第18話 らしいことも
休日の朝。
私は布団の中でもぞもぞと動く感触で目を覚ました。
「あ、起きた。おはよ~」
布団の中ではバニラが私の上で四つん這いの状態になっていた。
服装を見ると、シャツを着ていないバニラの魔法少女の衣装。
…つまり、裸オーバーオールである。
「おはよ…いや何してんの。」
「え~?リナちゃん私の事好きになったんでしょ~?」
バニラは猫のように顔を擦り寄せてきた。
実を言うと、私が皆を呼び捨てにするようになってからというもの、最近バニラが積極的…というかベタベタくっついてくるようになっていたのだ。
「えへへぇ…これで今度こそリナちゃんの初めてをぉ…」
「何やってるんだお前は…」
「いたたたたたたたた!?」
私に襲いかかろうとしたバニラは、影雪…いや、『人間の』影雪に頭を鷲掴みにされ、悲鳴を上げた。
影雪は鷲掴みにしていた手を離した。そして、艶やかな黒髪をなびかせる。その髪は最初に人間の影雪を見たときより、かなり髪が伸びていた。
「影雪、髪伸びてきてるけど大丈夫?切ってあげようか?」
「…いや…まだ大丈夫だ。」
影雪は首を横に振った。
実は、影雪はコーンが住むようになってから髪を伸ばし始めていたのだ。何でも、コーンから『格好いい影雪も好きだけど、女の子らしい影雪もいいと思う』と言われたからだそうで。恐らく影雪の思う『女の子らしい』は長髪なのだろう。
「そっか…切るときは言ってね?私がやってあげる。」
「ああ、ありがとう。」
影雪は長い黒髪を軽くにぎり、ふふっと微笑んだ。
パジャマからいつものパーカーに着替え、私はベッドに腰掛けた。
バニラは私が腰掛けると同時に寄ってきてくっついてきた。影雪は戸惑ったのか、少し慌てながら床に正座座りをした。
「バニラ、近い。」
「はーい。」
バニラはベッドから降りて、影雪の隣にちょこんと座った。
実は私は、なんとなくなのだが、二人に聞いてみたいことがあったのだ。
「ねぇ…思ったんだけど、バニラ達って魔法少女な訳じゃん?ここには仕事を探すために来たのは分かるけど…魔法少女らしいこともやってみたら?」
「「魔法少女らしいこと…?」」
そう。仮に、いやバニラ達は本物の魔法少女だ。
私の知っている限りだが、アニメやラノベ等でよく見る魔法少女達は、ごく普通の少女が魔法の力を授かり、魔法少女に変身して悪を倒す…そして魔法少女達も殺しあ……
………………………
…いや待て。そうなると私がバニラ達に求めているのは魔法少女らしく悪を倒したり魔法少女同士で殺し合えと言っている事になってしまうではないか。
この前、影雪はこの世界で迷惑をかけるのは禁止だと言っていた。影雪はそれを取り締まる役割も担ってこの世界にやって来たのだ。
…危ない危ない。魔法少女=サバイバルという考えを改めなければな…
「えっと…危険なこと以外でって話だけどね…」
二人は顔を見合わせた。そして、おもむろに口を開く。
「魔法少女になってジャンプしたら思いっきり天井に突き刺さる事とかか?」
「気持ち悪い触手にエッチなことされちゃうとか~?」
…二人の思う魔法少女とは一体。
少し例がよくなかっただろうか。
「うーん…例えば、二人の前に悪い人、じゃあ強盗がいたとします。二人ともどうする?」
「魔法で凍結させて一気に砕く。」
「とりあえずぶっ飛ばす~」
…これは何かクレイジーな大喜利なのだろうか。
「まぁ、ヤバい敵と戦うときはそれでもいいけど…ここにはそんなのいない訳だしさ、魔法を使って人助けするのはいいことだと思うよ?もしかしたらそういう魔法少女だって近くにいるかもしれないし。」
「む~」
「ふむ…」
二人は少し悩んでいたようだが、影雪は端末を見ると
「…メールが来ていた…すまない、少し外す。」
そう言って部屋の外へ行ってしまった。
「………」
「………!」
…私と二人きりになったバニラは、目の前に私しかいないことに気が付いたようで、再びすり寄ってきた。今度は私の膝の上に寝転んでいる。
「…バニラは魔法少女楽しい?」
「たのしーよー!!リナちゃん達にも会えたもーん!!」
そっか…何かそう言われると嬉し…
「あ!配信に遅れちゃうー!!」
バニラはベッドから飛び降りてパソコンへと一直線に向かった。
…私の少しの感動を返せ。
* * *
『パチパチハロー!&モーニング!!皆元気かナー!?』
バニラが起動させたパソコンには、アイドル衣装の美少女が映し出されていた。
「…誰?」
「バーチャルアイドルのロナちゃーん!!」
ああ、最近よく聞くヤツか。
全体的に黄色系の色で固められ、アホ毛やヘッドホンなど、所々の装飾品には稲妻のマークがあしらわれている。コンセントや回路の様な物も身体にあり、どうやら、このバーチャルアイドルは電気をモチーフにしているようだ。
