誠実

🌻さくらんぼ

誠実



「ここはどこ? 」

 青々と伸びる草、黄土色の砂。花も所々に咲いている。見たことがない。

 ――はずだった。

 でも、私は知っている。ここが、何処なのかを。


 どうしてそんなことを知っているのだろうか?

 初めて見るものなのに、不思議とわかるこの感覚は、何?


 目をつぶる。

 大切なことを、忘れている気がする。

 絶対にしなければいけないことがあったはず。

 思い出せ、思い出せ……


 次の瞬間、頭に激痛が走る。彼女はうめき、頭を押さえた。


 何かが溢れ出す。


{暑い、辛い、諦めない。

 怖い、苦しい、進め。

 逃げたい、駄目だ、頑張れ。

 痛い、暗い……。悔しい……}


 なんなの? これは。

 遠い昔のような、ついさっきのことのような。


 その時、突然目眩がした。

 足から力が抜けて、私は地面にしゃがみ込む。



 * * *


 真夏の日差しが、容赦無く彼女たちに降り注ぐ。目もくらみそうな暑さだ。

 それでも、諦めて仕事を投げ出す者はもいない。

 誰もが必死に、食料を運んでいた。


 その時、急に黒い影が地面に広がる。

 何だろう?

 気になるが、進行速度は変えない。


 何があっても、この食料は運ばなければならないからだ。個人の疑問に時間をさいている暇は無い。


 次の瞬間、空から大きな何かが落ちてきた。地面に振動が伝わってくる。

 始めはよく理解できなかった。しかし、さっき何かが落ちてきた地点付近に辿り着くと、何も考えずともわかった。


 潰されたのだ。影に。


 いや、影がのだ。


 影は残酷だった。彼女は、体を全て潰されたわけではない。上半身はまだ生きていたのだ。

 必死に進もうと苦しそうにもがくが、体が地面に張り付き、動くことができない。だんだんもがく力も弱々しくなっていく。潰れた下半身から、命が流れ出ているかのようだ。吐き気にも似た恐怖が、私の中に広がった。


 助けたい。できることなら。

 けれどもう手遅れだということは分かっている。

 大切なのは、食料を運ぶことなのだ。例え犠牲者が出ようとも。

 それが唯一、私にできることなのだから。


 私は潰れた彼女の近くを通るとき、グッと顔を上げた。あなたの分まで頑張るから、任せてという思いを込めて。


 そんな私の横を、素早く横切った仲間がいた。食料などそっちのけで、潰れた彼女を何とか助けそうと駆け寄ってきたのだ。


 再び影が落ちてくる。それからまもなく、地面が震えるのを感じた。

 潰された。また、一匹。

 二匹の周りに、黒い汁が広がる。どちらもすでに、息絶えていた。


 あまりのショックに、頭がクラクラする。

 このまま進めば、私だって潰されるかもしれない。他のみんなだって危険すぎる。


 それでも、できるだけ早く、食料を運ばなくてはならなかった。

 立ち止まったり、休んだりすることは、許されないのだ。


 目の前で、どんどん仲間が踏み潰されていっても、誰もがその道を突き進む。

 次々と影が落ちて、地が笑う。

 苦しそうに、そして悲しそうに手を空へ伸ばす仲間。

 動ける者は、体を引きづり、必死に進む。けれど、すぐに力尽きて、パタリと地面に倒れてしまうのだった。

 そのドス黒い死の海を、私は突き進んでゆく。

 正直、恐ろしい。でも、死にかけている仲間や自分の身を気にかけるより、少しでも早く食料を持ち帰ることの方が大切なのだ。

 みんなだってよくわかっていることだから、誰一人として逃げたりしない。


 向こうの草むらに、ほんの数匹だけ渡りつく。そこまで行けば、あれに潰されることもない。巣も、近くだ。


 その背中を目指して、私達も歩く。後ろは振り返らない。速度を緩めることもなかった。


 半分渡っても、横は見ない。前で宙に手を伸ばしたまま、力尽きる者がいても、体がバラバラになっている者がいても、止まってはいけない。

 彼女達の分まで、頑張るために。


 私の頭上に濃い影が迫って来る。それでも、進む。真っ直ぐ、しっかりと。

 この海を超えなければならないから。


 全身に走る激痛を感じる。体が動かなくなって、死の海に囚われる。

 青空と太陽を最期に、視界が暗転する。


 そんな中、私の中にあったのは、食料を届けなければいけないという使命だけだった。


 *  *  *



「今のは……」

 私だ。

 私自身だ。

「死んだはずなのに」


 しかし、私はここにいる。

 どうして? 何のために?



 ふと、子供が数人やってきた。


「見て! アリがいるよ!」

「うわー、ホントだ。気持ち悪りぃ」

「潰そう」

「さんせーい!」


 ゲラゲラ笑いながら、地面を進んでいる小さな物体を潰していく子供たち。

 それを私はぼんやりと眺める。


 ――空から降ってくる影。潰れていく仲間。死の海。まさか、私はあの小さな物体だったの?


 そう思った瞬間、何かが私の中で目覚めた。


「もう死んだ! 弱すぎ!!」


 違う。


 私たちは、必死だったんだ。勇敢だったんだ。

 自分の使命を果たすことだけを考えて。

 恐怖を無視して。


「まだこっちにもいる! 潰そう!」


 なのに、笑っている。

この子達は――こいつらは、笑っている!


 なにが面白いの?!

罪のない命を消して。


 私たちは、ただ食料を運んでいるだけなのに。


 なぜ殺すの?!

私たちは何も悪さをしていない。


 あなた達に害を与えることもしていない!


 真面目に生きている私たちのなにがいけなかったっていうの?!



 いつしか私の中には、ドス黒いなにかが渦巻いていた。あの海のような、何かが。


 私はいつだって使命に忠実に生きてきた。

 それなのに殺され、皮肉なことにその犯人と同じ生き物に生まれ変わったらしい。


 それなら、私のするべきことはただ一つ。

 他の無意味に殺されたみんなの気持ちを受け継いで、行動するのだ。それが私の使命に違いない。今度こそ、果たさねば。


「復讐」


 彼女はとても、誠実なのである。

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