第28話
優勝が決まって俺たちは近所のファミレスにいた。
そこには俺たち徒然部のメンバーとなぜか生徒会の連中が集まっている。
「それであんたたちのもくろみは外れたわけだけど」
「ふふん。底辺君の実力を侮っていた僕にも非があるな」
生徒会長は意外と素直に結果を受け入れていたようだ。だがそれより納得がいかないのは。
「どうしてあおいをそっちの陣営に入れたんだ」
「ははっ裏切られたとでも感じたのかな? 」
非常に答えづらい質問に俺は口ごもる。正直に言えばあおいを一人にしてしまった時点で俺にも非がある。
「ボクが勝手にやったことだからねえ。徒然部はやめるよお」
「そんなことは言ってないぞ。あおい理由はわからないけどまた徒然部として一緒にやろう」
そうか。生徒会長のもくろみは単純だった。勝つか負けるかは関係なく徒然部を空中分解させることが目的だった。そうすれば自ずと志保を手にいれることができる。だからあおいと手を組んだわけだ。
「だけど一度ボクは敵になっちゃたんだよお。本当にいいの? 」
あおいは複雑そうな表情でそう尋ねる。確かにわだかまりは残るが今は部員の人数を確保する方が先決だ。それに俺たちは友人同士だ。友情にヒビはいれたくない。
「俺は一度仲間だと決めたら簡単に見放したくなんてないんだよ」
「ふう。渚君は罪作りな男だねえ」
あおいは苦い顔で笑う。どういうことだろう。
「渚くんが彼女を選んだ時点で勝ち目はないってわかってたんだけどねえ」
それはどういうことだろう。俺には理解できなかった。
「ボク、君のことが好きなんだよお」
「へ? 」
その発言で周囲は戸惑っていた。特に副会長は胃が痛いという表情だったし肝心の会長もポカンとしていた。
「つまりボクは渚君を試していたの」
「試す? 」
その言葉にニッと笑うあおいだった。だがその表情はどこか切ない。
「ちょっと待ってくれ。柊あおい。君は僕に協力すると言ったじゃないか」
「会長あなたは最初から眼中になかったってことですよ」
自意識過剰な会長は唇をワナワナと震わせてそれを副会長がなだめている。その構図がおかしかったがそれ以前に俺がしないといけないことがある。
「あおい、俺のこと好きってどういう意味だ? 」
「それは恋愛したいって意味だよお」
ふふっと笑うがどこか諦めたような顔をしていた。
あおいが俺のことを好き? 恋愛したいってこと?
脳内で完全に混乱している。
「でもあおいは徒然部に戻ってくれるんだよな」
「うーんそれは難しいかなあ」
あおいは人差し指をたててちっちと言う。
「ボクにもプライドってものがあるんだよお。一度裏切ってしまった相手にたいして誠意ってものを見せるのが礼儀だと思うんだよお」
「あおいさんそれは違うと思うわ」
ずっと静かだった志保が間に割って入る。
「あちゃあ本妻がやってきちゃったねえ。完全にボクに勝ち目ないってわかるからやだったのに」
「渚のこと本当に好きならどうしてわざわざ遠ざけることするのかしら」
「……」
その言葉に押し黙るあおい。俺は彼女になにかしてあげることはできない。だってこれは俺が決めることだから。
「あおい。今の俺はあおいのことただの友人として見ることしかできない。だけど同じ仲間として一緒に活動したいと思っている」
「渚くんのそういうところ好きだけど残酷だよねえ」
寂しそうにぽつりと呟く姿に俺は返す言葉がなかった。俺は彼女にひどいことをしているみたいでただただ申し訳なかった。
「ふん、若干の誤差があったが概ね僕の作戦通りに進んだな」
生徒会長は複雑な俺たちの胸のうちを知ってか知らずか簡単に結論を出してしまう。
「いわゆる痴情のもつれということか。底辺君も現実が見れたことだし徒然部は解散ということだ」
「人数もボクがいなくなったら部室あんなに広いの要らなくなるしねえ」
