第8話 妻の晩年
妻が木になるという。
どういうことかと問い詰めてみれば、妻は実はエルフであり、エルフというのは寿命が近付くとだんだんと木に変わってその命を終えるということらしい。
連れ添って大分なるが、どうも老けないと思っていたらそういうことだったのかと思いつつ、じゃあ本当の年齢は何歳なんだいと聞くと、女の嘘はあばかないものよと怒られた。
ともかく、準備が必要だということで大きな鉢を作り、大量の土を買い、ひいこら苦労して家に運び込んだ。老体には堪える。
鉢の縁に腰掛けた妻の、白く細い足首へ土をかけていくのはちょっとした背徳感があった。まあ、生きている配偶者に土をかける経験をする者はそう多くはあるまい。
その後、私の呑気な隠居生活は妻の世話に費やされることになった。徐々に木となっていく妻へ食事を運び、話し相手になり、体を拭き、四肢が萎えないようにマッサージ。いやはや、新婚時ですらここまで妻に尽くしたことはない。
エルフの里では木になって森の一部となり死ぬというのは最大級の名誉であるらしく、部族総出で世話を行うらしい。
我が家ではささやかで申し訳ないね、と言うと、あなた以外に体の世話をされるのは御免ね、と妻は笑った。
子供がいたらどうだったかな、と呟くと、私がいくらでも実らせてあげる、と妻は請け負った。
木になったら薬は使う方がいい? と尋ねると、あなたの作った薬なら、と妻はまだ生身の肩をすくめた。
エルフの寿命(たしか千歳だ)を思い出した私がからかうと、しょうがないじゃないアラサウとか恥ずかしくて言えないわ、と妻は唇を尖らせた。
二人分作ってしまった、と料理を詰め込む私を、もう固形物はね、と妻が苦笑する。
急な雨だな、とぼやきつつ私が帰れば、雨を浴びたいと思うようになった、と妻は不思議そうに窓を眺めた。
最近はお寝坊さんだ、と随分堅くなった肌を拭くと、あなたの世話がいいのよ、と妻は薄目を開けた。
つらいよ、と私がこぼすと、幸せでごめんね、と妻は謝った。
いってしまうのかい、と聞くと、ずっとここにいるのよ、と妻は答えた。
〇
――ある大樹のふもとに、骨頭の魔法使いが庵を編んでいる。
訪れる旅人や、行き倒れた者があれば、魔法使いは大樹の落ち葉から作った魔法の紅茶を振るまう。そして、活力を取り戻した者へ、魔法使いはこう話すという。
「彼女の葉で私が作った茶を、君は飲み、命を繋いだ。君も我らの子だ。いつでも、またおいで」
旅人たちが伝える魔法使いの名前は、オラドとも、オーディとも、オルデンともいう。
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