第9話 クリスマス短編 恋(?)骨はサンタクロース

 ――年明け(https://kakuyomu.jp/works/1177354054886093379/episodes/1177354054888091838)を二ヶ月くらい後に控えた、ある夜のこと。


「ん~、触媒の反応がいまいちね。小指にリングでも付けようかしら」


 言いながら試験管を揺らすのは、黒衣の神官服をまとった女性だ。名をイザナ。かつて勇者アルヴィスと共に魔王オルデンを倒した、生ける伝説の一人である。


「精が出るこって。小指のリングって、何のおまじないだっけ?」

「願いの成就……ま、願掛け程度のものだけど。魔力でも込めればそれなりにはね」


 と、こんこん、と庵の戸が鳴る。イザナが立ち上がり、戸口で二三、言葉を交わしてから封筒を持って戻ってくる。


「フブル先生から手紙来てるわよ」

「え、なんだろ」


 受け取った手は骨のそれ。言うまでも無いが我らが主人公、アルだ。

 光無い眼孔で手紙を読んだ人骨は、かくり、と頭蓋骨を天に向けた。


「あの俗世まみれオババ……」

「何て書いてあったの?」

「年末の慰問と経済煽りに俺を使うってさ」

「何それ?」


 ――五カ国連合で使われている暦は、一年を十二の月に分ける。月にはそれぞれ信仰の深い神が対応され、正義と太陽の神マルドゥの一の月、その親であり叡智の神アンキエイアの二の月……そして年の終わりである十二の月は新生を前にした死、冥神ネーガルと言った具合だ。

