羽田麻由の憂鬱②

「……というわけで協力してほしいんだけど」


 大学近くの喫茶店。 目の前に座る彼はその整った顔をニコリと崩して、


「いいとも…でもその前にお互いの目的を再確認しようじゃないか」


 白色のテーブルの上で手を組んだ和哉は講義をするように話を続ける。


「まず僕は白音さんが好きだ。そして君は真田君のことが好き…ここまでは異論ないね?」


「え、ええ…まあ」


 あらためて言われてしまうとドギマギしてしまう。 


「OK、そして僕と君は白音さん達が別れてくれるのを願っている。そしてその後に僕は白音さんと君は真田君と恋人同士になりたい」


「そ、そそうね…」


 なんだか話が具体的になってくるとますます動揺してきてしまった。 落ち着くために自身の前に立った紅茶を一口飲む。


「君、大丈夫?いまからそんなんじゃ先が思いやられるよ」


「しょ、しょうがないでしょう!」


 あれから数ヶ月立っていた。 友和とはその間、一度も連絡をとっていない。


 というより取れないでいた。 それは主に私がへたれてしまっていたからだ。


 決心したとはいえ、あの必死すぎる告白をしたことと、はっきり振られたことがネックになってしまい何度も電話をかけようとしても通話ボタンを押そうとしたところで『きょ、今日はやめておきましょう!』誰にともなく言って諦めてしまっていた。


 最初の一ヶ月くらいはそれの連続で、その後にはもしかしたら向こうから連絡が来るかもしれないという希望的観測で逃げていた。


 だが待てど暮らせど連絡は来ない。 


 とうとうこのままでは駄目だと思い、再度こちらから連絡しようと試みたが、今度はそれだけ時間があいてしまったことで、かえって勇気が湧いてこない。


 このままじゃ駄目! ああ!でもっ! と悶々としていたところにいまだ白音を諦め切れていない和哉から連絡が入り、藁にもすがる思いでこうして喫茶店で会っているのだ。


「君、変わったね…あの女王様然としてた羽田麻愉がね~」


「そ、それは周りが勝手にそう言っていただけで…」


 からかうような和哉の物言いに唇を尖らして抗議する。 自分でもまさかこんなに臆病になってしまっていることに驚いているのに。


「まあいいや…とりあえず作戦の第一段階は僕と君は恋人同士ということにしておこう」


「はっ?何でよ…」


 なんで好きな人がいるのに他の男と付き合わなければいけないのか?


「あくまで偽装だよ、偽装。考えても見てくれよ、自分の恋人のことを好きな人間が連絡してこられたらそんなの認められるはずがないでしょ?」


「そ、そりゃそうだけど…」


「それに僕は僕で同じように真田君から警戒されている。この状況ではそうした方がとりあえずは良いと思うんだ」


「…まあ、たしかに…ね」


「よし!それじゃ僕らは今日から恋人同士だ。大丈夫、僕は君の事まったくタイプじゃないから」


「…それは私も同じよ」


 なんだかまったくタイプではないと言われることにはいまいち釈然とはしないけれど、いまはその手が最良だと思われるので乗ることにした。


「次には白音さんと連絡を取って彼女の方から外堀を埋めていこう、真田君なら怪しむだろうが白音さんは純粋だからきっと快く応じてくれる」


 和哉はキラキラと瞳を輝かせながら、そんなことを言うが…


「…あの子はそんな単純なタイプじゃないわよ」

 

 そんなことを口にしても和哉は信じない。 


 いや、そんなことはない。 彼女は穢れを知らない人なんだ。 


 と寝ぼけたような言葉を口にする。  


 人のこと言えた義理ではないけれど、こいつも変わったわね。


 恋とはこうまで相手を盲目にするのか。 そう考えると私も和哉からはこんな感じに見えているのだろうか?

 

 いやいやまさか、私はここまで夢心地じゃないわ。 


 頭を振って否定する。 


「よし!今日から僕達は同盟者だ!よろしくね」


 そう言って私に右手を差し出してくる。 私も力強くそれを握り返した。


 同盟はここになった。 あの二人がうまくいっているかはわからないけれど、別れているということはないだろう。


 それだけは確信できる。


 なぜなら私が好きで彼女が好きになった男はそんな底の浅い人間ではないのだから。


 負けられないわ。 絶対に。


 そうとも、僕も絶対に彼女をあいつから取り戻してみせる!


 ひそかに闘志を燃やす私達はよく晴れた日曜日に再度決心をつけるために力強く手を握り合っていた。

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