もう一度会いたいヒト
シロヒダ・ケイ
第1話
もう一度会いたいヒト
作 シロヒダ・ケイ
「アーア。オレ、小さい時に生まれ変わって、人生やり直し出来たら東大行けてんのになぁ。」
「それ言い出したらオレだってサッカーで年収五十億だよ。中学から始めたもんなぁ。せめて小学校からやってたら・・。アカデミーに入って英才人生・・オヤジが野球・野球って言うもんだから・・判断ミスのおかげで天才ストライカーが消えてしまったヨ・・。」
喫茶店。隣の席で制服姿の高校生が他愛のない話に興じている。
店がソコソコ混んでいるせいで相席させられた。目の前に、自分と同じ年恰好の爺様が座っていた。その爺様が、隣に聞こえる様に声を出した・・。
「オトクだけどね。それほど良いもんじゃないね。」
ハナシに水を差された高校生が引き気味にそのジイさんを見た。
「最初からトントンうまくいく人生も良いけど、途中から頑張って行けるとこまで行く人生の方が、それ以上に面白いと思うよ・・。君達・・。」
つまらない説教されて鼻白む二人。「オイ、行こうぜ。」と店を出た。勘違いをしやすいバカにからまれたが、相手したくないとの風情で、「ナンダト!」といきがって汚い口げんかを始めないのは、まあ、アタマ悪い生徒達ではなさそうだ。
ところで相席の爺様は、それを関知しないかのように、ポケーと何か考えている。後悔の表情だが、それは・・いらん話をした後悔というより、自分の人生を後悔しているようなため息を伴っていた・・。
「何かお悩みでも・・。」呟いたかもしれないが、その爺様に声を掛けたつもりはなかった。でも爺様が口を開いた・・。
「悩みと言うより・・やっぱり悩みかなあ・・。聞いていただけませんでしょうか。」
ゲッ。なんか失敗した・・。だが今風ではない丁寧なコトバ。聞かないわけにもいかない・・かな。
以下は相席爺様の話である。
「もう一度会いたいヒト。そのヒトと会ってみたいと思う人いませんかぁ。完全無料。」
そんな携帯アプリを見て、事が始まったのです。
私なんぞ平々凡々たる爺様。ケイタイなんぞ使いこなせない。支払う金額に見合う活用が出来ないのが癪なだけの機械。滅多に見る事もありませんが、なんかの拍子で手が触れたのでしょう。画面に広告のような誘い文句が現れたのです・・。
無料とは有料地獄への落とし穴。盛り場の呼び込み、ポッキリがビックリ・ドッキリ請求書に変身するのに似ております。
しかし完全無料とあるからには法外な請求はあるまい。万が一の時には、しかるべき機関を通じてトッチメてやる。と思いました・・。
普段なら、そんな誘いに乗るほどガードの甘い自分ではありませんが「もう一度会いたいヒト」に釣られて心が揺れた。誰しもそういうヒトの一人や二人はいるハズでしょう・・。
咄嗟に浮かんだのはA子さん。完全無欠の美人として脳裏に焼き付いています。
高校時代。隣のクラスで、たまにすれ違っておりましたが、その顔はビジンと言う概念の中で、至高の基準と言えるものでした。
以来、我が人生において幾千ものビジンに会い、はたまた、テレビでも日常的に観察する機会を得ておりますが、その基準を上回るものはいなかったので御座います。
だから、自分はどんな美人が目の前に現われても動揺する事はありません。余裕を持って、オレはホンモノを知っているのだ・・と、見下して見る事が出来たのです。
或る日の、すれ違いの出来事です。自分がつい、立ち止まって釘付けされたように、その顔を見てしまったのです。
欠点を探そうと仔細に見まわしますが、その目、眉、鼻、唇・・すべてにわたり探しあてる事が出来ませんでした。彼女もこちらの動きを不審に感じて立ち止まる・・。と、こちらが学者的観察眼でみたからでしょうか・・A子さんが笑顔で返したのです。
自分の顔が、新種を発見し感動に打ち震える生物学者のようだったのでしょう。
フツウ、気色悪いものとして感じられて当然なのが、笑顔を返してくれるとは。ハハハ。
バツが悪いのを誤魔化すために、頭を掻きながらその場を離れたのが彼女を見た最後となりました。
彼女は程なく親の転勤に伴って転校してしまったのです。
あれほどの美人なんだから芸能界が黙っていないだろうに・・そう思って、芸能ニュースにはアンテナを張っておりました。しかし、彼女が映画や歌手でデビューする事はありませんでした。ホンモノはデビュー前に見初められるものなのでしょうか・・。
「もう一度会ってみたい。」いったん、想いが浮かび上がると、日に日にその想いは強くなりまして・・
アプリを起動したのです。
「お試し」と出てきました。なんでも「今」の世界の過去ではなく「別」の世界の過去に戻って「会いたいヒトに会えるのです」・・・と但し書きがありました。なんか呑み込みにくい表現です。疑似体験とでも言いたいらしいと思いました。
次には約款の表示。
約款の文面がビッシリ書かれてあって、最後に「同意する」にチェックを入れるらしいのです。この約款がクセモノ、いちいち読まないように小さな字でわかりにくく書いてある。でも・・
「ま、いいか。」と前に進みました・・。
画面が動き出しました。というか大きくなる。みるみる大きくなって、自分より大きなサイズに・・。自分は呑み込まれてしまったのです。まさか、こんな事が起きるなんて・・・。
ここは・・?
