【蒼衣さん・巴市クロスオーバー】

歌峰由子

ピロート訪問



「ちっくしょぉぉぉ!!! きょーおもかーぷゥは! まーっけまーっけモガっ」

「やめとけ怜路、メッチャ睨まれてる」

 敵地三連敗に意気消沈する赤い群れの中、不満が爆発した怜路の口を慌てて美郷は塞いだ。金髪グラサンの兄ちゃんと長髪青年のコンビはただでさえ悪目立ちする。ざざっ、と近くのカープ女子が距離を開けた。

「まあ名古屋まで遠征にきて、日曜デーゲームで三タテ喰らって帰るのはメンタル来るけどね……週頭から二日間負け気分だし」

 真っ赤なビジターユニホームを羽織った肩をがっくりと落とし、美郷も深々と溜息を吐いた。地元zoomzoomスタジアムのチケットが瞬殺売り切れの昨今、広島でカープの試合を観戦するのは至難である。今回、美郷と怜路の二人は、広さゆえに比較的チケットを取りやすいナゴヤドームまで遠征の足を伸ばしていた。

「さーて、ついでに本題片付けて帰るかねェ」

「ついでなのか本題なのかどっちなんだよソレ」

 言いながら怜路が片手にぶら下げているのは、五つばかりレモンの入った袋だった。

 目指す先は隣接する某ショッピングモールである。レモンは、その催し物会場に出店している、ある「魔法菓子専門店」に届けるためのものだ。

「魔法菓子かぁ……広島にはないもんねぇ」

「都会の喰いモンだわな」

 言いながら、優雅で綺羅綺羅しい菓子が並ぶ催し物会場を横切る。見るからに高級で、地方公務員の安月給ではどうやっても手が出そうにない、芸術品のような菓子がディスプレイされていた。

 宮澤美郷は広島の片田舎で市役所に勤めている新米公務員だ。隣の狩野怜路は居酒屋アルバイト。出身、経歴、職業も全く違う二人にはある共通点がある。

 二人とも「除霊」や「祓い」と呼ばれる仕事をしていることだ。怜路は自営業の拝み屋、美郷は市役所のオカルト係(?)に勤めている。同年代の同職種、そして大家と下宿人(怜路が大家である)という関係の二人は、休日にはよくつるんで行動していた。

「こんなレモン、使えるのホントに」

 怜路のぶら下げる袋を見遣り、美郷は胡乱げに呟く。

「しらねーよ。でも八代サンが是非持って来てくれっつーんだから使えるんじゃねーの?」

『八代さん』とは、怜路が今日会う約束をしている魔法菓子店のオーナーだ。目的は、怜路が手にする「サンダーレモン(命名者・狩野怜路)」を見せるためだった。このレモン、実は美郷が引き受けてしまったものである。

 美郷の職場の同僚に、親戚が瀬戸内でレモン農家をやっている人物がいる。そのレモン農家で一件、厄介な事件が起きた。丹精込めていたレモンの樹に雷が落ちたのである。

 普通なら、レモンの樹は枯れました残念無念で終るのだが、樹齢が長かったこの樹は妙な気を蓄えていたらしく、枯れずに生き残った。そしてその樹から収穫されたレモンがコレである。

「雷属性のレモンって……ただでさえ酸っぱい物がさらにパチパチするのなんてどうするんだろ」

 問題のレモンは大量に穫れた。そしてなんやかんやで親戚に押し付けられた挙句に美郷のところまで回ってきた。詳細な流れは覚えていないが、レモン農家→オカルト専門職の親戚→飲食店に友人のいる美郷、という具合だった気がする。

「まあとにかく、見せてみりゃ分かるだろ。おっ、あったあった、アレだぜ、『ピロート』だ」

 SNSで知ったという魔法菓子店の看板を、怜路が指差した。

「ほんとに高く買ってくれれば奇跡だよ」

 突き当りの右側にある、周囲の店より少し素朴な雰囲気のブースを美郷は観察する。手前に立って、コックコートというのか、小洒落たパティシエ姿で接客している美貌の青年が目に入った。

「あの人?」

「いんや。あれは多分、八代サンご自慢の菓子職人の方だろ」

「ご自慢とは」

 顔か、腕か。いや普通そこは腕だ。あの顔で腕もあるのか、あっ、凄い綺麗な笑顔でご婦人瞬殺してる。興味深くまじまじと見ていたせいか、その美貌の菓子職人がこちらに顔を向けた。ぱちりと視線が合う。

 にこっ、と優しい笑顔で微笑まれた。反射的にへらっと笑みを返してドウモと頭を下げる。アルカイックスマイルが顔に貼り付いた、標準的宮仕え日本人の哀しい条件反射であった。

「何やってんだお前」

 呆れた怜路にぺしりと軽く後頭部を叩かれ、軽くつんのめって前に踏み出す。漫才をやっている間に顔を覗かせた眼鏡の青年が、パティシエにつつかれて美郷らを見遣った。ああ! とこちらまで聞こえる朗らかな声と共に、大きく手招きされる。

「顔知ってるんだ?」

「いやー、リアルは初対面よ。けど俺らの特徴伝えときゃ一発だろ」

 赤いカープのビジユニを着た、ロン毛と金髪グラサンの野郎二人組。まあ、気付かないわけもない。

「たしかに……」

 相変わらず悪目立ちしている自分たちの姿に、美郷はひとつ天を仰いだ。



 天竺蒼衣と名乗ったパティシエは、にっこりと微笑んでコック帽をとった。すると、癖のない黒髪がさらりと背に流れ落ちる。美郷と怜路を含め、周囲が「おお、」とざわめいた。

