4. アリシアの贈り物
アリシアの贈り物
翌々日、エリザベスは森を歩いていた。池まで行ってきて、帰ってくるところだった。その日も晴天で、辺りは眩しい夏の光に溢れていた。
実際に起こったことは、以下のようなことであるらしい。エリザベスとアリシアが池のほとりで話をしている。エリザベスが腹を立て、帰ろうとするも足がもつれて転ぶ。アリシアがハンカチを差し出すが、エリザベスがそれを払い、ハンカチは池に落ちる。ここまではエリザベス自身も覚えている。しかしその後は違った。落ちたハンカチをエリザベスが拾おうとしたというのだ。そして、今度はエリザベスが池に落ちてしまう。アリシアがそれを救い出す……。
一部始終は近くにいたトーマスによって(恐らく、美人のアリシアの後をふらふらと追いかけていたのだわ、とエリザベスは思った)見られていたらしい。救助にはトーマスも加わった。かくして無事、エリザベスは助け出された。
ということは、あれは一体何だったのだろう、と思うのだった。魔法の書、喋るネズミ、池のほとりの影。魔法の書はエリザベスの部屋から消えていた。図書室にもなかった。
池に、何かが残されているかもしれないと思って、エリザベスは先程そこへ行ってみた。しかし何もなかった。水面は穏やかだ。木々は緑で風は爽やかで、悪魔など出てきそうにない。しかしエリザベスはふと気になるものを見つけて足を止めた。それはコルクの蓋だった。一瞬どきりとしたが、しかしそれはもう何年もそこに放置されていたかのように古びていた。
様々な思いをまとめながら、エリザベスが歩いていると、横手の道から人が現れた。アリシアだった。エリザベスは少したじろいだ。アリシアは、エリザベスに気付いて微笑んだ。
今日も完璧に化粧をしているアリシアだった。今日はグリーンとホワイトの服。髪型もきちんと決めている。二人は挨拶を交わした。アリシアもちょうど屋敷に戻るところで、二人は並んで歩き始めた。エリザベスがおずおずと口を開いた。
「あの……ありがとうございます。助けていただいて」
お礼は既に言っていたが、また、言葉に出してしまった。アリシアは気にしないで、と言った。明るい、それでいて心を落ち着かせるような声だ。
何故兄がアリシアに夢中になっているのか、今なら少しはわかる気もした。エリザベスはさらに言った。
「――それから……ごめんなさい。私、あなたに失礼なことを言ってしまって……」
「いいのよ」
「私……、あなたのことが嫌いだったの」
思い切って言ってしまった。隣を歩くアリシアの顔は見られない。少し沈黙があって、それからまた、アリシアの声が聞こえた。
「知ってたわ」
あっさりとした声だった。そうしてアリシアは続けた。
「私は……あなたと仲良くなりたいわね。私ね、あなたにプレゼントを持ってきたの。あなたというか、ここの家の人全員に。あなたにはまだ渡してなかったから、渡したいの」
エリザベスはアリシアの方を見た。澄んだ青い目がそこにはあった。目は笑みを浮かべていて、そして、アリシアは言った。
「受け取ってくれる?」
……なんだか物につられているみたいだけど、とエリザベスは思った。ひょっとしたら買収でもされちゃうの? また意地悪な考えが頭をもたげる。エリザベスはアリシアの青い目をじっと見た。綺麗な目。そう、この人はとても綺麗。いい人そうにも見える。でも本当は? いい人? 悪い人?
その判断は今、私にはできない、とエリザベスは思うのだった。まだこの人とほとんど話したことがないもの。この人がどういう人であるか、私は何も知らないに等しい。ならばまず、知るべきじゃない。知ってから……好きか嫌いかはそれから決めればいい。
エリザベスも、少し笑顔になった。そしてアリシアに答えたのだった。
「はい」
目の前には夏の森が広がっている。明るい光、鮮やかな緑、ひんやりとした木下闇。まだ夏休みは始まったばかり。私は――何を知ることになるのだろう。
そんなことを考えながら、エリザベスはアリシアと共に歩いていったのだった。
私と小さな相棒 原ねずみ @nezumihara
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