御神木
安佐ゆう
第1話
「ばあちゃーん、うち、神社に遊びに行くけんねー」
静かな山間の村に、元気な女の子の声が響く。
「気を付けていくんじゃよ。御神木の周りをぐるぐる回ったらいかんよ」
「分かってるー」
御神木とは、神社とその向こうの山の境目に生えている、大きな銀杏の木の事だ。明莉がどんなに頑張って手を伸ばして抱きついても、その幹の半分までにも届かない。祖母はいつも、御神木の周りをまわってはいけないという。
祖母に弁当と水筒を貰って、きょうは朝から神社の周りで遊ぶ予定だ。弁当の他に、ちくわを一本貰って、明莉は祖父母の家を飛び出した。
家がほんの十軒ほどしかない小さな村は、身を寄せ合うように一か所にまとまっている。そしてその集落の外には一本の川が流れている。
「にゃーさん、にゃーさん」
神社はその川の向こうにあるのだが、明莉は昨日、橋のたもとで怪我をした子猫を見つけた。傷は小さく、川で綺麗に洗い流してハンカチで拭いてあげれば、弱っていた子猫も少し元気になったように見えたので、そのまま近くの藪のそばに置いて帰ったのだ。
今朝になって祖母に相談したら、連れて帰っていいよといわれたので、こうしてちくわを持って探しに来ている。
「にゃーさん、どこにいるのー」
「みぃ」
藪の中からそっと顔を出す子猫。明莉は持ってきたちくわを子猫の前に差し出した。
子猫は小さいと言ってももう乳離れはしているらしく、「うにゃっ、うにゃっ」と声を出しながら、ちくわに噛り付いていた。
「にゃーさんも、ばあちゃんちに一緒にくる?」
「んみゃ」
まだちくわに噛り付いている猫をそっと抱きかかえてみた。猫は嫌がらなかったので、明莉は嬉しくなって今日は一緒に遊ぼうと、そのまま橋を渡って神社へ向かった。
古びて崩れかけた石組の階段を59段上り石でできた鳥居をくぐると、小さな神社のお社がある。その前は広場になっていて、社の左奥には大きな銀杏の木がある。これが御神木だ。
「大きな木よねえ。ね、にゃーさん」
「んみゃ」
木の根元にはどこから飛んできたのか、綺麗な緑色のモミジの葉が数枚散っていた。明莉は喜んでそれを拾って歩いた。
気が付けば、御神木のまわりを二回、三回とぐるぐる回りながら。
ふと、遠くから子どもの声が聞こえてきた。
―― かーごめかごめ、かーごのなーかのとーりーはー ――
明莉が顔を上げた。歌は山の方から聞こえてくる。そして徐々に近づいてきて、御神木の向こうから数人の子どもがひょいっと顔をのぞかせた。
「あー、女の子だ!こんにちは!」
明莉と同じ歳くらいに見える男の子が、喋りかけてきた。明莉は、こんな山の村にも子どもたちがいたのね、とびっくりしたが、ああ、自分と同じように街から遊びに来たのかとすぐに納得した。
「ねえねえ、君、何ていう名前?ぼく、
「えっと、明莉です。四年生です」
「へえ、四年生なんだ。ねえ、あっちの山で一緒に遊ばない?」
「ううん、ばあちゃんに山に入ったらダメだって言われてるから」
「そっかー、面白いのに。じゃあ、この神社で一緒に遊ぼうよ!」
それは願ってもない申し出だ。明莉だって一人で遊ぶよりお友達と遊びたい。この異界のように現実味のない冒険の庭で。
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