第3話

「ばあちゃーん」


 大きな声で明莉が叫ぶ。その声は吸い込まれるように草原の向こうに消えてしまった。


「じいちゃーん、どこにいるのー。ばあちゃーん、どーこー」


 だんだん泣き声になりながら、草原に駆けだす明莉。しかしひざ丈くらいの草に覆われた草原の向こうは、木々に覆われた林になっていて、家など一軒も見えない。

 振り返れば、橋と神社に上る階段はまだそこにあった。明莉は泣きながら、とにかく知っている場所である神社に戻ろうと思った。


 もう一度橋を渡って振り返る。村があったはずの場所は、やはり何度見てもただの草原に変わっている。

 泣きながら階段を上る明莉。


「いち、に、さーん……ぐすん」


 力なくとぼとぼと上がる階段は、いつもよりずっと高く、てっぺんが遠くに見えたが、数えてみたらまた六十段だった。階段を上りきると、心配そうに明莉を見る律たちの姿が目の前にあった。


「律……く……ん。ふぇーーーん」

「どうしたの?明莉ちゃん、追いかけてこないから、みんな心配したんだよ」

「だってばあちゃんが、山に入ったらダメだって、ダメだって言ったから……ばあちゃん……どこにいったのかなあ」

「うーん、困ったな」


 社の前でへたり込んだ明莉を、みんな困り顔で取り囲んで慰める。

 そのまま暫く泣いていた明莉だが、だんだん疲れてしまって、やがて涙も出なくなった。


「じゃあ、明莉ちゃん、お家が見つからなくなったの?」

「うん。ばあちゃんちがこの階段の下の村だったのに、無くなってるの」

「そっか。……ねえ、もしよかったら、一度ぼくの家にこない?」

「そうだよ」

「それがいいね」

「そうだね」


 周りの子も口々に言う。みんなの家はきっと山の向こうだけれど、行っては駄目だというばあちゃんは、家ごと、村ごと消えてしまった。

 みんなに付いて行こう。そこからばあちゃんに電話して、迎えに来てもらおう。

 ようやく立ち上がった明莉に、心配そうに見ていたみんなはほっと息をついて笑いかけてきた。


「さあ、行こうか。道が歩きにくいから、木の根に引っかかってこけないように気を付けてね」


 律が優しく明莉の手を引いて、前を歩く。そしてそのまま御神木のそばを通り過ぎようとしたときだ。


「みゃっ、みゃあ」


 御神木の根元に、子猫がいた。


「あ、にゃーさん、にゃーさんも一緒に行こう」


 明莉は律の手を放し、子猫を追いかけ始めた。


「あ、明莉ちゃん、走ったら危ないって。子猫はまた後で連れに来よう」

「うーん、でもにゃーさんも一人でここにいたら寂しいと思うの」


 律が慌てて呼び止めるが、明莉は小猫を追って走る。ぐるぐる、ぐるぐると御神木の周りを。


「にゃーさん、待って、にゃーさん」


 子猫にまで置いて行かれる……そんなことを思うと、明莉は御神木の周りを逃げ回る子猫を追わずにはいられなかった。思ったより素早く、明莉の手から逃れて走る子猫。

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 反時計回りに御神木の周りを駆け回っていた子猫は、ついに御神木から離れて鳥居の方に向かった。


「待ってー」

「んみゃー」


 鳥居の向こうの石段を転がるように駆け降りる子猫。

 それを追いかける明莉。

 いつも数えて上る石段が何段か、分からないくらい急いで駆け下りた。

 下まで来ると、子猫は橋のたもとで座って待っていた。明莉は今度はあっさりと捕まえる事ができた。


「もう、にゃーさん。私を置いて逃げないで!」

「みゃう、みゃう」


 痩せているがふかふかの子猫の毛を撫でて、ふと顔を上げる。

 橋の向こうに祖母の家のある集落が見えた。

 ぶわっと明莉の目から涙があふれだし、そのまま子猫を抱えて、祖母の家に向かって走り出した。


「ばあちゃーん、じいちゃーん」


 家の中から祖父がびっくりして出てきた。


「どうしたんじゃ、明莉。そんなに泣いて」

「じいちゃん、じいちゃん……」


 祖母も出てきて、泣き続ける明莉の髪を優しく撫でてくれた。

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