9 警備員

 大規模な道路工事を、もう何年もかけてやっている交差点がある。道路を広げたり穴を掘ったり、その下に通路を作ったり。大きな重機が行き交い、轟音を唸らせ、夜には並べられた幾つもの三角コーンがその頭に乗せた電飾を赤に緑に光らせる。


 ボンタンにヘルメットの現場作業員が、立入禁止の柵の中で仕事に打ち込む。その外側には青い上下に黄色のベストを着た何人もの警備員達が居た。


 夏の炎天下の中でも、冬の極寒の中でも、彼らは赤く光る誘導灯を持ち、決められた場所に立つ。そして時には歩行者に通行止めになっている事を伝え謝罪したり、車を一時的に止めて自転車を通したりする。ただ突っ立っているわけではなく、周りを行き交う人々を円滑に誘導することが彼らの仕事だった。


 ある晩、私はその交差点に差し掛かった。

 目の前の、いつも通っている歩道が通行止めになっている。待ち合わせの時間が迫り急いでいたこともあって、私は反射的に小さな舌打ちをし、少し遠回りをして交差点から離れた横断歩道を渡って行こうと方向を変えた。


 黄色と黒の安全策と三角コーン地帯を抜け、少しした所に、警備員が一人、立っているのが目に入った。


 彼はちょうど車道と歩道の境に居て、車道側を向いて立っていた。後ろ手を組み、仁王立ちしている彼の姿は、現場から少し離れているせいで、光を浴びず、影を帯びている。


 一度横を通り過ぎた後、気になって私は振り返り、見た。


 彼は俯き、左下の方を見ていた。


 なんであんな所に警備員が? ……なんの意味があってあそこに立たされている? ……サボってんのか?


 ……何を見ている?


 気にはなったが、約束の時間が迫る。私はもう振り返ることなく、横断歩道を渡って行ってしまった。


 後日。私はまた夜にその交差点にぶつかった。いつも通っている歩道が、また封鎖されている。


 慣れたもので今度は何とも思わず、すぐ右に逸れた。交差点から離れ、ちょっと先の横断歩道を、また渡るために。


 少し歩くと、またあの警備員が立っている。


 後ろ手を組み、仁王立ちをし、左下を見ている。


 いよいよ気になった私は横断歩道を渡った後、道路の向かい側から、その警備員を正面から見てみようと思った。


 視線をやると、警備員はいなかった。闇の中に溶け消えてしまったかのように、忽然と姿を消した。


 またさらに後日。今度は太陽の昇っている明るい時に、その道路の近くを歩く機会があった。


 ふと気になって消えた警備員のいた方を見ると、暗い夜には気づけなかった事に、幾つか気付いた。


 一つは、あの警備員が見ていた左下、視線の先には、一度車に轢かれてしまったのか、ひしゃげて汚くなってしまった、干からびた花束があったという事。


 そしてもう一つは、歩道の向こう側、電信柱に寄り添うように、立て看板が置かれていたという事だ。


 立て看板にはこうあった。「◯年◯月◯日、ここで轢き逃げ事故がありました。目撃情報をお持ちの方は――」

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隠怪談百物語 かくれ @kakure

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