第35話『疾風、義の道を往く 2』

 「おい、聞いたか?昨日この都市に話題の勇者が来たそうだぞ

 官邸の周りの警備がいやに多かったから、役人どもが集まってパーティーでもしてたんじゃないか?」


 「あぁそのことか、まぁ間違いないだろうな、昨日通行ゲートのほうがやけに騒がしかったから見にいきゃ、その噂の勇者様ってやつを見たよ」


 「もう見たのか?相変わらずお前はそういうのに鼻が効くよなぁ、さすがギルドの稼ぎ頭、疾風のカインだな」



 他種族国家である工業都市ヴェルへイムには、取り締まりの役人だけでは市民同士の諍いや市街の魔物の討伐をこなしきれないため、都市公認の外部団体としてギルドが存在する

 多数の荒くれ者たちを擁するギルドには様々な依頼が舞い込むが、カインと呼ばれた男は名うての実力者として知られていた



 「ここじゃ情報が金にも命にもなる、表でも裏でもな」



 言いながら酒を煽るカインは思案していた

 遅かれ早かれ勇者が訪れるだろうとは思っていたが、勇者来訪からの官邸の動きに感じた違和感

 急遽開催されたような晩餐会、一夜開けても市内に姿を見せない勇者一行



 「(何か裏で動いているな、勇者の足止め、何のため?晩餐会を来た当日に急いだ理由……役人たちの顔を売るため?違うな……勇者に誰かを会わせたかった?議長が個別に呼び出して会わせなかった理由、会わせる意図を隠す?だとしたら……)

 とりあえず動くか、情報は足で稼げって死んだ爺さんも言ってた事だしな」


 「なんだよカイン、うまい話になるなら1枚かませろよ」


 「それはまだわからんよ、さてヤブをつついて蛇ならラッキーだがな……どうもきな臭い感じがするぜ」





**********





 「……と、そういうわけでございまして……」



 前日とはうって変わって神妙な面持ちで議長は話を区切った



 「事情はわかりました、出来る限りのことはさせていただきますが……私は政治的な動きには正直なところ門外漢ですので……」


 「もちろん、勇者様にそのような事で手を煩わせようとは思っていません、今までも状況証拠はあったのですが、決め手になる証拠を掴めずに煮え湯を飲まされておりまして……

 ですのでその調査の協力と、いよいよの時に我らの後ろ盾として居てもらいたいのです」


 「不正行為は正さなければいけませんし協力は惜しみません、わかりました

 さしあたり私たちは何をすればいいでしょう?」


 「件の人物、ノーマン財務長官ですが、近々開催されるパーティーで闇取引の相手と接触するのではとの情報を得ました

 宝飾品の横流しや多数の裏の人脈からの賄賂など、それらの確たる証拠が掴めないまま現在まで来てしまったのは我々の落ち度です……そこで勇者様にはその取引相手の元締めをあぶり出して貰いたいのです」


 「囮捜査……というやつですか?」


 「大事な使命を帯びている勇者様に対して、大変失礼なことをお願いしているのは承知です!ですが、綺麗事だけでは市民の将来を守れません!先の世代の為に、ここで膿を出しきらねばならんのです」


 「議長、あなたの思いはわかります

 私も元は騎士として国を守る立場に身を置いていましたゆえ、理想や正攻法だけでは難しいこともわかるつもりです

 この件、私におまかせください」


 「受けてくださいますか!本当にありがとうございます!」


 「それで、そのパーティーはいつ催されるのですか?」


 「二日後の夜に」


 「二日後……ならば議長、その間に各官僚の方々との個別の会談を整えて下さいますか?

 ノーマン財務長官とはその日程の最後に組んでいただきたいのです

 因みにこの動きを把握しているのは議長以外には誰が?」


 「すぐにでも調整いたします、勇者様が協力してくださるのを知っているのは私と事務次官の2人だけです」


 「ならば、ぎりぎりまで伏せておいて下さい

 準備が整いましたらすぐにでも行動に移ります、ゲストルームの方に各官僚の詳細な資料も用意してくださるとありがたいのですが」


 「それはもう用意ができておりますのですぐにでもお持ち致します、何卒よろしくお願いします」



 エリシアは深々と頭を下げる議長に「任せて下さい」と声をかけ、ララとシンの待つゲストルームへと戻った




**********





 「その情報は確かか?」


 「おいおい、わしの仕入れるネタがガセだったことがあったかい?」


 「いや……爺さんのネタでドンピシャだったことは半々くらいじゃねえか、だがデカいネタの時は外さねえあんたのこった……いい話を聞かせてもらったよ」


 「ちょいと今までよりも危なっかしそうだ、報酬は色をつけてもらわんとな」


 「わかってるよ、ほら」



 カインは浮浪者風の老人に金貨の入った革袋を渡した



 「俺の方でも官僚たちの動きは掴んでる、とするとマオ商会が裏で動いてるのも関係してるって話は間違いないな

 ただ解せねえのはあの勇者の動きだ、状況を見てもノーマンの野郎に擦り寄ってる感じだしな」


 「まだ疑ってんのか?マオ商会と繋がりのあるやつから聞いた話……」


 「あーあー!わかったわかった!ムキになってネタ元を俺に聞かすんじゃねえや、疑り深いのは俺の性分さ、知ってんだろ?」


 「お前がうだうだ言ってっからだろうが全く……んじゃ貰うもん貰ったしわしは行くとするよ」


 「ありがとよ、また頼むわ」



 情報屋の老人が去ったあと、暗い路地裏でカインは思考を巡らしていた



 「ノーマン主催のパーティーが今夜、財界の大物に混じってマオ商会の幹部も来るってこたぁ何か大きな取引があるはずだ

 議会のガダム派たちはノーマン派と対立中……クリーンイメージのガダム派につくと思っていたが勇者はノーマン派に接近、ガダムの指し金かはたまたノーマン派が懐柔に動いたか

 まぁ、どんなお宝が来るにしても、この思惑に上手く乗りゃいつも以上に稼げそうだな

 正義の味方さんかただの俗物か、見させてもらうとするか」

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