クリスマス・リーマンストレス・バスタード
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クリスマス・リーマンストレス・バスタード
「ノネさん、お世話になりました」
「え」
全く聞いていなかった。
タナくんが辞めるなんて。
まだ、35歳なのに。これからどうするんだろう。
そして、夏から師走の今日までで5人目だ。
・・・・・・・・・・・・・・
「ノネさん、事務課からタナさんが抜けたんで営業課から1人移すよう専務から言われてるんだけど。大丈夫かな?」
「大丈夫、とは言えません。営業課も課員全員ぎりぎりの状態で業務をこなしてます。でも、やむを得ない、とは割り切ってます」
「すまない」
「部長が謝ることはないですよ。これも巡り合わせです」
そう、巡り合わせ、っていう言葉がわたしには一番しっくりくる。
配偶者の実家に入ることになって東京から転職してきたのも巡り合わせ。
中小の本社から更に零細の子会社に出向になったのも巡り合わせ。
そして、たった50人しかいない本社でバタバタと人が辞め、子会社から女であるわたしを本社に呼び戻し、女性初の管理職にせざるを得なかったのも巡り合わせ。
課長になったのに給料が下がったのも巡り合わせ。
・・・・・・・・・・・・・
「・・・こういう状態ですから、申し訳ないですがミタさんが事務課に異動になります。年度途中で計画達成も厳しい状況の中、みなさんには更に負担をかけますが、どうか協力してください」
「僕は嫌です」
「ミタさん・・・」
「営業課は営業もやってその後の伝票起票から請求・回収まで全部やってるじゃないですか。むしろ事務課を営業課に吸収すべきです」
「ミタさん、お客様の与信管理や契約書の整備はデイリーな業務と兼ねてやるわけにはいかないんですよ。とても緻密で神経を使う作業ですから。営業の実務も熟知したミタさんが適任という経営側の判断です」
「でも、ノネさん」
「ミタさん、ノネさんの立場も分かってあげろよ」
「エンドーさん」
「板挟みなんだよ。ましてやウチの今期決算は間違いなく赤字だ。知ってるだろ? 俺らの残業削減のためにノネさんがお客に頭下げて作成資料の簡略化をすすめてくれたのは」
「・・・はい」
「わがまま、言うなよ」
「分かりました」
これだけの重大なことをたった5分の会議で終わらせた。時間が、ないのだ。
わたしは5人の課員に深々と頭を下げて会議を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「エンドーくん、ありがとね」
「いいえ、課長こそ」
「課長なんて、やめてよ」
「はは。そうですね。ノネさんはノネさんですもんね」
「さん付け・敬語でもなくて喋れるのってもうエンドーくんだけになっちゃった」
「そうですね。ノネさんの同期は全員いなくなりましたもんね。俺の同期もセラだけですよ」
「はあ・・・わたしは転職組だから入社当初は同期以外年下も全員先輩で、分け隔てなくさん付け・敬語は慣れてるけど。エンドーくんはやりにくいでしょ」
「まあ、俺も慣れましたよ。最初はつい癖で『お前』なんて呼んでたけど、『あなたにお前呼ばわりされるいわれはありません』って新人から言われたりしましたからね」
営業車の運転席でエンドーくんはタバコに火つける。
「っと。ノネさん、吸ってもいいですか?」
「ふふ、言うのが遅いわ。ええ。問題なしよ」
寒空ではあるけれどもエンドーくんはウインドウを少し開けて涼やかな冬の寒風を車内に流し込んでくれた。
「ああ。混んでると思ったら今日金曜ですもんね。しかも、週末クリスマスでしたっけ」
「でしたっけ、って。エンドーくん、彼女とは?」
「お、セクハラですよ」
「あ、ごめん」
「嘘です嘘です。一応親水公園のフレンチを予約しました」
「わ。リッチ」
「いいえ。残念ながら彼女とワリカンです。うちの給料じゃきついんで」
「まあ・・・そうよね・・・」
「ノネさんは? ダンナさんとどこか行かないんですか?」
「実家の親の介護」
「ああ・・・ノネさんとこはお舅・お姑さんだけじゃなかったですもんね。正月お兄さんご夫婦は?」
「帰って来ないわ」
「まあ、そういう世の中ですもんね」
「若いのに達観してるわね」
「ノネさんこそ」
・・・・・・・・・・・・・・・
夕方会社に戻り、課員全員帰った後、年末のスケジュールと段取りを最終確認した。
長い長い売り上げ落ち込みのスパイラルを来年こそは脱したい。
・・・・と、仕事の面ではそう思ってはいるけれども自分の私生活も含めて『そういう世の中だ』とさっきのエンドーくんの言葉を反芻する。
