第一話 黒の旅Ⅰ

 それは三週間ぶりのことだった。


 星空が広がる夜の砂漠の中をひたすら歩いていた俺にとっては久しぶりに人類に出会った。


 その人物は、女性だった。ショートヘアで俺より少し背が小さく、黒いプリンセスコートを着た女性だ。その女性の顔は冷淡かつ美しい顔だった。が、その瞳は、景色の遠く遠くを見つめておりなにを考えているのか全く分からなかった。


 だが、せっかく自分以外の人間にあったので俺はその女性に関われるように話を持ちかけた。


「や、やあ。奇遇だね。こんな所で一人だなんて……誰かと待ち合わせ?」


 完全にやっちまった。これ完全にひかれる場面だ……。もう終わった。絶対逃げられる……。


 俺は全てをあきらめた。あきらめたんだ。だがな、奇跡が起きたよ。


「うん……あなたを待ってた……。名前も知らないあなたをここでずっと……」


 まさかの奇跡到来である。一回終わりかけたが、相手がなんだかんだで乗ってくれた。この世界にも神様はいるもんだな。


「そうか、待ってくれたんだな。ありがとう……」


 俺はできるだけ警戒心をなくせるような感じで話しかけた。これでひかれるかもしれないが、さっきよりはマシだ。さあ、食いつけ。


「マリノ・アスル」


「えっ」


「マリノ・アスル……私の名前」


 いきなり自己紹介か。まあ、あちらからしてくれたという事は認めてくれた証拠なのだろう。では、こちらも。


「いい名前だね。ちなみに、俺の名前も言うよ」


「フリード・ビンジャー」


「そうそう、フリード・ビン……んっ、なんで名前知ってんの?」


 俺は謎に襲われた。なぜ今知り合ったばかりの彼女が、俺の名前を知っているのだろうか……。どこかで名前を……言ってないよな?じゃ、いったいどこで……。


「胸の所」


「胸の所?」


「胸の所に名前が縫ってあるから」


「あっ、ホントだ」


 俺としたことが、気づいていなかった。ここまでこのジャンパーを来ていたが、今初めて気づいた。そう言えば、縫ってあったっけな。


「さ、行きましょう。眠れる大地目指して」


「眠れる大地?なんだそりゃ?」


 彼女がまた訳のわからんことを言ってきた。眠れる大地なんて聞いたことがない。聞いたことがあっても、せいぜい童話の中くらいだ。


 俺はもう一度聞き直そうとした、


 その時だった。砂の中から例の液状の体を持つ化け物が地中から出てきた。


 本来ならこんな砂漠から出てくることはないのだが、今は夜。日中と夜の寒暖差が四〇度前後ある砂漠は夜は寒い。それを知って化け物は夜の間に行動していたということだ。


『ブリュリュリュリュ』


「俺の後ろに回れ。こいつは俺が殺やる」


 俺は彼女を自分の背後に入れ、守る体制をとった。


 化け物が特有の鳴き声を出しながら、こちらとの間隔を詰めてくる。が、俺には秘策がある。なにせ俺は、こいつらの弱点を知っているからだ。


『ブリュリュリュリュ!』


「おらよ!」


 化け物がこちらに向かって飛び襲いかかって来る。が、その方が好都合だ。狙いがつけやすい。俺は隠し持っていた市販の水鉄砲を空中に浮いている化け物に向けて撃った。


『ブリュゲボボボ!』


「どうだ、見たか!」


 化け物は悲鳴を上げ、地面でミミズのように暴れまわる。


 化け物にはやはり水が効くらしい。それが今回の戦闘で実証された。


 やがて、化け物は動かなくなり、プルンプルンのゼリー状の水になり死んだ。


「よし、これで補給ができる」


 俺は化け物の死骸に水鉄砲を押しつけ、吸い上げた。これで補給完了だ。死んでしまえばこいつらはただの水だからな。


「さっきのアクアウスは、おそらくアースワーム型。個体値はそれほど高くはないが、それでも犬一匹は殺せる程度の力を持っている」


「なにを言っているんだ?」


 いきなり彼女が話をしてきた。どうやら、さっきの化け物のことについて説明しているらしいが、本当のことなのかわからない。


「あなたが殺したのは、アクアウスといわれるこの地球上の新しい生物。そのことについてあなたに教えてあげたわ」


「あ、どうも……じゃない! なんで、そのステータスとかいろいろ知っているんだよ!」


「それについては言えない。個人に関わることだから」


 彼女はそう言うと、くるりと後ろを向き、再び歩き出す。


 ただ、黙って歩き出す俺ではない。いろいろ教えてもらわないとこの先いが舞っているかもしれない。だから、俺は女性の腕をつかみ質問する。


「個人って……あのな、生命に関わることなんだ。教えてもらわないと困る」


「……っ!」


 俺は質問した。と、同時に固め技を華麗に決められ、その場で膝をつく。


「まさか……CQCか!」


「違うわ。ただの固め技よ」


 違うのかよ。間違えた自分が恥かしい……それどころではない。いったい何を考えているんだ俺は!というか、ますます彼女は何者なんだ。


「君は一体……」


「それについてはまだ話せない」


「じゃあ、とりあえずこの状態を解いてもらおうか?」


「二度と私に触れないことと、私と一緒に眠れる大地を目指すことを誓うのなら解いてあげる」


