第4話
「山の向こうには、村はないがのう。誰ぞの家に孫が来とったかいな?」
心配した祖父母にさっきの事を話したが、律や他の子どもたちの事を祖父母は知らないようだった。
集落が草原になっていたという話も、この辺にはそんな広い原っぱはないという。
「そういえば、300年位前にご先祖様がこの村に来たときは、ここは一面草に覆われた広い野原で、住みやすそうな場所だったっちゅうことじゃ。今は家も建っておるし、この辺にはそんな開けた場所はないのう」
祖父が目を細めて語る昔話をぼんやりと聞きながしながら、明莉は腕の中の子猫の温かさを感じていた。
ばあちゃんにおやつを出してもらった。甘い羊羹だ。
気持ちが少し落ち着いてくると、急にさっき置いてきた律たちが気になった。駆け出した明莉が帰ってこないので、また心配しているかもしれない。
「やっぱりもう一回神社に行って、律くんたちに言ってくる。私、山の中には危ないから入らないって」
「それがいいじゃろう。気をつけて行くんだよ。御神木の周りをぐるぐる回ったらいかんよ」
いつもの掛け声を背に受けながら、明莉は子猫を胸に抱いて神社へと走った。
小さな石橋を駆け抜け、階段を上る。
「ごじゅうなな、ごじゅうはち、ごじゅうきゅう……あれ、やっぱり五十九だ」
階段は五十九段。いつも通りだ。鳥居をくぐって社の前に立つ。そこには昼間明莉が食べた弁当の入れ物と水筒が転がっていた。
そして律たちはいない。
御神木の横に立って、木々を透かして山を見上げるが、そこにはもう誰の姿もなかった。
「律くん、りーつーくーん」
声を張り上げて叫ぶが、木霊すら木々に吸い込まれてしまうのか、すぐに音は消え、静かになった。
「んみゃ、みゃー」
腕の中で子猫が鳴くから、もう帰ろう。
最後にもう一度だけ。
「律くーん、そしてみんなー、今日は遊んでくれて、ありがとうー」
今度は山の奥の方で、小さく歌が聞こえた気がした。
―― かーごめかごめ かーごのなーかのとりはー いついつでやる
御神木のまわり ぐーるーぐーるーまわるー 後ろの正面だーれだ ――
その時の子猫はいま、街にある明莉の家の中にいる。
すっかり大きくなって重くなったが、今でも明莉の胸に飛び込んでは、ふかふかの毛皮を擦りつける
「重い、重いよ、リツ」
「にゃあああ」
猫の名前は、リツ。
あの時遊んでくれた律くんはいったい何者だったのだろう。あの時山に付いて行ったら、どうなっていたのだろう。
猫の背を撫でながら、明莉は何度となく思い返す。
けれど思い出はすでに遠く、歌声はもう聞こえない。
もう聞こえない。
―― 後ろの正面だーれだ ――
御神木 安佐ゆう @you345
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