そして『weed×weed×weed』へ
彼のお墓はとても小さくて、よく見なければ気づくことは出来なかっただろう。
「ごめんね…芳樹君、遅くなっちゃって」
意外に手入れされていて雑草一つも生えていないのはきっと明と彼がたまに来てやっていてくれたそうだ。
私の現在のパートナー達は少し離れたところで様子を見てくれている。
明曰く「僕達は遠慮しておくよ」 そして彼曰く「久しぶりなんだゆっくり話しておきな」
初めてのときとは大分変わった印象と普段ならしない気遣いを見せてくれた彼に噴出してしまった。
それでも彼は少し赤い顔をしながらも「…好きに笑えよ、ったく」とだけしか言わなかった。
明も言葉ではフォローせず優しく彼の背中を叩く。
あれから何年たったかしら? すっかり私たちは大人になってしまった。
でも本質的には変わっていないところもある。
あの煙たい部屋でバカ騒ぎをしていたころのことを思い出せば気恥ずかしくなるけれど、私達にとってそれはとても大切な思い出なのだ。
「芳樹君…私と明は相変わらずだよ…お互い働いてるのに『ミドリ』から離れられてない。そう、それとあいつもすっかり一緒にいるよ」
離れていた間のことを話そうとも思うけれど、言葉はそれ以上でてこない。
代わりにでてくるのは……、
「うっ…グスッ…会いたい…よお…芳樹…くん」
私が今までここに来れなかったのは彼の死を認めたくないからだった。
当時、教員研修中だった私にその連絡が来たのは研修が終了してからだった。
明が謝りながらも気を使ってくれたことには感謝している。 もしかしたら今思えば最良の選択だったかもしれない。
そのくらいに当時の私は彼に夢中だったのだ。
その場に自分が居たらきっと耐えられなくなって命を絶っていたかもしれない。
あれから時もたち、気持ちも落ち着いたと思えてここに来たけれど、悲しみはいまだ私の胸の奥に燻っていたようで、涙があとからあとから出てくる。
けれど心のキズは未だ強く痛むけれど、私はすでに大人になってしまった。
いつまでも恋する女で居られるほど純粋ではいられないのだ。
私は教師に、明は商社づとめ、そして一番意外なことにあいつは会社員になってまっとうに働いている。
新しい人間関係も出来た。 関係性が変わってしまった人もいる。
だからここには別れを告げにきたのだ。
「芳樹君…ありがとう、大好きだったよ…時間かかったけど私、前に進むね」
涙は止まらなくて、悲しみはきえることはないでしょう。
それでもいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。 いやでもそうしていかなければ生きていけないのだから。
買ってきた花を添えて、一度祈った後に私は立ち上がる。
「でも…また来るからね」
いまだ消えない炎が諦め悪くその言葉を出してしまったが、それすらも仕方ないことだと思えるほどに私はズルイ大人になった。
「ひさしぶりに話できたかい?」
「ええ…。うん?なによこれ?」
あいつがハンカチを黙って差し出してくる。
「化粧、落ちるぞ」
ぶっきらぼうに言ったその一言が彼らしくて嬉しくなる。 だから私も、
「ありがとう…あんたに気を使われるのってなんだか変な気分ね」
同じように返す。
「…あいかわらず可愛くねえ女だな、そういえば初めて会った時からそうだったよ」
「あら、それを言ったらいきなり人を誘拐するような奴に言われたくないわよ」
「ぐっ…それは…あのときはすまなかった」
彼に対する無敵の返し。 これを言われると何も言い返せなくなることを私は知っていて、そしてそれが今では二人の間ではある種の良い思い出になっている。
「あの時は本当に大変だったんだよ~」
もう一人の当事者も苦笑しながら話しに参加する。
「本当…あの頃にはこんな関係になるなんて思わなかったわよね」
そう言って三人で笑う。 一人は笑顔、もう一人は苦笑、そして最後の一人は微妙な顔で。
「さて、せっかく三人とも休みなんだから久しぶりに僕の家に来るかい?」
「おっ!そうだな、先月刈りとった『ミドリ』もいい具合に乾燥してるだろうしな……どうする?洋子」
修二が妙に人懐っこい笑顔で返してくるので、
「そうね…久しぶりに『ミドリ』したいわ。まったりと昔を思い出しながら…ね」
私の全てだった恋人はもうこの世にはいない。
けれどそれが人生の全てじゃない。 二度としないと思っていても人を好きになることもあるだろうし、不健全な遊びをいつまでもやめられないことだってあるのだ。
そして生きている限り、私達の物語は続いていく。
帰り道、ふと空を見上げると、白い筋状の雲が三つ並んでいた。
それはまるで煙のようで、今日の夜に散々見るであろうそれに見えて私はあの頃のように笑ったのだった。
そして俺が彼女と別れないことを決めた理由 中田祐三 @syousetugaki123456
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