第37話『疾風、義の道を往く 4』

 「おかえり、兄さん」


 「ただいま、エマ」


 「すぐお茶淹れるね、お客さんは1人……かな?」


 「エマ、わかるのか?」


 「んー、なんとなく気配が……いつもなら誰か来たらわかるんだけど」


 「そうか……兄さんちょっと仕事のことで大事な話があるから、悪いんだけど向かいのおばさんとこで待っててくれないか?」


 「わかった、じゃおばさんと夕食の準備でもしてるから、終わったらお客さんも一緒にみんなでご飯にしよ?」


 「あぁそうだな、また声をかけるよ……すまないな」



 10代後半に見える少女は、杖をつきながら部屋を出る



 「妹さんかい?もしかして目が……」



 シンの問いかけにカインは無言で頷く

 人目のあるところで話し合うわけにも行かず、カインはシンを自宅へと連れてきていた



 「ここに来る間に見ただろ?この都市は貧富の差がでかくてな、病院にも行けないようなやつらばっかりさ

 中心部は栄えちゃいるが、ちょいと裏へ回ればこの有様……議会の連中の中には改善に前向きな議員も居るが、いっつも対応が後手なんだよ」


 「妹さん、俺に気付いたかな?」


 「あいつは感のいいやつだから、目が見えなくても何となくわかったかもな」


 「まぁその時はその時だけどね

 俺のことは道中である程度話したけど、嘘みたいな話だろ?俺だって未だに信じらんないもん」


 「信じろって方が無茶な話だが、実際見ちまったもんは見ちまったしなぁ

 お前が何者かってのは何となくわかった、ガダムと勇者の思惑もな」


 「んで次はあんたの事聞きたいんだけどさ、何で俺らの動きを嗅ぎ回ってたんだ?」


 「勇者が来てから上の奴らの動きに違和感があったからな、いい儲け話になるんじゃねぇかってだけさ」


 「儲け話ったって、何があんたに得のある事に繋がんの?政治家同士の争いじゃん」


 「いいか、上手く足がつかねえように立ち回ってるが、ノーマンの野郎とマオ商会が繋がってんのは明白だ

 マオ商会ってのは台所用品から武器防具に至るまでなんでも扱う総合商社、さらに裏では盗品から薬物まで闇取引を仕切ってやがる、金の元はよりどりみどりってこったよ」


 「もしかして……盗みか?」


 「いけねぇってかい?さすが勇者のお仲間の言いそうなこったな」


 「そりゃ盗みはダメってのはどこの世界でも共通だろうけどさ、俺が聞きたかったのは私腹を肥やしたいからか?ってことさ」


 「……なぜいちいちそんな事を聞く?」


 「なぜだか俺には、あんたが悪人には見えねぇんだよな……もしかしてだけどさ、『義賊ホワイトウェイブ』ってあんたじゃないの?」



 シンの不意な質問にカインは表情を強張らせた



 「なんでお前がその名を知っている?お前の話が本当なら、お前はこの世界の人間じゃないはずだ

 しかもこの都市に来て間もないお前が……」


 「俺さ、この体になってから眠ることができなくなっちまってさ

 エリシアたちが休んでる間に俺が出来ることっていや情報収集くらいだからね

 誰にも見えないってのは便利なもんでさ、色んな所に行って色んな話を盗み聞きしてたって寸法だよ

 噂になってるぜ、ここのギルドにはカインっていう凄腕の賞金稼ぎがいるって話と、ホワイトウェイブって呼ばれる義賊に沢山の人が助けられてるって話がね

 その義賊があんたなんじゃないかって思ったのは……本当に俺の勘なんだけどな」



 少しの間黙り込んだカインは、呆れたようにシンに応えた



 「まさか、お前みたいなやつに見破られるなんてな……ホワイトウェイブと名乗ったのは俺だが、義賊なんて偉そうなことは世間が勝手に言ってるだけさ、ただのケチな盗賊だよ」


 「ただの盗賊なら……言っちゃ悪いがもうちょっといい暮らしをしていてもおかしくないんじゃないか?