あおいの心は決まってしまったようだ。俺が手をこまねいていたから。すぐに結論を出さなかったから。そんな理由で徒然部は崩壊しようとしている。
「桜ちゃん渚のあんぽんたんがごめんね」
「ふええ本当に徒然部はなくなってしまうんですか」
人数上では四人に戻ることだからまだ存続は可能だ。だが。
「あおいさんがやめるのなら私も徒然部の部長を辞めるわ」
どこか重々しい口調で志保はそう告げる。彼女も責任を感じているようだった。
「部長がやめる必要なんてないよお。これは全部ボクの目論んだことだから」
申し訳なさそうにあおいはそう返す。だが志保の心は固まってしまったようで。
「違うの。私があなたを傷つけた。本当ならみんな幸せになることがよかったのだけれど」
「そういうところが苦手なんだよねえ」
真剣な志保にたいしてあおいは苦い顔だった。どうやら彼女がそう動くことは予測できたことらしく。
「みんなが幸せになんて理想うまくいくわけないよお。ボクは自分の都合で勝手に破滅しただけなんだからあ。渚くんとは今後もうまくやっていきたいけどボクにはできそうにないし」
俺が中途半端な優しさで彼女に接したのが問題だったのか。友情だったと思っていたものが恋だと知って俺はすぐさま答えられないでいた。
あおいの気持ちは嬉しいが俺には受け入れられる自信がない。だって俺たち普段から冗談言うだけのロマンチックの欠片もない関係だっただろ。
確かに今は恋人はいない。というか生まれてこのかた恋愛したことなんてない。本当なら友情の延長線上にある恋愛関係を続けるべきなのかもしれないが。
中途半端な気持ちであおいを受け入れることが本当に正しいのか俺にはわからなかった。
それに志保の立場だってある。彼女は部長として責任を感じてやめるといっている。そして彼女の性格上それを撤回するのが難しいということも。
みんな真剣だった。そのなかで俺だけがただ戸惑っていて覚悟を見せることができなかった。
「本当にずっと好きだったんだよお。だからなんで今さら自分でも告白しちゃうのかわからないけど我慢できなかったんだあ」
いつもの柔らかい口調を続けているがその目には涙があった。
「好きになってごめんねえ。ボクさえいなければ全部うまく言ったのに」
「あおいそれは違う」
俺はなんとか彼女をなだめる。彼女の望む答えが言えないのにずるいと感じながら。
「俺たち、徒然部は誰一人としていらない人間なんていないぞ。だって仲間だろ」
確かにまだはじまったばかりの小さな部活。それも俺の身内ばかりの。だからかな。俺がこんなあまっちょろいこと言っているのは。
でもこの気持ちは本当だ。誰一人として抜けてほしくない。
せっかく試合で勝利して生徒会長にぎゃふんと言わせたのに心は晴れない。
俺たちはこのまま空中分解してしまうのだろうか。
徒然部はなくなってしまうのだろうか。
皆が同じ不安を抱えていた。
そして渦中にいる俺は自分でも甘いと思いながらこの関係を崩すことなど考えられないでいた。
伊藤桜と咲は小さな子供が親の喧嘩を見るようにおたおたしている。
志保は真剣な面持ちで俺とあおいの顔を見つめている。
そして肝心のあおいは。
「うぅ……ぐすっ……」
たまらず泣き崩れていた。
どうしてこんな簡単に俺たちの関係は崩れてしまったのだろう。
今まで恋を知らない俺がこんな残酷な結果を招いてしまったのだろうか。
だとしたら責は俺にある。
どうして志保もあおいもみんなもこんな苦しい顔をしなければならないのだろう。
みんなが納得する答え。それが見つけられると俺は信じたかった。
ハートフル!~暴力系ヒロインとの徒然なる日々~ 野暮天 @yaboten
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