修二の後始末

 山間の間からうっすらと白い光が昇り始めていた。 


 タバコに火をつけて僅かに窓を開けると、薄紫の煙が車外へと流れ出すと同時にヒヤリとした空気が車内の温度を下げていく。


 一度吸い込むと、視線の下部で夕日のように赤い光が燃えるように輝いた。


 途端、ガタリと車が揺れたので火の粉が目の前に飛び散りズボンへと落ち、消えていく。


「チッ!」


 器用に舌打ちをしてフィルター部を歯で固定して再度吸おうとするが、ろくに手入れのされていないアスファルト上にはボコボコトした窪みがあちらこちらにあるので揺れはまるで地震のように断続的に続いてしまう。


「勿体ねえが…」


 諦めて、咥えていたタバコを灰皿に押し付けた後に窓から投げ捨てる。


 ただでさえ潰れた建設会社から裏ルートで手に入れたこのオンボロミキサー車の乗り心地は最悪で、ヘタったショックアブソーバーは路面からの衝撃をダイレクトに伝えてきやがるので腰に甚大なダメージがありやがる。


 それどころか路面からの突き上げで尻も痛くなってきやがった。


「痔にならねえよな?」


 不安で呟いた言葉に返事を返す人間は居ない。


 当然だ。 一人だからな。  


 普段ならボチボチ眠って夕方から起きだすのだが、機嫌が良いせいか眠くは無い。


 いやむしろ高揚しているといった方が正しいかもしれない。 


 それはここ数日で長年の間自分を悩ませてきた問題が解決したからなのだが、そのためにわざわざいくつものダミーを通してこのミキサー車を手に入れて、尻の痛みに耐えながら運転をしているのだから世の中ってのは甘くねえ。


「ああ早く片付けねえとな」


 仕事前に気合を入れる一言を入れ、助手席に置いた『必要な道具』に手を置く。


 多種多様な道具の一番上には濃緑色のマスクがあった。


 ある意味、これが無ければ始まらないから高い金を払って裏ルートから手に入れた品物だ。


 車は相変わらずギシギシという悲鳴を上げながら揺れている。 シートベルトをしっかり締めていなければ天井に頭をぶつけているくらいだ。


「ああ面倒臭え~」


 入れた気合も抜けてしまうような言葉が思わず漏れているが、やらなければならないことだからしょうがない。


 例えるなら女とやる前の食事やくだらねえご機嫌取りみてえなもんだ。


 そんなことを考えていたら目的地へとついた。

 

 その場所は何一つも変わっていなかった。 さび付いた看板と草の生えたコンクリートの壁。


 つい数日前にやってきた時と同じだ。 もっとも変わっていたら大変どころか破滅するところだったが……。


 廃工場の看板を横目にミキサー車を乗り入れる。 


 そして目的の場所の前に車を止め、締め切られた鉄扉の前に立つ。


 慎重に扉に近づいてクンクンと鼻から空気を吸うと瞬間、ツンと来る塩素臭が鼻を刺激した。 


「やっぱりまだ残ってるのか、用意しておいてよかったぜ」


 再度車に戻り、先程のマスクを取り出し説明書を読みながら準備を始める。


 それは顔全体を多う程にごつく、大きく口の辺りには網目状のフィルターがあり、そこの蓋を開けてカートリッジ状のフィルターをセットする。


 その後鉄扉の取っ手に手をかけ、直接、内側の空気を吸わないようにゆっくりと開いていく。


 それだけでは不十分なので、また車に戻り、用意しておいた工具を持ち出して反対側に回ると壁のもろい部分に工具を打ち立てて崩していく。


 それはかなりの重労働で、息は上がり、もう冬に近い季節だというのに汗が噴出してきた。


 しかし顔につけている保護具は外すわけにはいかない。 


 油断して外してしてまえば死んでしまうかもしれないからだ。


 その作業ににたっぷり数時間をかけ、その後休憩がてら一時間時間を潰してからこれまた用意しておいた検査器具を壁に開けられた穴の中に腕を突っ込んで数分絶ってから数値を確認する。


 そこまでしたところでやっと安全値まで下がったので、保護具を外して建物内に入った。


 当然だが内部は前に来た時と何一つ変わっていなかった。


 床には割れたビンの破片が散らばり血痕がチラホラあり、そして最奥の窪んだ床には懐かしき『モノ達』がいた。


 室内にはまだ漂白剤のような臭いが立ち込めていて、床にはそれを発する液体がこぼれた跡が広がっている。


 一通り見回って生物が居ないことを確認したあとに軍手をはめるとまずは入り口に転がっていた『モノ』を引きずって窪みに放り込む。


 次に周辺に散らばっている『モノ』をえっちらおっちら片付けていくころには太陽は天辺まで昇っていた。


「さて、これで終了か」


 室内に居た『モノ達』の中でもひときわ大きいそれの横に立つ。


 黒く洒落た『外装』は数十万する外国のブランド品で、日本人にはサイズがあわないことが多いが、自分にはちょうどいいと自慢していたことを思い出す。


 そんな高級服に身を包んだそれは念入りにかけられた薬品の影響で色がところどころ色が抜けていてまるで白い炎に燃やされているかのようだった。


「クソッ…重てぇ…筋肉つけすぎなんだよ」


 文句をぶつぶつ言いながらなんとか窪地まで持っていき、一番天辺までなんとか引きずっていたが、


「あっ!…クソっ!」


 その時に他の『モノ』に足を取られて転んでしまった。 その際にずり落ちてきたソレと目があう。


 見開いた瞳はパキパキになっていたときのように瞳孔が開いていて、それが自分を恨みがましく見ているように思える。


「ちっ、恨みたいのはこっちの方だぜ…あんたの無茶で散々苦労させられてきたからな…いつまでも付き合ってられねんだよ」


 かつての恨み言を口にし、外に出てミキサー車をバックで内部に入れていく。


 窓から慎重に距離をはかり、一度位置を確認する。


 窪地は中々に深いので全部入れても床面からはみ出ることも無い。


「あばよ…マブダチ」


 スイッチを入れ、ミキサー車の中に入っていたセメントを流しんでいく。


 灰色の液体は窪地を満たしていく。 中に入っているモノも飲み込んで。


 過去もかつての思いも埋めるように。


 やがて窪地は完全に埋められ床と同じ高さになった。


「ふわ~、眠い…帰るか」


 全て終了したとたんにあくびが出てきた。 

  

 車に乗り込み、その場を後にする。  


 あとはこの車を始末して、ほとぼりがさめるまで外国でも行くか?


 助手席の床面に置いてあるバッグのファスナーを開けるとギッシリと札束が詰まっていた。


 『色々』とやってきた仕事で集めた金だ。 全てかき集めてきた。


 もはや持ち主の無い金だ。 持ち主は使えなくなったことだし、金は天下の周り物というわけで全て頂くことにした。


「まっ…今までの苦労料と退職金ってことで許してくれや」


 誰に言うでもなく独り言を呟きながら山道を走り続ける。


 さて、どこに向かおうかな? 

 

 オランダ? 最近じゃシアトルも良いって聞くけど、どうしたもんかな?


 おっとその前にあのふざけたイカレ男の所にも一応挨拶していくか。


 本場の『ミドリ』をやる前に一度、あの眼鏡男の最高傑作というものを味わってから行くのも悪くねえ。


 空になったミキサー車は来たとき以上に道路のデコボコで撥ねていたが、それは自分自身の軽やかな気持ちを表しているようで心地よく思えたのだった。


  

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