 このエリアに入ってからあんた、気付いてないかもだけど人と話す時の目が優しかったんだよ

 周りの人達も慕ってる感じだったし、街の人たちはあんたが義賊をやってるのを知ってて、でも敢えてそこには触れないような感じがしたんだ」



 カインはシンのその観察力、洞察力にただ感心していた



 「俺に身の上を話しながら、そこまで周りを見てたってのかい……恐れ入ったぜ」


 「自分の役目を決めた時から、山ほど人を観察したからな

 エリシアの足でまといにはなりたくない、俺に出来ることは限られてるからさ」


 「惚れてんだな、あの勇者に」


 「おう、ベタ惚れさ!それにエリシアは恩人でもあるし、こっちに来て初めて出来た友達でもある

 俺みたいな得体の知れないやつに、エリシアは人間として接してくれたから」


 「お前、気に入ったよ……お前を見てると、あの勇者がどんなやつか何となく想像できらぁ

 あのダークエルフとも、そういう感じのお仲間なんだろうな」


 「もちろん、ララも俺達の大事な仲間だ

 俺はまだ、この世界でのダークエルフの立ち位置ってのが深くは分からないんだけど、ララの事を悪く言うやつは許さない」


 「ははっ!青いなぁ坊や、でもそれでいい

 別にそんな事情はお前は知らなくていいさ、知っても知らなくても、お前も勇者も変わらねえだろ?」


 「それもそうだな、あんたやっぱり良い奴じゃん」


 「よしてくれ、俺はそんな善人じゃねぇ……悪い気はしねえがよ

 おいシンとやら、今夜は付き合えよ

 酒でもやりながらお前の話を聞かせろよ」


 「オーケー、酒は飲めないけど付き合うよ

 俺もあんたの話を聞きたいからな」



 話していくうちに意気投合した2人は、カインが酔いつぶれて眠るまで男同士語り合った





**********





 「シンの帰りが遅いけれど……大丈夫かな?」



 マオ商会のジルとノーマンとの会談を終えたエリシアたちは、官邸のゲストルームへ帰っていた

 窓の外をぼんやりと眺めているエリシアに、ララは少しいたずらっぽく応える



 「大丈夫だと思うよぉ?エリーちゃんはシンの事になると心配性になるよねぇ」


 「そ!そんな事はないっ、と思う」


 「隠さなくったっていいよ、エリーちゃんてシンの事が好きなんでしょ?」


 「なっ!?なななっいきなりなんて事を!?わ、わた私はシンの事を、そそ尊敬してるだけで、べっ別に好きとか……それに勇者としての使命が!」



 顔を真っ赤にして慌てふためくエリシアを見てララは微笑んでいる



 「ふふっ、かーわいーねーぇエリーちゃんはぁ」


 「かっ、からかわないでくれ!」


 「付き合いはまだ短いけど、きっとシンもエリーちゃんの事好きだと思うよぉ?

 なんか妬けちゃうなぁ……なんて」


 「ララもシンが好きなのか!?」


 「ララ『も』?」


 「あ……いや、あの!今のは忘れてくれ!」


 「あははっ!可愛すぎるぅ!ちょっとイジワルが過ぎたかなぁ?

 エリーちゃんの邪魔はしないから安心していいよぉ」


 「まったく……あまりからかわないでよ、そういうの慣れてないんだから

 でも、ララもシンの人となりはわかるよね?

 自分が1番辛いはずなのに、彼はいつも人の気持ちを考えてるんだ」


 「確かにねぇ、シンはいつもエリーちゃんや私の事を考えてくれるしすごく優しい人だと思うよ」


 「ノーマン財務長官がララに失礼な物言いをした時も、私よりもシンの方が怒ってたよ……そのおかげで私も冷静でいられたと思う

 シンはララの事も、ちゃんと大事な仲間で大切な友人だと思っているよ」


 「そう……なんだ、なんか嬉しいな……シンが帰ってきたら、ちゃんとお礼が言いたいな」


 「きっとシンはこう言うだろうね……普通のことだろ、ってね」



 顔を見合わせ微笑み合う2人、シンが部屋へ戻ったのは明け方の空が白んできた頃だった





**********





 「おはよう、やっと起きたね兄さん」



 カインの様子を見たエマは、冷えた井戸水をカップに注ぎ手渡す



 「あぁ、おはよう……昨夜はすまなかったな、せっかく夕食を作ってくれていたのに」


 「気にしないで、おばさんとの食事楽しかったし

 残りは置いてあるから、好きな時に食べて」


 「ありがとうな」


 「そう言えばもうお客さんは帰ったの?泊まって行ったんでしょ?

 たまにおばさん家まで声が聞こえてたよ」


 「聞こえてたのか?」


 「うん、お客さんの声はぼんやりとだけど、兄さんの楽しそうな声はちゃんと聞こえたわ」


 「そうか……あいつはシンって言ってな、昨日知り合ったんだけどちょっと変わったヤツでね」


 「でも知り合ったばかりであんなに仲が良さそうだったなんて、兄さんよほど気が合ったんだね

 兄さんにお友達が出来たみたいで私も嬉しいわ」


 「おいエマ、俺が寂しいやつみたいじゃねえか」


 「だって、お仕事のお仲間さんはたまに来るけれど……昨日みたいな兄さんの声久々に聞いたわ」


 「そんなに違ったか?」


 「ええ、兄さんの事は私が1番わかっているもの」


 「お前が言うなら……そうなんだろうなぁ」


 「今度来た時は私もお話させて、私ともお友達になってくれるかな?」


 「エマとか?……あぁ、そうだな

 あいつならきっと、いい話し相手になってくれるだろうさ」


 『不思議なやつだ……なぜだかあいつと接すると毒気が抜けちまう

 なぜ俺とエマだけがあいつを認識できるのかはわからねえが……』



 ギルドの同僚にもあまり心を開くことのなかったカインは、シンという男には助力をしてやりたいと思っている自分に戸惑いも感じていた



 「うん……悪い気はしねぇ」


 「何か言った?」


 「いや、何でもないさ」

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異世界で幽霊として逝きていきます @akira-take

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