最近はバーチャル○○というのが流行っているらしい。私も学校でその手の話はよく聞くが、ほとんどは右耳から入っては左耳に抜けてしまうという状態であった。
正直、私はあまり興味は無いので、コーンの代わりに朝ごはんを作ることにする。
「今日は休みだけどさ、動画観て二度寝とか駄目だからね?」
「わかったー」
バニラは動画に夢中になっていた。が、返事はちゃんと返してくれた。
…そして、少し疑問に思った事がある。
「…そういえば…何でさっき聞いたとき真っ先に触手が浮かんだの…?もしかしてそういう目にあった事あるとか……」
「あったよー?」
…この件は深く聞かないことにした。
* * *
リビングには、影雪がソファーにもたれ掛かっていた。寝ぼけているのか、うつらうつらとしている。
「影雪大丈夫?眠いなら寝てもいいよ?」
「いや、大丈夫だ。少し仕事の確認をしていただけだ。」
影雪はそう言うと自分の頬を軽く叩いた。
…やはり少し眠そうに見える。
「あれ?コーンは?」
「…コーンは今日はぐっすり寝ている。たまにはいいんじゃないか?」
ちょっと珍しいな…
…そうだ。影雪に用があったのだった。
「あ、そうだ影雪。ちょっと魔法の端末見せてくれないかな?」
「…?構わないが…」
影雪は魔法の端末を私に差し出した。
以前、影雪の端末を見た際に、待受としていた1枚の写真。少し見覚えがあった…というか本人に最近会った気がするのだ。
「あ、やっぱり…これ、フウルさんとグリーンさんだよね?」
端末の待受に使われていた魔法少女達の集合写真。それは影雪が慕っているという先輩さんを中央に皆が笑顔でいる写真だ。その中に、グリーンとフウルも写っていたのだ。
…通りで初めて二人に会ってもどこかで見覚えがあるなと思ったのだ。
「リナさん二人を知っているのか…!?」
影雪は机に手をかけて身を乗り出した。
以前あった野菜騒動を影雪は知るよしもない。あの時の影雪はコットンの綿でずっと夢の中だったのだから。
私は影雪が寝ていた時にあった事を話した。何気にあの騒動から一週間以上経っていたが、影雪に話さないままであったのだ。
「なるほど…私が寝ている間にそんなことが…二人は元気だったか?」
「うん、皆とも仲良くなってたよ。」
「そうか…よかった…」
影雪は胸を撫で下ろした。
「ねぇ、影雪って初めて魔法少女になった時に飛び上がって天井に突き刺さったの?」
「!?リ、リナさん何故それを!?」
影雪もそういう目にあったようだ。
顔を赤くして照れている影雪はいつものクールな感じとギャップがあり、コーンが好きになるのも分かる気がする。
「影雪も女の子だね~」
「リ…リナさんも女の子だろうが…」
私が少し影雪をからかっていると、バニラが二階から下りてきた。どうやらさっきのアイドルの配信が終わったようだ。
「リナちゃんお腹すいたよ~」
「…丁度バニラを待ってたんだよ?」
「?」
「バニラの魔法は『アイスを作り出す』だったよね。魔法少女らしく、魔法使って朝ごはんのデザートにアイスをお願いしまーす。」
「はーい!!」
私にお願いされて嬉しかったのか、バニラは手拍子をし、アイスを作り出した。
バニラの魔法のオプションには、『相手が今食べたいアイスが分かる』という力もある。バニラの作ったアイスは抹茶とキャラメルとチョコ。私はキャラメルで影雪は抹茶。バニラは今はチョコを食べたい気分なのだそうだ。
「はい、じゃあいただきます。」
「いただきます。」
「いただきまーす!!」
朝ごはんは、目玉焼きとトースト、そして、昨夜コーンが作っていたミネストローネとバニラの作り出したアイスだ。
朝ごはんを食べているが、影雪がそわそわしている。
「…コーン遅いね。ちょっと珍しい…」
「…なら私が呼んでこよう。」
影雪は少し嬉しそうにしながら席を立った。
もしかしたらモーニングコールをしたいのかもしれない。
「そーだ!私はゴミ出ししてくるー!魔法少女らしいパワーでダストシュートしてくるねー!!」
影雪は二階へ、バニラは朝ごはんを食べ終えると、キッチンにまとめてあったゴミ袋を持ち出した。
…しかし…こうも平和だと何か拍子抜け…というか…
…バニラが居候してからというもの…沢山の魔法少女に出会って…勝負を考えたり、デートに尾行したり、吸血されたり登山をしたり空を飛んだりと休みなく行動していた…
…たまにはのんびりさせてもらお……
「ギャアァァァァァァァァ!!?」
「コーン!?おい!!しっかりしろぉ!!!」
…やはり私に休みは与えられないようだ。
水無月マジカルデイズ シャドルナ @Gekkourunaruna303
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