テナント事務所を施錠して守衛さんに鍵を渡すと、
「ノネさん、よいクリスマスを!」
と柄にもないことを言われて、ふふっ、とちょっとほっこりした。
「はあ・・・あれ? 電車行っちゃった?」
地方ではよくあることだ。わたしは第三セクターの通勤電車の時間を読み違えていた。1時間に一本しかない電車を逃してしまったのだ。
「しょうがない・・・コンビニでも行こう」
駅ビル一階のコンビニに入ってグレープフルーツフレーバーの炭酸水を買った。そのままイートインに腰を下ろしてスマホで『電車ミッシング。ごめん』とラインを送った。『あほ。寂しい』とすぐに返信があり、ぷっ、と軽く吹き出した。
店内を見渡すと、サンタの帽子を被った年配の店員さんたちが、
「ケーキまだありますよー」
とお客に声をかけている。
店員さんたちをよく見るとわたしの両親とどっこいどっこいの年齢に見える。
今時はスーパーでパートじゃなくてコンビニでパートが当たり前になってる。わたしも定年後の行く方を考えておかないと。
あ、前言撤回。
定年まで会社が存続してたら、の話。
「お客様、もしよろしければお一ついかがですか?」
「あ、すみません」
すっ、と差し出されたのはクリスマスツリーが描かれた小皿に乗ったデザートアイス。
試食なんだろうと思い顔を上げると、妙な違和感があった。
「あの・・・」
サンタの帽子を被った、きれいな女の子。
週末クリスマスぼっちの学生バイト? と思ったけれども、視線を少し下に下ろすとやっぱり変だと再認識した。
帽子だけでなく、全身サンタの衣装。
下は赤のスカートで暖かそうなグレーのタイツを履き、靴は赤いスニーカー。
こんなフル装備のサンタコスプレをわざわざローカルコンビニの店員さんがするだろうか?
「どうぞ」
にっこり笑ってその子はわたしにすぐに食べるようにという感じで促す。
可愛らしい金色のスプーンを、すっ、とアイスに突き立てる。チョココーティングが割れるパリッという音の耳触りがいい。
スプーンの下に左手を添えつつ口に入れる。
「おいしい」
「ほんとですか? 嬉しいです」
お世辞でもなく、そのデザートアイスはびっくりするぐらいに上品な味だった。言っちゃあなんだけれども、
「とてもコンビニの味じゃないわ」
言ってしまってから失礼だったかなと思ったけれども彼女は更にニコニコ顔になった。
「これは特別なんです」
「特別?」
「はい。わたしからあなたへのクリスマスプレゼントです」
「はあ・・・」
そのままその子は席を離れ、菓子パンの陳列棚の向こうへと歩いて行った。
今時はコンビニでもこんな演出をするんだな、と軽い疑問は持ちながらもあまりの美味しさに夢中になってしまった。
「これ、買えるのかな?」
電車の時間にはまだ早いけれども、今食べたばかりのアイスがもうわたしの中のお気に入りに追加されてしまった。
レジの年配女性店員さんに皿を返しがてら尋ねる。
「あの、このアイスってどれですか?」
問いかけると店員さんは怪訝にわたしを見返す。
「あの、お客様、このお皿は?」
「え。さっきサービスで店員さんが出してくださったんですけど」
「え? 店員がですか?」
「はい」
首をかしげながら彼女はストーレージの奥の男性店員さんに声をかける。
「はい。お客様、いかがされました?」
年配の男性店員さんが代わってわたしに応対する。
「あの。さっきサービスで出してくださったデザートアイスがとても美味しかったので。買って帰りたいんですけど」
「え・・・いや、そんなはずは」
「サンタの衣装を着た若い女の子でしたよ」
「うちはシニア店員しか雇用してないので学生のアルバイトなんかはいないんですが。それに、飲食店営業の許可もとっていない店なのでパックされた商品以外のものをお出しすることは基本ないんですけど」
「え、そうなんですか」
「ねえ、タシロさん、警察に届けた方が良くない?」
「うーん。お客様、その女の子はどんな感じの子でした?」
なんだかヘンなことになってきた。警察に届けるなんて言ってるし。
ちょっと怖い。
怖いけれども電車の時間もあるし、面倒なことはしたくない。
「いえ、いいです。わたしの勘違いでした」
「勘違いって・・・でもこの皿」
「失礼します」
そう言って振り返らずにコンビニを出て駅の改札に向かった。
まだ30分もあったけれども、とりあえずホームに出た。
「なんなんだろ一体」
わたしはミステリ作家になったつもりでタネを考える。
実はさっきの子は反社の関係者で無差別に中毒者を作るためにわたしのアイスに覚醒剤を仕込んで出した?