見覚えがある場所です。旧型の列車がホームに入って来て目の前の扉が開くのです。
思い出した・・学校の最寄駅です。
その電車に乗った自分。・・俺は学校帰りなのか?
発車前、滑り込むように一人の女子高生が乗り込んできました。ハアハア息をはずませ隣の吊革につかまります。
まさに、その女子高生。完全無欠のA子さんだったのです。もう会えるとは・・。
そして、ついにA子さんと顔があいました。
「ひょっとして・・B野C男・・さん?」
アッ。自己紹介してませんでしたネ。・・B野C男とは私の名前です。
彼女は、ついコトバが出てしまったというように、やや後悔を含んだ恥じらいの表情になっていました。
これまで、すれ違いだけの間柄なのに・・俺の姓も、名前も知っているのか?彼女は?
「ええ。」何と答えていいのか判らず曖昧な対応になりました。
「エッ。ホントにそうだったんですか。・・あの・・突然に声を掛けてしまって申し訳ありません。」興奮気味に謝りながら「同じ学校の○○A子と言います。B野C男さんのお父様・・いやお爺様ですよね。あんまり雰囲気が似ておられたものですから・・。」
エッ。俺は爺さまのままか。このA子さんは当時の姿なのに・・。
電車の窓ガラスに目を移すと、成程、とうの昔に還暦を過ぎた自分が映っていました・・。
「私。C男さんの隣のクラスにいるんです。」
「ホォ。」まさか自分がそのC男です・・とは言えず、爺様対応を続ける事にしました。
「C男さんとは、一度お話したいと思っていたのです。もうすぐ私、転校してしまいますので・・お伝え出来ませんか。良ければ、学校で声を掛けて下さい・・と。お願いします。不躾で申し訳ありません。・・・」
「・・・・」何と答えればよいものか。年甲斐も無くドギマギしてしまう。
「それでは失礼します・・。」
A子さんは同級生のおじいさんと、これ以上、一緒にいるのが恥ずかしいらしく隣の車両に移ってしまいました。
我が人生で奇跡が起こったのです。過去の事?とはいえ、今、現実に起こっている。・・奇跡が・・
A子さんは自分に関心があったのでしょうか?信じられない。
ともかく、あの携帯アプリにお礼を言わなきゃ・・。
携帯電話などあるはずもない時代の事です。周囲の目を気にしながらケイタイ画面を開きました。OKにチェックを入れると・・
そうしますと、画面は例によって大きく私を包み込み、元の場所に連れ帰ってくれたのです・・・。
これからどんな展開になるのだろう・・。いやいや、こんなトシでワクワクするなんて・・お恥ずかしい次第です。
しかし、老齢の自分がA子さんと再び会っても仕方ないだろうに・・
そうも思いながら、例の携帯アプリを、開きました
今度は「お試し」ではなく「人生やり直し、しますか」との表示が出たのです。
瞬間「お試し」の場合は老齢の自分が会うのだ・・「やり直し」は高校生の自分になってA子さんと会えるのではないか・・そう期待したのです。
説明書きにもそれらしい内容が記されていた。大いに期待しようではないか・・・と。
「次に」に進みますと「約款」表示。
前回の「お試し」で問題はありませんでしたから、今回も読みもせずに同意するとしました。
ところが、今回は何も起こりませんでした。
しかし、数日たってメールが届いたのです。
「先方様も了解されました。次に進みますか?」
A子さんが了解したのか?・・ヘンな文面とは思いましたが次に進んだのです・・。
場面は学校に飛びました。
早速、その廊下でA子さんとすれ違いざま、デートの約束を致しました。その時、私は心身共に高校生の自分に戻っていたのです。これは快感。
凄いアプリにひたすら感謝いたしました。
