出逢い
眞菜
前編
*
「いつもありがとうねねね」
「はーいよ」
フレンズの感謝の言葉に、気さくな返事をして、ジャガーは自分の寝床へいかだを漕ぎ返す。川渡しのあとの全身に残る、程よい疲労感と充実感。ジャガーはそれが好きだった。
いかだを陸に引き上げる。
もちろん嫌いなこともある。そのうちの一つとして、
「今日も毛皮が重たいな」
服が濡れることだった。具体的には服が肌に張り付くのが気持ち悪かった。それに、早いところ乾かさないと風邪をひいてしまう。達成感を感じないしんどさは、もっと嫌いだった。
しかし、もう日が傾き始めている。天気もさほど良くない。
「川辺で日光浴もちょっと厳しいか」
とすれば
ジャガーは、じゃんぐるで一番高い木を目指した。高さがあれば多少マシだろうという判断だ。風も吹いているかもしれない。
着くと、ジャガーは首を傾げた。
「ん?」
声も上げた。木の根元に横たわる影がある。倒れこんでいる、という方が適切かもしれない。
ともかく、その顔は苦しそうだった。途端に服のことはどうでも良くなって、ジャガーはその影に駆け寄った。顔、首、胴、腰、手足。その風体はフレンズのものとほとんど同じだった。しかし、ジャガーはそこはかとない違和感に少し思案した。
うわさに聞く、フレンズ型セルリアン?いやそれとは違う、と思う。以前こういうフレンズに出会ったことがある。
とりあえず揺すってみる。
「大丈夫?しっかりして、起きて!」
意外とあっけなく目が開いた。視線が漂って、焦点がジャガーに合って、つまり二人は目と目を交わして
「う」
「?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
獣の耳も獣の尾も持たない影は、いたって健康そうな悲鳴を上げた。
*
パチパチと小枝の爆ぜる音が快い。たき火は炎を揺らめかせて、夜闇を払いのけている。
「いやー、まさか枝だけで火が起きるとは」
「…いや、あなたの力の方が『まさか』って感じでしたけど」
火は枝と板をこすり合わせて起こした。湿潤な気候と、湿気の多い木で如何にして火を起こせたのか?
…この思考の結論は、「力が強ければ解決できる」という単純なもので済ませられる。
「それに毛皮が取れるなんて思いもしなかったよ」
服は今、火の上に吊るして乾かしてあり、ジャガーは下着姿である。
「え…あ、はい」
倒れこんでいた影、TSUYOSHIはジャガーの恥じらいのなさに赤面した。
TSUYOSHIはその見た目から、およそ似ても似つかないが、特徴を拾って考えると、どうやらかばんと同じヒトのようだった。TSUYOSHIという名前を自ら名乗ったが、それ以外はあまり覚えていないらしかった。先刻木の根元で倒れていた訳も、そもそもジャパリパークへ居る経緯も不明瞭らしく、ただパークへ来る前の「仕事」に関してはハッキリ覚えているそうだ。
「あの、もう少し火の傍に寄らないんですか?」
おもむろに、というか沈黙に堪えかねてTSUYOSHIが話しかけた。頑なにジャガーの方を見ようとしないまま。
「ん?ああ…あたし、ちょっと恐いや」
野生動物の本能として、ジャガーは火に怖気があり、たき火からは少し離れていた。
「でも…風邪ひいちゃいますよ?」
「んん…」
火はヒトの知恵、TSUYOSHIの知識で起こしたものだった。風邪云々というよりは、その心遣いを袖にすることにこそ、ジャガーは抵抗を感じて葛藤していた。
「んー…じゃあ、これで、よいしょっと」
「なっ」
ジャガーはTSUYOSHIに寄り添って座った。オレンジ色をした髪の毛がTSUYOSHIの肩にかかる。
「うん。これなら大丈夫、安心できるし」
大丈夫でないのはTSUYOSHIだった。
触れ合う肌のぬくみと弾み。ジャガーの柔らかさを直で感じる。 そう考えた瞬間にTSUYOSHIの心臓は早鐘を撞き、血液は全身を駆けた。息は乱れに乱れ、もはや絶え絶えのざまである。
ジャガーは火の前で緊張しているからなのかTSUYOSHIの容態には気づいていないようで、黙って炎をすがめている。
ともかくTSUYOSHIは、もう色々と持ちそうになかった。なかなか整わない呼吸を落ち着かせて、現状を打破せんと口を開いた。
「…ッた、いましょうか?」
裏返った。
「なんて?」
「ええと…えっと、歌を唄いましょうか…なんて」
「うた?」
「えっと…これ、このギターも使って」
倒れこんでいたTSUYOSHIの傍にひっそり控えていた木製の道具、今はTSUYOSHIが抱え込んでいるそれが、「ギター」であるとジャガーは始めて知った。
震える指先で弦を押さえ少し掻き鳴らして、「あー、あー」と発生する。
「…なんか、慣れないな」
「?」
「いや、ええっと、じゃあ…始めます」
そして唄い始めた。優しく、強く、力を込めて。
歌詞の意味も、旋律の趣向もジャガーには全く理解が出来なかった。ただ自分が時々、風にそよぐ木々の音や、雨垂れの作るリズムに、耳を傾けたくなるわけを少し理解した。
とにかくメロディを聴き澄ました。
喉を鳴らし、爪が弦をはじくのに、目を注いだ。
意識を掴まれて、揺さぶられる感覚をひた味わった。
歌が終わる。ジャガーは静まり返ったじゃんぐるの空を仰いだ。
満天に散らばった無数の星芒が、黙ってジャガーを見下ろしている。少し身体が震える。
橙色の瞳の中の、緑を輝かせて
「すっ…ごいね!!!」
「ふぐぁ!?」
抱きついた。下着のままで。
燻ぶるたき火は、崩れかけた態勢のまま夜を照らし続けた。
二人は一晩を語り明かした。
出逢い 眞菜 @manada
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