第2話
―― もーいーかい。まーだだよー ――
御神木の前で顔を伏せて数を数えていた女の子が、何度かのやり取りの後顔を上げて辺りを見渡した。
小さな神社のどこにそんなに隠れる場所があるのか、数人いた子どもたちはみんな消えている。
明莉もまた、律に手を引かれて社の裏側にまわってきていた。社の裏側には背の低い木々が集まっている藪があって、そこにちょうど子供が二人もぐり込めそうな隙間が空いていた。
「ここだよ、見つかりにくいんだ」
「うん、ありがとう、律くん」
明莉がにっこり笑って礼を言うと、律は恥ずかしそうに、へへへっと笑った。
辺りを何度も、鬼になった子どもが歩いている。カサカサと落ち葉を踏む足音が遠ざかってはまた近付いた。
「しーっ」
「しーっ」
「みゃーっ」
「あ、みーつけた!」
子猫の鳴き声で、鬼になった女の子に見つかってしまった。
二人は服や頭にいっぱい小さな葉をつけながら藪から這い出して、お互いの顔を見てはまた笑った。
「じゃあ次は鬼ごっこしようか!」
「うん!」
「んみゃー」
明莉の腕の中で、子猫はずっといい子にしている。その後かくれんぼだ、鬼ごっこだと散々走り回って、太陽が頭の真上に来る頃にはすっかりへとへとになってしまった。
「お腹空いた。律くんたちはお昼ご飯持ってきた?」
「……いや。食べてくるから、お昼からもまたここで遊ぼう」
「後で遊ぼう」
「一緒に遊ぼう」
みんなが口々に遊ぼうというので、明莉も嬉しくなって大きくうなずいた。
手を振って別れると、みんなは山の方に向かっていった。
「あっちにも村があるのかな?」
「んみゃ」
「ま、いっか。ご飯食べよー」
明莉が祖母の作った弁当を広げて食べ始めると、子猫もまた、残っていたちくわに噛り付いた。
食べ終わって、水筒のお茶をごくごくと飲む。
「ぷはあっ」
「ふふっ」
明莉が大きく息をつくと、御神木の影から律たちが笑いながら現れた。
「明莉ちゃんは本当に美味しそうにお茶飲むんだね!」
「うん。喉乾いたもの。律くんも飲む?」
「いや、僕たちはさっきお茶も飲んできたから、大丈夫だよ。それよりさあ、遊ぼう!」
律が明莉の手を引いて、御神木の方に歩いていった。
「かごめかごめをしよう」
「いいよ」
明莉が答えると、そばにいた女の子が明莉のもう一方の手を握った。抱いていた子猫が慌てて逃げ出す。
「あ、にゃーさん」
「うみゃあ」
子猫は少し離れたところで、のんびり毛繕いを始めたので、明莉はほっとしてまたみんなの方を向いた。
いつの間にか子どもたちは全員手を繋いで、御神木の周りを取り囲んでいる。
「あれ?かごめかごめって、真ん中で誰かが座って目をつぶるんじゃないの?」
「いや、ここでは御神木の周りを回るんだよ」
律がそう言って、みんなが時計回りにぐるぐると歩き始めた。
―― かーごめかごめ かーごのなーかのとりはー いついつでやる
御神木のまわり ぐーるーぐーるーまわるー 後ろの正面だーれだ ――
「変な歌。違うよ?」
「そうかな?ここだとこんな歌だよ。ほら、後ろの正面は明莉ちゃんだね」
そう言って律がぱっと手を離した。
反対の手を持っていた女の子も手を放して、みんながわーっと声を上げて山の方へと逃げていく。
律は後ろの正面で、鬼ごっこの鬼になったのだろう。
追いかけてみんなを捕まえたい。だが、山の中に入ってはいけないと、祖母に何度も言い聞かせられている。
けれどきっと、あの先にはもう一つ別の村があって、みんなそこの子どもなのだ。どうしても一緒に遊びたかった明莉は、一度家に帰って祖母に許可を貰おうと思った。
足元を見るが、さっきまで居た子猫がいない。にゃーさん、にゃーさんと呼び掛けてみるも、返事はない。仕方なく、祖母からもう一度ちくわを貰えばいいかと呟いて、家に帰るために神社の石段を駆け下りていった。
「いち、に、さん、し……」
階段を数えながらトントンとリズミカルに降りていく明莉。
「ごじゅうはち、ごじゅうく、ろくじゅう……あれ?どこかで数え間違ったかな?」
五十九段しかないはずの階段を六十まで数えてしまって、明莉はやれやれと、頭を掻いた。階段を降りるとすぐ先に橋がある。石で出来た小さな橋だ。その向こうが祖父母の家がある小さな集落……のはずなのだが。
明莉の目の前には、何もない草原が広がっていた。
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