されるなよ。哲郎は汚えやろうだ。オレを殺ったら、すぐにおまえを殺るぞ」

「私は哲郎を信じてる。私たちの間に空気入れようとしても無駄」

「そうか…じゃ、殺れよ。オレはおまえたちを恨まない。もうどうでもいい、早く殺れ」


 辻本は、更に不貞腐れて笑った。辻本ら3人は、既に辰巳をリーダーとする鬼ノ子村民らに監視されていた。普段、人が居ない鬼ノ子村の道路に人が絶えない。買い物カートを押す老婆、田畑で冬支度をする農民、犬を散歩するお年寄り、リヤカーを引く作業員などが絶え間なく道路を歩く。彼らの神経は皆、3人の刺客に向けられていた。

 その村民たちから鬼ノ子神社に陣取る辰巳らに報告される内容は、何れも思わぬ方向に向かっている3人の様子だった。鬼ノ子神社にはカマス殲滅に長けた長老の貞八、鬼ノ子熊牧場の飼育長の神成作次郎、大熊の久太郎との連絡係に犬笛を預かる虎鈴、そして竜が居た。


「どうなってるんだ 、やつら!?」

「仲間割れにしては冷静だな」

「やつらには時間がないな」


 長老の貞八が呟くと、竜が言葉を重ねた。


「脚本的には、このケース…3人が雇い主に刻限を切られた感じですね。かごめを仕留める刻限が近付いているんじゃないでしょうか?」

「刻限までに仕留められなかった場合、やつらはどういう行動に出る?」

「これまでの例で考えれば、鬼ノ子村コロニー全ての焼き討ちだが、その気配もなく、やつら自身が次第に敵対しているのが不自然だ」

「…となれば、仕留められなかった場合のペナルティは自分たちの命。それを自分たちでケリを付けろとでも言われているのかもしれない」

「カマス族なら、長にはひとりだけ許すと言われるはずだ」

「なるほど…それならば、刻限が近付いて敵対するのは合点がいく」

「あの集落のように潰し合いが始まるのかな? しばらく様子を見るしかないか」

「取り敢えず、今、ふたりが組んだ。ひとりを片付けて、その後、ふたりはどうするかだな」


 辰巳が牙家に連絡した。まもなく、鬼ノ子村コロニーのディナーチャイムが鳴った。辻本たちは張り詰めた。


「鬼ノ子村の有志の皆さん! これから山狩りを開始します。不審者っぽい人たちが潜んでいる模様です。民家側からは有志の皆さんが追って行きます。山からは熊さんたちに下りてもらいます」


 アナウンス終了のディナーチャイムがなった。辻本らは焦った。


「熊さんって、クッソ!」

「こっちの動きを悟られてるな」


 地元民にとって余所から来た人間は目立つ。街に解けこんでいると思っているのは余所から来た本人だけだ。この現象は良くあることだ。更に、辻本らのような尖っている連中は尚更悪目立ちする。


「おい、兎に角ここを離れようぜ。オレを殺るのはそれからでも遅くないだろ」


 銃声が鳴って、辻本が仰け反った。


「熊さんの餌になって時間稼ぎしてくれ」


 息絶えた辻本を置いて上原と山尾は車に向かった。山尾が何かに圧されて転んだ。上原が気付いて振り向き仰天した。山尾の後ろに殺害したはずの矢沢将、妻の美里、息子の雅人が立っていた。


「おまえら !?」


 上原は矢沢一家に銃を向けた。それを見た山尾が叫んだ。


「殺すの !? 私を殺すの !?」


 矢沢一家は構わず上原に近付いて行った。慌てた上原は矢沢一家に発砲した。その弾丸が矢沢一家を通過して山尾の肩を撃ち抜いた。


「お腹に赤ちゃんが居るの! あなたの児よ、哲郎!」

「瑞穂 !?」

「…何故」

「済まん! あいつらを狙ったんだ!」

「あいつら !?」


 上原哲郎は黒塗りの車に走り出した。山尾はその背を狙って発砲した。後頭部に弾丸を受けた上原は勢い堰に飛んだ。山尾はゆっくりと起き上がった。


「あなたの児なんか孕むわけないでしょ、バカが…」


 3発目の発砲音がした。自分の背中に弾丸を受けた山尾は振り向いた。見ると、息絶えたはずの辻本が矢沢一家に支えられて目を剝き出し、山尾をじっと睨み据えて銃を構えていた。


「あんたら !?」


 山尾は銃を連射した。被弾した辻本は微笑んだ。


「どうせ、おまえ…帰ったって教祖に殺られるだけだ。それじゃ、地獄で…」


 辻本はそのままガクッと首を落として動かなくなった。山尾も足下から崩れ落ちた。膝立ちになった山尾に、雅人が手を振った。


「バイバイ!」


 すると山尾は異常な力で空中に浮きあがり、堰に真っ逆さまに叩き付けられて、砂利底に棒のように刺さった。両親は雅人に微笑んだ。


「帰りましょう」


 両親は雅人を真ん中に手を繋ぎ、黄泉の国に歩き出した。雅人がくしゃみをすると、辻本の首が外れ、堰に転がり落ちた。一度沈んだ首が再び浮き上がり、仰向けの顔で流れ出した。砂利底に逆さに突き刺さった山尾の股がガクッと開いた。辻本の顔はその横を流れながらギョロリと睨み、股間に唾を吐いて過ぎ去って行った。


〈第50話「雷斗の授業参観日」につづく〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る