回る憂鬱

 それから私は薔薇の模様の杖を見る度、あの薔薇香る美術館の中庭の記憶と夏向かなたさんの優しい微笑みと、悲しみの洪水を思い出すのです。

 私の中の悲しみは、夏向さんのような美しい思い出ではなくて、もっと人には言えないような黒く汚れた傷のようなもので、浄化する術もなく長い間眠るように私の中に棲み続けていました。

 あの日に流れた涙が全てを洗い流したわけではないかもしれないけれど、雪解けを促す春の陽射しのように夏向さんの絵と言葉と声が、私の封印された痛みを解き、泣くことを許しました。

 やはりあの人は神様だったのでしょうか。

 いいえ。神様はそんなに親切ではありません。


 私はもう一度あの薔薇園に行くこともなければ夏向さんのことを探すこともしません。

 ただ時々、部屋に沢山の薔薇の花を飾って、むせ返るような生命の香りに包まれながら、限りない憂鬱を生きてゆく為に息をして、あの時の優しい手の温もりを思い出します。

 紅茶を淹れて、薔薇の花弁はなびらを一枚浮かべてくるくると回る赤い欠片を眺めていました。琥珀色の液体と真っ赤な花弁が溶け合い視界が渦巻いて薔薇の香りに混ざり合って降り積もる悲しみのように赤く鮮やかな欠片は消えることなく溶けることなく確かに存在していて私は回転が止まるのを待ちながら回る憂鬱を眺めながら二度と会うことのない人を何処かで想いながらくるくると回る薔薇の花弁のように千切れた一枚の欠片みたいに、独り部屋の片隅で、ぼんやりと座っていました。


 あの人は今、何を思って絵を描いているかしら。

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薔薇香る憂鬱 青い向日葵 @harumatukyukon

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