第7話 昔勇者で今はタピオカ

「タピオカになった」


 目の前で、アホ毛を生やした五十セルくらいのなんかでかい黒い玉が喋るのを見て。ミクトラは頬をひくつかせるしか出来なかった。


 なんだこれ。声はアルなんだけど。骨どこに行ったの。ぷるぷるしている。声どこから出てるんだろう……いやそうではなく。そもそもタピオカって何?


「……えと、その、弾力がありそうなお姿はいったい……?」


 様々な思いが交錯して、なんとか絞り出したのはそんな言葉だった。


「植物の根っこから出来た食べ物でな。飲み物とかに混ぜて食べるんだと。名前は例によってフブルさんの異世界研究の知識」

「いや。そういうことではなくてですね……」


 飄々と(表情など分からないが)語る変わり果てた自らの主に、ミクトラはどう接したものか戸惑う。そもそも触っていいものなのだろうか。


「古代魔法の失敗なんだってさ。しばらくはこのままらしいや」

「やってしまったわ」

「イザナ殿……」


 何故かドヤ顔で現れた女神官に、ミクトラは居住まいを正す。もう顔を合わすようになって数ヶ月が経つが、憧れの勇者の仲間であるこの女性にミクトラは未だに緊張してしまう。


「このひとを元に戻すための研究。逆転の発想でね。いっそ骨の体を情報変換で肉体に出来れば、と思ったのよね」

「はあ」

「で、まあ、なんか失敗したの」

「大分はしょられましたね今……」

「こいつ昔から、都合悪くなると話す情報少なくするからな」


 タピオカが……もとい、アルがぷるぷるしつつ抗議を訴える。なによ、とイザナに睨まれてぷるぷるが小さくなる。


 いいのかそんなんで、とミクトラは内心頭を抱えた。番外編だからってゆるくやりすぎではないのか。


「いやあのね、ミクトラさん。大丈夫だから。いくらなんでもこんな実験、保険無しでやらないわよ。魔法式に時間設定組み込んでるから、しばらくしたら戻るわ」

「はあ……心配がいらないならば、良いのですが。アル……その」


 呼びかけると、タピオカのアルもとい、タピアルが反応する。アホ毛の有無で前後は分かる。表情はないものの、ぷるんと跳ねる様子は愛らしく見えなくもない。


「だ、抱いてもよろしいですか。そのままでは移動も不自由でしょう」

「いや別に、跳ねていけばそんなに……おわわわわ」


 返事も待たず、ひょいと抱き上げて。ミクトラは思わぬひんやりした体温(?)とぷにぷにの感触に目を丸くした。


「これは……意外にも」


 ぷにぷに。ぷにぷに。抱きかかえる手で揉んでみる。ほどほどの弾力が気持ちがよい。


「ふっ……いいでしょう。我ながら失敗とはいえ中々の出来だわ」


 いまだにドヤ顔のイザナである。この女、反省の色がない。一緒になって横から突ついてくる。


「あっちょっ。お前らやめ、そこは、いかんよほんとに」


 もだえるタピアル。ふにょふにょぷるぷると震えているようにしか見えないが。


「この状態、触覚とかどうなっているのでしょうね……」

「さあ。あるとは思うんだけれど」


 ぷにぷにつんつんぷにつんつんぷにぷに。


「ヤメロー!」

「あ、ほら、胸の上に乗りました」

「あらやるわね。たぶん私もいけそう。これがフブル先生の言ってらしたタピオカチャレンジね。あの方は出来なかったって愚痴ってらしたけれど」


 多分違う。

 さらに、ぷにぷにもにもに。


「キャ――――――! やめろ! はしたないぞ君ら!!」

「あっ」

「こら、その体で目の届かないところに行かないの!」


 にゅるすぽっぽいんぽいん、とミクトラの胸の中から抜け出て、タピアルは跳ねながら逃げる。


「うるさいわい! 君らの射程内いたらなんか色々失うわ!」


 追いかけてくる二人。タピアルが体と同じ色の魔力を発した。


「破ァッ!」


 加速。魔力駆動を行ったタピアルが驚異の速度で木々の間を跳ねていく。


「あっちょっ! 早い!」

「あの体でどうやってるの! 本当に才能の無駄遣いするんだから!」


 そもそもが、元の骨体の核となっていた黒竜牙もどうなっているのか。正直分かったものではない。大目に見てほしい。この話を書くに至った経緯が経緯なんだ。(https://twitter.com/saekiyou/status/1142809633532174337)