 十二の月にはネーガルが新たな魂を祝うため、雪の下に命を撒いていく、という古い言い伝えがある。


「んで、異世界にも十二月の終わりに世の中回る奴がいるんだと」

「ああ、フブル先生の異世界研究ね……それも死神なの?」


 ぴらり、とアルが示した手紙の下半分には、赤と白の服を着て、大きな袋を背負った老人が描いてある。


「いんや。あっちはこの『サンタ』って爺さんが子供達にプレゼントを配って回るんだとさ」

「へえ、素敵じゃない……あ、じゃあ、この役に?」

「勇者サマの顔だとさ。フリー素材かよ、俺は」


 苦々しく(表情は無いが)アル。要は、長々続く戦争の中での人心の慰撫――それと、戦中で停滞しがちな嗜好品の回転だ――に、イベントをでっち上げようということだ。


「まあ、いいんじゃないの? 今だと膠着してる戦場も多いって聞くし」

「神の手下みたくなるのは嫌なんだけどな~……マルドゥの奴が怒らなきゃいいけど」


 ふうむ、とアルはイザナの庵を出て、仲間達――ハルベルやミクトラが寝泊まりしている集落の方を見る。


「こないだのデカブツの時にゃ、みんなに大分苦労させたし……」


 ちらり、と頭骨がイザナの方を向いた。意を察して、彼女は笑った。


「私も今や一児の母だし? いいけど。モノはあるの?」

「まあ、何とかするよ」


 そう言って、こきこきとアルは関節を鳴らした。


     〇


「まいどー」


 数週間後。港町で幾つものラッピングされた品物を渡す行商人・レヴァと、それを受け取るアルの姿があった。


「何か悪いな。カランタンの端っこまで来てもらっちゃって」

「んーん。近くまで仕事で来てたしさ。それに、いい話も聞けたし。稼ぐぞー」


 降って湧いた商機に、うひひと笑う行商人である。


「そんな君に、ほい、プレゼント」


 品物の中からひとつ、アルがひょいとレヴァへと戻した。彼女はぱちくりとその目を瞬く。包装したのは彼女だ。中身も知っている。

 旅の安全を祈る馬蹄を象ったブローチ。おしゃれでいいな~、と思いつつ包んだ。


「これ……わたしに?」

「そう言ったでしょ。行商、気をつけてな。困ったら呼べよ」


 軽く手骨を上げて、ひょいとアルは小型船へと戻っていく。そこには子供のような船頭が待っており、彼も何か受け取ってはしゃいでいる。


 尋常で無いスピードで去って行く船を見ながら、レヴァはほのかに赤く染まった、油断するとにやけそうな頬を噛みしめて我慢している。


「あ、あいつ……。こういうこと、するからさあ……」


     〇


 そうして、年末も差し迫った夜だ。人も虫も獣も寝静まる森の中、行動を開始する骨と女性がある。


「んじゃ、行くか」

「ええ。たまには……たまには。こういうのもいいわよね」


     〇


 ――そうして、いくつもの贈り物が、幾人もの枕元へと届けられる。


「ハルベルには新調した杖、っと」

「この前壊れちゃったものね。私の祝福も付けときましょ」


 髑髏の意匠の杖が、寝台に立てかけられる。


「んん~、むにゃ……うへへ、アルのすべすべの大腿骨ぅ……舐めていい……?」

「「……………………」」


 二者は少しだけ少女の性癖を心配してその場を去る。


     〇


「ミクトラには新版の魔物図鑑をサイン入りで」


 すぅすぅと、上品な寝息を立てる赤髪の女性を、一緒に見下ろす。


「いや……彼女、もう二十でしょ」

「まあほら、苦労掛けてるし……」

「貴方はほんと、この二人には甘いわよね」


 分が悪くなったので、次に急ぐアルだ。


     〇


「シミュラルには……あー、お前が用意したやつか。花輪の髪飾り」

「この子も、こういうおしゃれのひとつも覚えないとね」

「んむ……父様……母様……」


 慈愛の瞳が、若き日の勇者の似姿に注がれる。ちょっと居心地が微妙な骨である。


     〇


 月明かりの夜空を行く翼竜がある。しかしその姿は少々、細い。


「ワイバーンの骨とかどっから調達したの?」

「ペルゼン翁にもらったの。街を守ってくれた礼だって。全身骨格とか重宝するからありがたいわ」


 その上に座すのはプレゼントが詰まった袋を持ったアルとイザナだ。


「うぅ……季節が季節だし、魔力障壁あっても寒いわね……」


 イザナが神官服の前を合わせると、背後からふわりとその身を包むものがある。


「……アル」

「俺と一緒にマント入ってろ。多少はマシだろ」


 前を向き直ったイザナが笑う。鼻の頭が少し赤いのは、寒さだけのものだろうか。


「そうね。……うん。暖かいわ」

「いや俺骨だし、そんなには……」

「暖かいのよ」


 一人と一体を乗せ、飛龍の骨は東へ向かう。


     〇


「まさかこんな具合に戻って来やがるとはな」

「おひさ。プーチ元気してる?」


 まず降り立ったのはセクメルの孤児院だ。院長のサランへとプレゼントを渡しながら、アルがこそりと聞く。


「会ってきゃいいだろ。なんなら起こすぞ?」

「俺も会いたいけど……ま、そりゃ野暮ってもんでしょ。お空の勇者からとでも言っといてよ」


 しばしの談笑のあと、戻ってきたアルを迎えたのは、じとりとしたイザナの視線である。


「隠し子……?」

「ちっげーし!」


     〇


「何の酔狂だ、これは」


 王都エイエラルド。とてつもない渋面で迎えるのは、目つきの大変悪い少年だ。


「俺もどうしようかと思ったんだが、ルーラットさんを外すのも心苦しかったんだよ。あと、あの三人組にも渡しとけ」


 少年――ダイスが盛大な嘆息と共に嘲笑う。


「道化の真似事が好きな奴だ。そのままサーカスにでも入ったらどうだ。玉乗り程度は出来るだろう」

「うるせえな。クチ悪いお子さまには何もやんねえぞ」


 言い合って、しばし睨み合う。


「あぁ?」

「おぉ?」


 そんな寸劇を眺めるイザナは、ただただ目を丸くしている。


「あれが? ディスパテ? ……嘘ぉ」


     〇


「プレゼント、ですか……私に?」


 三眼族の少女、サダイは戸惑ったように額の目を揺らした。背後でペルゼンが苦笑する。


「ありがたく受け取っておきなさい、サダイ。そうだな、私もお前にはそう言ったことを久しくやっていなかったな」

「あとさ、これも」もう一つの包みをアルは取り出す。「〇三戻ってきたらあげて」


「アレにもか?」


 面白そうに問われて、人骨は肩甲骨をすくめた。


「まだ一歳前でしょ、彼女」


     〇


「んん~~~、疲れた」


 ぐ、と背を伸ばすイザナ。フィネグンドへと再び降り立ったのは、出発から数日後のことだ。


「お疲れさん。サンタの相方にもプレゼントだ」


 最後に。ひょいと骨手が差し出すものがある。


「? 私に? え、あ、ありがとう……」


 予想外の出来事にややうろたえながら、イザナは嬉しそうに包みを開けて――


「……なに、これ」


『勇者アルヴィスすごろく』と大書された箱を見て、その眉を面白い形に曲げた。


「新作ゲームなんだって。王都に売ってた。年明けたらさー、これでみんなで遊ん……で……」


 楽しそうに解説するアルも、どんどん低くなるイザナの視線の温度で失敗を悟る。じり、と後ずさり。


「あ・な・た・が! 遊びたいだけでしょ!」


 怒号に、ぴゅう、と逃げる人骨である。


「全くもう、逃げ足の早い……」


 憤懣さめやらぬ中、一応イザナは中身を確認する(律儀なのだ)。


「あら、案外駒が良く出来てるわね……この偏執的な造形、なんだか王女様を思い出すような……ん?」


 気付く。神官の駒(要するにイザナがモデルだ)の頭に、冠のようにかかっているものは。


「…………」


 嘆息。赤くなる頬を誤魔化すように、口にした。


「ばーか」


     〇


「えー! 何か宿題出していないと思ってたら! アルと空のデート! ずるい! お師匠さまずーるーいー!」

「ほほほ、悔しかったら早く人間以外のスケルトンの完全使役も修得することね」

「うぎ~~~! 絶対私も行くからね! 後で!!」


 朝も早くからじたばたとやっている死霊術士の師弟。師匠の小指には、ぴったりとはまったリングがひとつ。


(どうせなら薬指のサイズにしなさいよって感じだけど)


 弟子をあしらいながら、イザナは笑う。


(まっ、いいか)





おしまい

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昔勇者で今は骨・番外編 佐伯庸介 @saekiyou

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