御神木

安佐ゆう

第1話 

「ばあちゃーん、うち、神社に遊びに行くけんねー」

 静かな山間の村に、元気な女の子の声が響く。明莉あかりは小学四年生だ。小学生になってから毎年、五月の連休は母の実家であるこの山村に一人で泊まりに来るようになった。祖父も祖母も孫の明莉には優しくて宿題をしろと怒ることもない。山の中は大人には不便なのかもしれないが、街育ちの明莉には珍しいものの宝庫で、毎年ここに泊まりに来るのが大好きだった。


「気を付けていくんじゃよ。御神木の周りをぐるぐる回ったらいかんよ」

「分かってるー」


 御神木とは、神社とその向こうの山の境目に生えている、大きな銀杏の木の事だ。明莉がどんなに頑張って手を伸ばして抱きついても、その幹の半分までにも届かない。祖母はいつも、御神木の周りをまわってはいけないという。

 えにしの糸が絡まるからのう。お山に取り込まれて、家に帰ってこれんようになるぞ。そう言っては、毎年明莉を怖がらせるのだ。しかし明莉ももう四年生。山で迷子にならないようにとわざと怖い話をしているくらいの事は分かる歳だ。そして明莉にとっては、あえて迷子になりそうな山に入り込まなくても、十分神社の周りだけでも探検のし甲斐がある村なのだった。


 祖母に弁当と水筒を貰って、きょうは朝から神社の周りで遊ぶ予定だ。弁当の他に、ちくわを一本貰って、明莉は祖父母の家を飛び出した。

 家がほんの十軒ほどしかない小さな村は、身を寄せ合うように一か所にまとまっている。そしてその集落の外には一本の川が流れている。


「にゃーさん、にゃーさん」


 神社はその川の向こうにあるのだが、明莉は昨日、橋のたもとで怪我をした子猫を見つけた。傷は小さく、川で綺麗に洗い流してハンカチで拭いてあげれば、弱っていた子猫も少し元気になったように見えたので、そのまま近くの藪のそばに置いて帰ったのだ。

 今朝になって祖母に相談したら、連れて帰っていいよといわれたので、こうしてちくわを持って探しに来ている。


「にゃーさん、どこにいるのー」

「みぃ」


 藪の中からそっと顔を出す子猫。明莉は持ってきたちくわを子猫の前に差し出した。

 子猫は小さいと言ってももう乳離れはしているらしく、「うにゃっ、うにゃっ」と声を出しながら、ちくわに噛り付いていた。


「にゃーさんも、ばあちゃんちに一緒にくる?」

「んみゃ」


 まだちくわに噛り付いている猫をそっと抱きかかえてみた。猫は嫌がらなかったので、明莉は嬉しくなって今日は一緒に遊ぼうと、そのまま橋を渡って神社へ向かった。


 古びて崩れかけた石組の階段を59段上り石でできた鳥居をくぐると、小さな神社のお社がある。その前は広場になっていて、社の左奥には大きな銀杏の木がある。これが御神木だ。


「大きな木よねえ。ね、にゃーさん」

「んみゃ」


 木の根元にはどこから飛んできたのか、綺麗な緑色のモミジの葉が数枚散っていた。明莉は喜んでそれを拾って歩いた。

 気が付けば、御神木のまわりを二回、三回とぐるぐる回りながら。


 ふと、遠くから子どもの声が聞こえてきた。


 ―― かーごめかごめ、かーごのなーかのとーりーはー ――


 明莉が顔を上げた。歌は山の方から聞こえてくる。そして徐々に近づいてきて、御神木の向こうから数人の子どもがひょいっと顔をのぞかせた。


「あー、女の子だ!こんにちは!」


 明莉と同じ歳くらいに見える男の子が、喋りかけてきた。明莉は、こんな山の村にも子どもたちがいたのね、とびっくりしたが、ああ、自分と同じように街から遊びに来たのかとすぐに納得した。


「ねえねえ、君、何ていう名前?ぼく、りつだよ」

「えっと、明莉です。四年生です」

「へえ、四年生なんだ。ねえ、あっちの山で一緒に遊ばない?」

「ううん、ばあちゃんに山に入ったらダメだって言われてるから」

「そっかー、面白いのに。じゃあ、この神社で一緒に遊ぼうよ!」


 それは願ってもない申し出だ。明莉だって一人で遊ぶよりお友達と遊びたい。この異界のように現実味のない冒険の庭で。


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