「そんなことで解いてくれるのなら誓うぜ」


 俺がそう言った途端、技を解いてくれた。なぜこういう所は素直なのに、いざ情報となるとすぐに解いてくれないのかが不思議だ。彼女のことがますます不思議になってくる。


「とりあえずついてきて」


 彼女は体勢を立て直そうとしている俺にそう言った。まだ、解かれた瞬間に入って来た砂が口の中に若干あるが、俺も彼女に語りかける。


「ついてきてと言うからには、行く場所があるんだよな?」


「眠れる大地」


「そう言う事じゃなくてだな……。俺が言いたいのは野宿をする場所があるかと聞いているんだ」


「……」


「ないのかよ……。とりあえずだ。砂漠の夜は危険だから、ここで野宿をとるぞ」


「わかったわ」


 俺がそう言うと、彼女も許可を出してくれた。とりあえず、認めてくれたのだろう。


 その後は鞄に入っていたテントを出し、就寝の準備をした。


 準備が終わった後は、薪たきぎを燃やしその周りに集まって話をしていた。


「やっと、らっくりすることができるぜ。そうそう、もう一回紹介しておくぜ。俺はフリード・ビンジャー。フリードって呼んでくれて構わない」


「そう、ならフリード。私のこともマリノと呼んで」


 彼女は無表情でそう言った。彼女と出会ってから一日は立っていないが未だに表情を崩さない。安定の無表情だ。


「よろしくな、マリノ。ところでマリノ、お前は化け物のことをどれぐらい知っているんだ?」


「たくさん知っている」


「じゃあ教えてく――」


「ただまだ言えない」


「なんでだよ! 敵のことを教えてくれてもいいじゃないか!」


 彼女は変わらない、情報の事だけは全く語らない。


「あなたがその敵と出会ってからじゃないと教えられない」


「ま、まあそうだよな……どういう奴かわからないしな。じゃあさ、紙に書いてくれよ。これならいいだろ?」


「いいわ」


 紙で教えるというのはいいらしい。もしかしたら、彼女は数時間だけだが、俺を気遣ってくれていたのだろう。


「できたわ」


「おう、ありがとな」


 俺は彼女からもらった紙を見た。そして驚愕する。絵の下手さに。


「なんじゃこりゃあぁぁぁ!」


「なにかおかしい?」


「いや、絵が……絵がなんというか、下手すぎる……」


 そこに書かれていたのは丸だ。その丸の中に沢山の丸がぐちゃぐちゃと書かれていて、その円の周りには手なのか足なのか指なのかとにかくわからない物が書かれていた。あの化け物はこんな姿か?確かにあいつらは姿がぐにゃぐにゃしているが、原型はある。が、これはあいつらの原型を全く留めていない。学校の評価は一よりも下の0になるのではという位、下手だ。


「書けと言われたから」


「書けとはいったが……まあ書いてくれたからいいや。ありがとな……」


 この絵からなにを感じればいいのか。こんな奴がいるとも思えない。とりあえず、実戦するまで詳細は分からない。


「なあ、とりあえずこの絵を描いたついでに説明してくれないか?」


「……」


「聞いているのか?」


「……」


「寝てるのか……」


 俺はもう彼女の事と明日の事を考え、寝ることにした。寝る前に彼女をテントまで抱き運び、毛布を掛けてやった。俺はもちろん、外で焚き火に当たりながら寝た。




「……」


 私は今のこの状況が分かっていない。なぜテントで寝ているのかわからない。フリードは一体どこにいるのだろうか。今は何時なのだろうか。


 私は体を起こし、テントから出た。


 そしてフリードはいた。ほとんど火が消えかかっている薪たきぎの前で座りながら寝ていた。寒くないのだろうか。というか、なぜこんな所で寝ているのだろうか。私は考えた。考えて考えて考え込んだ。


 その結果、私は結果にたどり着いた。この男は私をテントまで運び寝かせてくれたのだと。そして自分は寒い砂漠の外で寝ていたのだ。


 そう考えてしまった途端、私の体温が一瞬四〇度まで上がった気がした。


「……風邪引くから」


 私は照れくさそうにしながらテントから毛布を持ってきて、フリードに掛けてあげた。本来掛ける気は全くなかったのだけれども、仮だけしか作っていない自分に流石に自分でも苛立ちを感じていたので、そのついで。あくまで、そのついで。


「…………」


 私はテントに戻ろうとした。が、その時だった。


「………マリノ……守ってやっから…………」


「……っ!」


 私はフリードの声に驚き、フリードの方を向いた。ただ、フリードは寝ていた。


「寝言?」


 寝言とわかり、安心してテントに戻ろうとした。が、さっきの言葉が頭から離れず、結局フリードの隣に座り、そのままよっかかるようにに再び眠りについた。


 だが、まだこの時はわからなかった。別れが刻一刻と近付いてきていることに。

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世界で一つの色 ぱれす @5040palace

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