(https://twitter.com/pailand/status/1142791426465398789)


「ぜいぜい、ひい、つかれた……」


 しかし。しょせん昔勇者でも今はタピオカである。元の体からパワーアップしているわけでもない。ふたりを振り切ってすぐに魔力が少なくなり、ぽよぽよと草むらを這うことになった。


「うう、早く戻らないかな……よもや骨の体を恋しく思う日が来るなんて。二足歩行したい」

「あ。ん!? お? アルだ」


 声は、上から降ってきた。顔(そんな区別も今は無いのだが)をあげれば、そこには艶やかな黒髪の少女が見下ろしてきている。


「ハルベルか。良く分かったなあ」

「いやまあ、流石にびっくりしたけど。どーしたのそれ」


 しゃがみこんで視線(?)を合わせるハルベル。優れた死霊術士の卵である彼女は、魂を見る。さらにはアンデッドのアルと仮の主従契約も結んでいる。そのために、外見に面食らいはしたものの、その中身(アル)を正しく判断したというわけだ。


「かくかくしかじか」

「まるまるうまうま。もう、お師匠様も割といいかげんだよね。よいしょっと」


 ひょい、とタピアルを抱き上げるハルベル。その手つきは優しく、子猫を持つようだ。タピアルもやれやれと息を吐いたつもりになり、その身を任せた。


「タピオカねー。フブルさんが流行らせたのか知らないけれど、王都でお店があったな~。ペリネ達と買い食いしたこともあるんだよ」

「ほーん。俺食べたことないんだよね。……まさか食べる前に死ぬとも、そのものになるとも思ってなかったけどさ。美味しかった?」

「うん。私は結構好き。もちもちぷりぷりしてて、ジュースやお茶の味がついてて甘いの」


 談笑しつつ、一人と一粒は木漏れ日が降る森の中を歩く。森林浴には丁度良い。


「また食べたいな~」

「食べれるさ。修行終わって、王都に報告に行ったらまた友達と行くといい。そん時は俺も食おうかな」

「ふふ。ちょっと楽しみ……」


 ふと。ハルベルの視線が腕の中のタピアルへ向く。


「……………………………………………………………………」


 読者諸兄は御存じかもしれないが、ハルベルは少々……もとい、大分趣味が変わっている。アルと初めて出会った時には、既に彼は骨の体であったにも関わらず、次第に彼女は骨人間に想いを寄せるようになった。

 その想いは時々、思いもよらぬ角度で発露することもあり「アルの骨スープなら飲んでもいいかも」などと言い出すこともある。(第2話参照)


 で。今。アルはタピオカである。


 人骨スープは流石に引かれた。でもタピオカならどうだろう。タピオカは食物である。普通に食べるものである。じゃあ引かれないよね。

 いいじゃん。いいか。(そうか?)


「ハルベル? どした?」

「はぐっ」


 いった。タピアルの後頭部に、ハルベルの口が。

 かぷりと。


「んギャ―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」


 黒い球体のどこから出たものか。しじまを裂くような悲鳴が、昼下がりの森に響き渡った。


     〇


「……………………………………………………………………………………………………………(ぶすっ)」


 翌日。頭蓋骨に歯型を付けた人骨が、姿勢からして分かるほど不機嫌に、女性陣から眼孔を逸らしている。

 ハルベルが半泣きでその頭蓋骨へ塗り薬を付けていた(効果があるかは不明だ)。


「アル、ごめんねごめんね。衝動が抑えきれなかったの」

「あ、あの、アル、エルフの食材で作ったタピオカフルーツジュースですよ。機嫌治してください」

「ほら、あーんして。食べさせてあげるから」

「つ―――――――――――――――――――――――――――――――ん」


「何をしておられるんですかね、お父様にお母様方は……」


 人骨の機嫌を取ろうとする母と友人たち。

 それを、少し離れたところから呆れつつ、しかし苦笑で見守るシミュラルくんちゃんであった。


     〇


 天界。マルドゥの神殿。

 最高神マルドゥが、側神であるヴァルクを従え、下界を見ていた。


「…………じゅるり」

「マルドゥ様……。流石にそれは」

「食べちゃいたい、とはこのことだな、我が勇者よ」

「御身に害です。絶対に。ええ。あの触覚とか毒素を溜め込んでいるに違いありません」

「じゃあまた今度、降りる機会があったら地上でちゃんとしたの奉納してきておくれよ。ミルクティーに入ったのがいいな」

「ええ~……」


 おしまい

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