五十年ぶり?自宅で懐かしい?母親の夕飯を平らげ・・あの頃の自分の食欲にも感動致しました。翌日のデートに思いを馳せて眠れない夜を過ごしたのです。今のトシでは眠れないなんて事ありませんがね・・ハッハッハッ。
デートは鎌倉を選びました。今のシャレた鎌倉とは大違い・・。古都の雰囲気でしたが・・そして、江の島の砂浜を散歩しました。海水浴の季節とは違って、人も殆ど居りませんでした。
何を話したかは覚えていません。人生最高の時だったんですけどねえ・・波の音に溶け込んで・・二人でいるのが、それだけで幸せだったのです。
転校した後でも、お付き合いを続けることにしようね・・文通も・・
美しき十代ですな。これは。大ムカシの男女交際かくありなん・・と言うべきものでしょうね・・。イヤ、これはムカシを過剰に美化していますな。トシですな。私としたことが・・ワッハッハ。
このイベントにすっかり満足した私ですが、そろそろ戻るべき時間でしょう。
そう思い直してケイタイ画面を開きました。有難うアプリ。
ところがOK画面が出てこないのです。いくら探しても・・。
何度も試しても同じ事。アプリに書かれている隅々を探しました。
そこで、小さな字の約款を読んでみる事にしたのです。それには双方が合意した後は元に戻る事なく、それぞれの人生を歩むのを承諾するとありました。
ガーン。
そのイミ。こちらの世界の自分と、元いた世界の自分が入れ替わって人生を交換した・・というのではないか。
A子とコトバを交わす事もなく青春時代を過ごした元いた世界の自分が、デートする運命を得たこの世界の自分と入れ替わった・・そう読めない事もない・・。
結局、その推理は正しかったのです。もう戻れないのです。元の爺様に。元の世界で長年連れ添った老妻にも会えないのでした。
それから・・
私は正しい男女交際を経て結婚致しました。ヒトが皆、こぞって羨む美女・・A子と。
モチロン、A子の容姿は変わります。完全無欠から普通美人、まあまあ美人。昔はビジンだっただろう、どこにでも居る、ばあ様へと・・。ああ、諸行無常。
屁をこいたり大便をする事自体が考えに及ばない清楚な女性でも、生身ならヤッパリいたしますでしょう。
クソリアリズムと言われても真実は隠しようもありません。A子の屁はくさいし、朝方は大の順番で争いも致しました。
イエ。私は私の人生を後悔してはおりません。それなりに幸せであるのは間違いなく・・A子にも感謝致しております。
考えてみれば青春時代からこのトシになるまでを元の世界と今いる世界。・・二度生きているわけですから・・トクしたのでしょう。
「だが・・」爺様は残り少なくなったコーヒーをすすった。
生きてる実感が・・何と言いますか・・薄っぺらく感じられるのです。この世界で生きる事が・・。二度目の人生とはいえ、結局は追体験のような気がして・・
気になりますしねェ。元妻の事が・・。ここから元の世界に旅立った、もう一人の自分が、妻と出会い、苦楽を共に過ごして、ちゃんとやってくれているんでしょうが・・。
「いやあ。つまらぬ話をしてしまいました。失礼。」
爺様が席を立ち上がった。
私は爺様に握手を求めた。
「私はこの世界に残ります。今の話を聞いて決断出来ました。」
私はアプリの「お試し」を経験したばかりだったのだ。
エッ。これを読んだ人。自分なら二度目の青春を経験したいって?
ま、それもありでしょうかな・・。でも別の自分が同意する人生なのですから・・あまり期待なさらずに・・。
完
もう一度会いたいヒト シロヒダ・ケイ @shirohidakei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます