第48話 三匹の刺客

 秋から初冬に掛けて、三つの集落が消滅した。戸籍上の住民数は、三つの集落合せて25世帯32人だが、転がっていた死体は合わせて200体を越えていた。カマス族の背乗り後の密入国者の流れの実態が浮き彫りになった形だが、行政も警察も目を瞑った。異常乾燥による広域火災と、熊による被害が重なった不幸な事故と断定され、犠牲者36名として幕を閉じた。

 それによって誰が困るのだろう…実家を故郷ごと乗っ取られたことも知らず、故郷を離れて音信も途絶えた3ヶ所の集落出身者たちに、或る日突然、親族の訃報が届いたとしても、僅かばかりの後悔が過るだけで、故郷を離れて新しい生活を営む彼らには何の影響も及ぼさない。合同葬儀に出ても、身元不明のどの遺体に手を合わせればいいというのだ。現実に於いては、目の前の遺体はどれも知らぬ間に入れ代わられたカマス族の遺体なのだ。3つの集落の出身者の殆どは、疾うに土地への未練はなく、節税のために土地を手放してさっさと帰って行った。


 『まほろばの宝輪』の教祖の元に、辻本東、山尾瑞穂、上原哲郎の3人が呼び出されていた。


「そもそも、おまえらがあの夜に見逃した娘の1件がこの事態を招いたんだ! けじめを付けろ。3日だけやる。3日経ってあの娘を始末できなかった場合、おまえら同士で抹殺し合え。生き残った者ひとりだけここに戻って来い」


 実行部隊の蛇頭、蛇腹、蛇骨の3集落が全滅し、善法の焦りに火が点いていた。表面的には集落間の相打ちの形だが、善法にとっては、獣による惨殺死体が物語っているものは、鬼ノ子村マタギ衆の関与の疑いだった。


 鷹羽岱高校の校門の前が人だかりになっていた。見ると、校門の鉄柵に校長とPTA会長と、かごめたちの担任が丸裸で縛り付けられていた。彼らの股間を覆うように “教育現場からカルトを追い出せ!” という横断幕が張られていた。3人は『まほろばの宝輪』の熱心な信者だということは殆どの生徒たちも周知のことだった。

 間もなくパトカーと救急車が駆け付けた。教頭や教師らによって生徒たちが校舎に誘導される中、3人は救急隊員によって門扉から解放されたが、既に息絶えていた。


 竜と妖子に言われていたことが現実化して来たと思ったかごめは、自習時間になった1時間目を利用して、唐獅子牡丹組の仲間たちを教室の隅に集めていた。


「私、今日から下校は一人で帰る」

「どうして !?」

「ていうか、明日から暫く身を隠すから、心配しないでね」

「なんで、なんで !?」


 伽藍たちの心配に蒼空は被せた。


「かごめは命を狙われてるの。私たちを巻き込まないためには一人で帰るしかないのよ。身を隠すのは、かごめの命を狙ってる相手がプロの殺し屋だからよ」

「今日、かごめの未来が見えたの、蒼空?」

「私たちが一緒に帰ったら、このうちの誰かが巻き込まれて殺される」

「そしたら余計かごめひとりで帰せないじゃない?」

「かごめはひとりなら大丈夫」

「本当に大丈夫なの、かごめ !? 」

「大丈夫よ。この日が来るのは分かっていたし、私は、この日が来るのを待っていたの」


 竜は妖子とティータイムを過ごしていた。


「恐らくマスコミ対策だろうな。同情を誘うために浅はかな作戦に出たのだろう。教祖の善法といううより、娘の明呼の指示じゃないかな? そのうち、テレビの取材陣に囲まれて、抹香臭いコメントでも宣うんじゃないか?」


 妖子は竜の言葉に微笑みながらテレビを付けると、早速その明呼が畏まった態で取材陣に囲まれている映像が現れた。二人は思わず噴き出した。


「宣っているよ~」


 明呼はここぞとばかりに、使い古された発言をしていた。


「大変悲しい出来事です。過ちは誰しもございます。如何なる愚かな行為でも許すことが私どもの教祖様の教えです。私ども『まほろばの宝輪』の信者は、ひたすら平和の祈りを捧げるだけです」


 妖子は竜を見た。


「三文芝居、どう思う? やはり、自作自演臭いわね」

「真っ黒だね」


 紅茶を啜りながら資料を漁っていた竜の動きが止まった。


「あった!」

「見付けたの !?」

「ああ…3人の氏名は、辻本東、山尾瑞穂、上原哲郎…いかにもカマスの通名臭え名だ。ひとりは女だったのか…よし、こいつらの顔を現在の年齢に加工してから顔認識に掛けてみよう。名前も変えているはずだ」


 キー操作しながらモニターを見ていた竜が妖子を呼んだ。


「見て…名前、変えてないぞ。偉くなって教団の本部付けになってる」

「お粗末だこと…所属は?」

「護衛部の教育部門だ。教育といったって軍事訓練だ。結局、ゴロツキ部隊だな」

「教祖の娘が自作自演を始めたのは陽動作戦じゃないかしら?」

「世間の目を教団バッシングに向ける理由…」

「かごめが矢沢一家暗殺から逃れた娘であることを突き止めたのかもしれない。将来、裁判で一家暗殺を証言されたら『まほろばの宝輪』は終わりだ。かごめを狙うとすれば…今日あたりだな」


 竜は携帯を手に取った。


 教祖に最後通牒を言い渡された3人の刺客は、かごめの下校路の鷹羽岱大橋沿いに距離を置いて張った。そんな中、かごめがひとり、鷹羽岱大橋を渡り始めた。


「…みーっけ…子之神の娘になっていたとはな」


 辻本東が通り過ぎて行ったかごめの後に距離を置いて続いた。鷹羽岱大橋の袂では、橋の上をかごめが通り過ぎるのを見ながら、上原哲郎が釣り糸を垂れていた。地元の老人が上原に声を掛けて来た。


「今日は釣れないでしょ」

「・・・・・」

「何か釣れたかい?」

「悪いが放っといてもらえないかな」

「放っといてと言われても、放っとけないよ」

「なに !?」

「ここね、釣り禁止なんでね。あたし、漁協組合の監視員なもんで」


 上原が監視員の老人に気を取られている時、単車の急発進音が聞こえた。すぐに辻本の叫ぶ声がした。


「おい、逃げられた!」


 上原は釣り道具を放って駆け出した。橋の上に出ると、かごめが単車の後ろに乗って猛スピードで走り去る姿が見えた。その道路沿いに停車した黒塗りの車から、山尾瑞穂が叫んでいた。


「早くしろよ!」


 辻本と上原はもたつきながら黒塗りの車に走り乗ると、急発進をして単車を追った。単車が路地に入ったのを追おうとした途端、突然大型トラックが現れたので急ブレーキを踏んだ黒塗りの車内で、助手席の辻本がフロントガラスに顔面から激突したまま動かなくなった。


「辻本!」

「どうする !? 救急車はヤバいだろ !?」

「当たり前だ! いったん引き揚げる!」


 黒塗りの車は、エンストしている大型トラックを避けてその場を去って行った。


〈第49話「ディナーチャイム」につづく〉

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