第27話
「では次の問題だあああああああ」
司会者が勢いよくマイクにそう叫ぶ。
俺たちは一歩出遅れている。
それを補うにはスピードが不可欠なわけであって。
「問題。転がる石に苔むさずという意味が語源となったロックバンドの名前とは」
ピンポン。
誰が押したのかはわからない。だが滑らかな発音で少女が答える。
「Rolling Stones」
ってそれって有名すぎるじゃないか。どうして俺答えがわからなかったんだろう。
そう一人で呟きながら答えを待つ。
一瞬の緊張が走る。俺はただことの顛末を見守っている。
「正解!」
ピンポーンという音が鳴り響く。よかった正解のようだ。
「これで蕪木さんの正解で五分五分となったぞおおおおお。あと二問を制するのはどちらかあああああああ? 」
勝利まであと二問。敗北まであと二問。いずれにせよ気は抜けない。
「渚、あんたらしくないわよ。いつもみたいにのんびりのほほんとやりなさいよ」
「そんなことしたら徒然部は廃部にまで追い込まれるぞ」
どうしてか志保は落ち着いていた。こんなときにとは思うがどこからその余裕が来るのか少しばかり羨ましい。
とそんなことを思っていると彼女のからだが震えているのが目にはいる。
そうか。彼女だって怖くないはずがない。当然だ。
それを俺に気を使って鼓舞してくれたのだ。
このあとに待っているのは歴史問題。あおいの得意分野だ。俺たちに勝ち目はあるのか。俺は不安だったが志保を信じて待つことくらいしかできない。情けない話だが俺はそれでいっぱいいっぱいだった。
「問題。第四十八代天皇は女性の天皇ですが、彼女は二度天皇に即位しました。その名前は? 」
誰だろう。そんな話あったっけと俺の頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。これだからなあと生徒会長がやれやれと肩を竦めるのが目にはいった。む、なんか嫌な感じだ。
ピンポン!
たかい音が鳴り響く。頼む。志保答えてくれ。
「これは簡単な問題だねえ、正解は孝謙、称徳天皇だよお」
自信満々にあおいが答えた。くそ。間に合わなかったか。
横をちらりと見ると志保は悔しそうに唇を噛み締めていた。
悔しいのは俺だけじゃないよな。彼女に任せてばかりいても申し訳がない。いくら俺の実力が伴わないとしても頼りっぱなしは情けない。
俺はボタンに手をかける。これで正解しなければ相手の勝利が決まってしまう。そんな危険な場面になっているのだ。
「なあ志保、次の問題俺答えてもいいか? 」
「何よ突然」
相変わらずつっけんどんな態度をとられる。だけどそれは彼女も緊張している証で。
「俺、ずっと志保に頼ってばかりだった。それはさやっぱり情けないから俺も男を見せないと」
彼女の目をじっと見つめる。するとふいと目をそらされた。
「べ、別に今さら許可を得るもんでもないでしょ」
「ははっ確かにそうだな」
相変わらず素直じゃない彼女に緊張が緩む。そうだ。彼女はそういう人だった。
俺もようやく覚悟ができたということか。
そっと彼女の手を握ると志保の冷たい体温が伝わってくる。
志保には反発されると思ったが意外にもおとなしくしている。
「あと少し。この問題が終わるまでこのままでいいか? 」
返事はなかったが志保はこくんとうなずいた。
からだの震えはなくなり今は前をしっかりと見据えている。
「おっとおおおおお。蕪木・山谷ペアはピンチだああああああ。このピンチを乗り越えて勝利をもぎ取ることができるかあああああああ」
司会者の話ぶりにも熱が入る。
「ふふん噛ませ犬には盛り上げてもらわないと困るからね。せいぜい足掻くといい」
「ボクも黙って負けるつもりはないよお」
相手方もがぜんやる気が出たようだ。
ここは一歩も引けない展開になってきた。だから次の問題に勝機があるのに賭ける。いくら俺が勉強できないとはいえここで遠慮していたら負けは見えている。
