第36話『疾風、義の道を往く 3』
「この度はかようなパーティーにお招きいただき、主催されたノーマン財務長官には深く感謝を申し上げます
ご存じの方もおられることと存じますが、改めてご挨拶をさせていただきます
私はエリシア・アウローラ、フリオール国王より聖光の勇者の名を戴いております」
ノーマン財務長官主催の、財界人たちの懇親パーティー
一段高い壇上で、要請に応えるかたちで演説をはじめたエリシアは、参加者の注目を集めていた
皆の視線が集まっているのを好機と、正装に身を包みパーティーに紛れ込んでいたカインは気配を殺し、参加者の動向を探っていた
「あの横にいるダークエルフが勇者の仲間なのか?変わりもんだねぇ……さて、ロレント物流にサイ運輸、ヴェルへイム中央銀行に鍛冶職人協会の幹部までいやがる
鍛冶職人協会の会長も兼任するガダムにとっちゃ心中穏やかじゃねぇなぁ、おっと……あいつぁマオ商会のナンバー2じゃねえか、とんだ大物が出張ってきてやがる」
**********
「素晴らしいご挨拶でした、さすが元王国騎士団千人隊長でございますな」
パチパチと拍手をしながらノーマン財務長官がエリシアに近づく
「いえ、差し障りのない挨拶に終始してしまって……退屈ではありませんでしたか?」
「いやいや何をおっしゃいますやら、堂に入ったるお姿に感服しきりでございます」
『すっげぇ作り笑い丸出しだな、見れば見るほど胡散臭え』
『それをいうなら私もだ、顔が引きつりそうだよ』
『フリとは言えこいつに擦り寄るのはなぁ……』
『それは仕方ないよ、少しの間の辛抱さ』
「いかがされましたか?」
シンの言葉にエリシアはつい愚痴をこぼすが、ノーマンに怪しまれないよう声を潜めて本題へと話をすすめる
「いえ、挨拶も済みましたし……奥の部屋で今後の話をしませんか?」
エリシアが雰囲気を変えてきたのを察し、表情を変えないままノーマンがそれに同調した
「左様でございますね……この場ではなんですし」
「ではララ、手はず通りにお願い」
「うん、そっちは安心して、よほどの術士じゃないと気付かないから大丈夫」
「はっはっは……さすがはダークエルフだ、うまく手なづけましたねぇ勇者殿……」
『なんてこと言いやがる!ふざけんな!』
『堪えろシン……』
『でも!』
「こっちのが性に合うんですよねぇ、役に立つでしょ?ノーマンさん」
ララはあっけらかんと笑顔で答えたが、瞳の奥の悲しみをエリシアは見逃さなかった
『ララ……ぜってぇ許さねぇ……』
『シン、今は堪えてくれ……必ず報いを受けさせる、必ずだ』
『エリー……』
うっすらと下卑た笑みを浮かべるノーマンを極力視界に入れないよう、うつむきながら別室へと移動する
ドアを閉じるとララが部屋に結界術を施し、エリシアとノーマンは立派なローテーブルを挟み向かい合ってソファに腰をおろした
「さて……今後の話、という事ですが……私共の後ろ盾となっていただける、信用して良いものでしょうか?」
「勇者としての発言をお疑いになると?」
「無理からぬことでしょう?民の希望たる勇者が、私の裏の顔を知りながら咎めもしない
ガダム派の指し金ではないかと訝しむのも無理からぬ事、だからといって証拠がない以上は私を更迭することもままならない」
「ノーマン殿がそう思われるのは当然でしょう、ですが私とて勇者である前に人間です
騎士団千人隊長として王国の裏も表も見てきた身ですゆえ、綺麗事だけでは立ち行かぬ事は百も承知
ガダム議長から話を伺った時に思ったものです
不正や汚れ仕事だけで財務長官という役職に就けるものだろうかと、清濁併せ持ち、民のためには悪に落ちることも厭わない精神性に感銘を受けたものです」
「では議長はどうでしょう?綺麗事しか言わぬ輩になぜ議長が務まるとお考えで?」
「若輩ながら申し上げますが、長というものはシンボルとしてそこにあれば良いのです
民に希望を持たせるために……そういったものだと考えます」
「……いやぁ……お若いのにそこまで考えが及ぶとは、正直みくびっておりました
わかりました、あなたを信用いたしましょう、見返りは何をご所望で?」
「今後の旅の金銭的な支援と、マオ商会会長との顔つなぎを」
ノーマンは表情を崩さなかったが、一呼吸間を置いてエリシアに聞き返す
「勇者の使命とは言え資金は必要でしょう、そちらは私が責任を持ってご支援いたしましょう
ですがマオ会長とはどういったご用件で?」
「工業都市ヴェルへイムのマオ商会と言えば、他国にも顔の効く大きな商社……表にも裏にも」
「ふむ……エリシア殿は存外欲の多い方ですな……ここでその話をするという事は、ご自身の品格が問われかねませんが」
「それはこの話が外部に漏れればの話、ですので部屋の外に漏れ聞こえぬよう音に対しても結界を張っております……知られなければ問題ないと考えますが?」
「いやはや、参りましたなぁ……失礼を承知で申し上げますが、あなたはもっと清い御仁かと思っておりましたが」
「失望されましたか?」
「逆ですよ、わかりました、信用しましょう
会場にマオ会長の腹心の部下が来ておりますので、まずは彼を交えて話を進めましょう
一旦結界を解いていただけますか?」
「もちろんです、ララ、解呪をお願い
ノーマン殿のご配慮に感謝いたします」
**********
「畜生……ここに入ったのは見たんだが、外から見たって窓の向こうはもぬけの殻か
相当高位の結界術だな、姿も見えなけりゃ声も聞こえねぇときた」
カインは屋外にある木の上で、枝に隠れてエリシアたちが入った部屋の様子を伺っていたが、ララの結界によって全ての情報が遮断されている
落胆しつつ少しの間待っていると、突然窓の向こうにノーマンたちの姿が現れ、別の男が部屋に入ってくると再び何も見えなくなった
「ははーん、マオ商会のジルか……こりゃいよいよ怪しい……うわーっ!!ガフッブォフッ!」
「おわわーっと!!」
あまりに予想外のことに声を上げて驚くカイン、慌てて手で口を塞ぐが足を滑らせ落下してしまった
「なななっ!何者だてめぇっ!新手の魔物の類か!?」
落ちた痛みも気にせず、極力声を殺しながら目の前の存在に問いかける
「だ、大丈夫か?盛大に落っこちたけど……てか何であんた俺が見えるんだよ?」
カインの前に現れたのはシンだった
外から見ている人間が居ることをララが察知し、エリシアからの指示で結界を解いたタイミングでシンが確認に出てきたのだった
「はぁ!?見えるかってはっきり見えてるだろうが!?くっ、俺を殺ろうってのか?」
カインが懐からナイフを取り出し体制を整える
「ちょっ、ちょっとタンマ!別にあんたをどうこうしようってんじゃないよ、第一俺幽霊だからあんたに触れられねえし」
「ユーレイなんて種族聞いたことねぇぞ……わけわかんねぇ……」
「とりあえず落ち着きなよ、説明すっと長くなるけど、とにかく話し合おうぜ」
「お、おう……わかった、とりあえず情報は大事だ……いったい何が起きてるってんだ」
ナイフを納めたカインは、呼吸を整え平静を取り戻そうと務めるが
目の前の、敵意のない謎の存在に混乱していた
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