「怜路君と美郷君だね? いつも店長がお世話になってます」

 こちらこそどうも……と有耶無耶な挨拶を返しながら、美郷はつい、まじまじと目の前の美青年を観察する。君付けで呼ばれるということは、実は結構年上なのだろうか。

「さあさ、二人とも試食してみてよ。ウチの新作」

 横合いからひょこりと顔を覗かせて、店長の「八代サン」こと東八代が楊枝の刺さった焼き菓子を差し出した。甘党の怜路が待ってましたとばかりに受け取る流れで、美郷も何も考えずに楊枝をつまんで菓子を口に入れる。しっとりと芳醇なチーズの香りと程よい塩味は、ベイクドチーズケーキだろうか。

「……美郷ォ」

「ん?」

「お前、耳生えてない?」

「いや誰だって耳はあるでしょうよ」

「じゃなくてもう一対。ネコミミが」

「は!?」

 ぴこんぴこん。驚きに震えて声を上げると、確かに頭の上から慣れない感覚が伝わってきた。慌て手を伸ばすと、ベルベットのような触り心地の何かが触れる。

「うっわ!? じゃなくて、お前もだよ!!」

 怜路は元々、脱色金髪をワックスでツンツンに立てているため美郷よりは見え辛いが、茶虎色のネコミミが一対ぴこぴこしていた。

「おお、マジか」

 サングラスを引っ掛けている、人間の耳も存在している。興味深そうに己の耳を触ったり引っ張ったりしている怜路から、美郷はピロートの二人に視線を移した。つまりこれは「魔法」なのだろう。

「やー、二人ともよく似合うぞ! 怜路が茶トラで美郷クンが白猫かぁ」

 満面の笑みの八代店長が言う隣で、美貌のパティシエも必死で笑いをこらえている。

「ええと……天竺さん。これ、『魔法』なんですか?」

 やはりネコミミをつまんだり引っ張ったりしながら美郷は確認する。

「ああ、蒼衣で良いよ。そう、使っているチーズの魔力なんだ」

 にこりと笑って答える蒼衣に、ははあと美郷は頷いた。何をどうやって何の魔力が宿ったチーズなのか想像もつかないが、パーティー向けのおもしろ効果だ。

 しかし、それにしてもネコミミの存在が気になってしかたがない。しきりに構っていると、傍らの怜路が携帯している手鏡を差し出してきた。小さな漆の丸鏡に、美郷は恐る恐る己を映す。

「うわぁ……」

 げんなりした声と共に覗く鏡の向こうには、白く大きなネコミミをぺたりと伏せた自分の姿が映っている。どうやら感情に合わせてちゃんと動くらしい。

「聴覚はかわんねーのな」

 ネコミミの横で指を鳴らしたり、色々と確認していたらしい怜路が残念そうに言った。

「あくまでフェイクの耳だからね。今食べてもらった欠片くらいなら、三分くらいで消えるから安心して」

 蒼衣がそう説明する。やっぱ年齢不詳だな、としょうもないことを気にしながら、美郷は彼の整った横顔を見ていた。首をひねる内心を反映してか、片耳がぴっぴと勝手に動く。

「あー、じゃあそろそろか」

 怜路がそう惜しんでいる間に、ふわりと茶トラの耳は空間に溶けて消えた。数秒後、美郷の頭上からも感覚が消える。美郷に視線を移した蒼衣が、少し困ったように眉を下げて微苦笑した。

「ええと……僕と店長は同級生なんだ、って言ったら納得してもらえる?」

 よほど顔に出ていたのだろう。頬を掻いて居心地悪げに小首を傾げた美青年に、美郷は「えっ」と再び驚きの声を上げた。

「見えねーっスよ蒼衣サン。年齢不詳すぎィ」

 けらけら笑う怜路は知っていたのだろう。せいぜい二つか三つ年上程度かと思っていたが、一児の父親という八代店長と同い年となればアラサーだ。

「そーなんだよ。こいつホント歳とらなくてさあ」

 蒼衣の肩をばしばし叩きながら八代店長が少し得意気に笑う。あっ、なるほど「ご自慢」か。と美郷は妙に納得した。困惑気味の蒼衣が少し視線を彷徨わせ、怜路のぶら下げる袋を見つけて「あっ」と言った。

「怜路君、もしかしてそれが例のレモン?」

 視線を追った怜路が、今更思い出したようにレモンの袋を差し出す。

「そうだった。そう、コイツが例のレモンだよ。俺らじゃどうすりゃいいのかサッパリだが、あんたなら文字通り調理できるんだよな?」

 受け取った袋からレモンをひとつ取り出し、蒼衣が真剣な表情で検分する。傍らでは八代店長が接客を再開し始めたので、美郷と怜路はブースの端に寄って蒼衣の返答を待った。

「うん、想像したとおり良い材料になると思うよ! 是非買い取らせて欲しい」

 力強く頷かれ、美郷と怜路は「よっしゃ」と小さくグータッチした。

「具体的な話は店長と詰めてもらえるかな。あと三十分もすれば店じまいだから、一緒に食事でもしながら」

 是非もなしと頷く二人に、蒼衣は再び綺麗に微笑んだ。


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