「問題。誕生月の星座は全部で12個ありますが双子座は英語ではなにというでしょう」
まずい。俺が担当している天文の問題だ。とにかく相手より早く答えなければ。
ピンポン。
必死な形相で俺はボタンを押した。だってここで押し負けたら俺たちの敗北が決まるから。
「渚、私もあんたを信じてるからね」
ぎゅっと繋いだ手にちからを入れられる。志保の思いが伝わってきた。俺たちはペアだ。だから信じてもらい信頼に値するようなことをしなければならない。
ここは俺が専門としているジャンルだ。双子座か。英語は苦手だけどこれは覚えている。
「Gemini」
俺がそう答えると周囲からは歓声があがる。
「あの山谷が答えたぞ。万年補習のあいつが」
「すごいぞ山谷。あと一問頑張れええええええ」
ついに残り一問ですべてが決まる。心臓の音がバカみたいに早くなっていた。
「泣いても笑っても最後の一問だあああああああ。果たして徒然部の行く末はどうなるのか目が離せないぜえええええええ」
司会の言葉にギャラリーがさらに盛り上がる。
「ここが決勝じゃなければボクも手を抜いたんだけどなあ」
「ふふん。蕪木志保が手に入りさえすれば君たち徒然部なんてお取り潰しだ」
相手の二人も負けてばかりいるわけにはいられないのか気合いを入れてきた。
「問題。太平記にて兼好法師はラブレターの代筆を依頼されました。それを……」
ピンポン。
問題の途中で誰かが回答ボタンを押す。そして最後の問題に対する答えが発せられる。
「高師直」
それはあおいの回答だった。頼む。どうにかはずしてくれ。心のなかでそう願う。
しばしの沈黙が訪れる。それは彼女が正解したかどうかという絶妙なタイミングで。
ブッブー。
「間違いです。では後半部分も聞きましょう」
司会者が惜しいという顔をした。何がどうなっているのか俺にはわからない。あれほど得意だった歴史問題であおいははずしたということなのか。
「太平記にて兼好法師はラブレターの代筆を依頼されました。その相手は高師直でしたが誰の奥さんにたいしてでしょう」
相手はお手付きで回答ができない。これは俺たちにとってはチャンスだった。
「志保わかるか? 」
「私に愚問ね」
彼女は不敵な笑みを浮かべるとボタンに手をかける。
ピンポン。
「おっとおおおおおお。これで勝負は決してしまうのかあああああああ」
司会者があおるとギャラリーはさらに沸き立つ。
「志保ちゃあああああああん。ラスト一問正解してくれええええええ」
「生徒会長のアホに目にもの言わせてくれええええ」
若干私怨も混じった歓声だったが。
「正解は塩治高貞よ」
自信ありげに志保がそう答える。すると突然ドラムロールが鳴り出して。
「さてこのまま正解して天国を見るかあああああああ。それとも地獄の再出発なのかあああああああ。答えは君にかかっているううううううう」
いつになく真剣な面持ちで生徒たちが見守っている。ここで正解すれば志保が生徒会に引き抜かれることはない。
だけどこのあと徒然部はどうなるのか。不正解ならば空中分解してしまう。
そんな恐ろしい考えが頭をよぎり不安になったが俺は志保を信じるって決めていた。
そして。
「正解は塩治高貞だああああああああああ」
ピンポンという音ともに司会者がそう宣言する。
「うおおおおおおおおお。優勝は蕪木・山谷ペアで決定だああああああああ」
強烈な物言いとともにギャラリーたちが騒ぎだす。
「おめでとおおおおおおお。志保ちゃああああああああん」
「最高だったよ蕪木さああああああああん」
さすが学校一の有名人。賛辞の言葉が志保に送られる。
そして少しだけだけど。
「山谷、よくやった」
俺の応援をしてくれた人たちからも労われた。
こうして長い長いクイズ大会は幕を閉じたのだった。
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