却下。
わたしは電車のホームに立ってても別にふらふらと飛び込んだりといった異常行動には出ていない。
街の売れない洋菓子屋さんがコンビニ無許可で紛れ込んで新作デザートのプロモーションをしてた?
却下。
自分の店の名前も出さずに去っていったのだからなんのメリットもない。
じゃあ。
実はあの子は本当に本物のサンタで、くたびれ果てたリーマンレディーであるわたしをそっと癒しに来てくれた?
うーん。
気がつくとこんなことを考えながら30分も経ってたようだ。電車がホームに入ってきた。
人口が多いんじゃなくて電車の本数が少ないという理由で相変わらず車内は満員だ。
嫌になって思考もそこでストップしてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「ノネさん、おはようございます」
「あ、エンドーくん、おはよう」
クリスマスイブが開けて月曜の朝。
駅でエンドーくんと一緒になって会社への道を並んで歩く。
「ノネさん、イブはどうでした?」
「またあ。実家の家事と年末の買い出しと掃除やって終わり。ケーキじゃなくて大学いも作って。それより、デートは?」
「いやー。良かったですよ。流石に東京からわざわざ呼んできたシェフですね。ワリカンなのに彼女も感動しちゃって」
「へー。よかったね」
「ほら、インスタもバッチリ」
まあ見たくもない彼女とのノロけインスタを歩きスマホで見せてくれた。
ふーん、と興味なく料理やシェフと一緒にとった写真を見ていたけれども。
「あれ? これって?」
既視感があった。
わたしはエンドーくんに催促する。
「ねえ。これ、大きくして」
「え。これですか?」
2人して通勤途中のリーマン道路で立ち止まる。エンドーくんがすすっと画像を拡大する。
「あ、やっぱり」
「え? 何がやっぱりなんですか?」
間違いない。
わたしがコンビニで出されたデザートアイスだ。
わたしが食べたのは写真よりももっと少量だったけれども、このセンスのいい具材の配置は忘れようがない。
「いやー。このアイスうまかったですよ。シェフが作ったんじゃないんですけどね」
「え。そうなの?」
「ほら、この写真」
そう言ってエンドーくんがスクロールする。
「あ!」
「あれ? ノネさんもそういう反応ですか? 彼女とおんなじだ」
コックの制服を来た女の子の写真。
あの子だった。
「かわいい子しょう。女性から見てもやっぱり美人なんですね。オーナーの娘さんだそうですよ」
「オーナーの・・・」
「ええ。ほら、
「あ、そうなんだ・・・なるほどね」
「ノネさん、リアクションなんか変ですよ? で、試作ですけどサービスですので宜しかったらどうぞ、ってこの子自ら運んで来てくれて」
わたしはかなり事実に近いであろう仮説を再度立てる。
この女の子は、自らのパティシエとしての道を切り拓くためにあちこちの飲食店やらイートインにゲリラ・プロモーションをかけてる。彼女の美貌も武器にして、コスプレさえも辞さずに。
「エンドーくん、この店予約ってかなり難しいかな?」
「さあ。さすがにクリスマス終わりましたからなんとかなるんじゃないですか」
「よし!」
出社時刻も忘れてわたしはスマホでレストランの予約画面を探していた。
仮説の検証をせねばなるまい。
いや、それ以上にあのデザートの禁断症状がすでにわたしを見舞っている。
ダンナを引きずってでも食べに行こう。
でも、ちょっと気にかかるのは、ダンナがあの子を見て目を奪われちゃうんじゃないかな、ということだ。
まあ、お互い、そんな歳でもないか。
おしまい
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