第5話 次のサイクルへ

 倒れこんでしまったカレンは別の約束の子供によって介抱されていた。

 彼女のようにモノリスに選ばれた子供達はモノリスの数の分だけ存在しているらしい。意識を取り戻したカレンは、世話をしてくれた少女に声をかける。


「この聖断の間ってどこにあるの?」

「ここはこの星の中心」

「そっか……何かの本で読んだ事があるよ……」


 幾つかの質疑応答で何となく状況が読み込めてきた彼女は、自分と同じ体験をしたであろう少女に質問を飛ばした。


「あなたは……どう答えたの?」

「私は答えられなかった……。そうしたら今はそれでも構わないって……まだ全員集まってないからって……」


 カレンは答えを聞きながら、さりげなくその子の瞳を覗いてみる。すると彼女の瞳はカレンと違って普通の色をしていた。

 どうやら、誰もが瞳にモノリスの力を宿していると言う訳ではないようだ。


 しばらくして起き上がれるようになったカレンは、そのまま歩いて小屋を出る。この聖断の間をもっとよく知ろうと思ったのだ。外の景色は空の中心にプラズマの塊が輝いていたりして、どうにも不思議な光景が広がっている。

 辺りをよく見渡すと、カレンが休んでいた小屋から至近距離の位置にあのモノリス達が立っていた。建物があると言う事はここで暮らす人々もいたはずなのに、何故か今はどこにもその姿は見えず、それが彼女を不安にさせる。


「本当にここがあの伝説の場所だって言うの?」


 モノリスが導いた石の声が聞ける約束の子供達――。今の集合状況はその少女に聞いたところによるとカレンを含めて計4人。

 しかしカレンの前に姿を見せたのは、彼女を介抱してくれた少女ひとりだけだった。


「不思議でしょ。ここは本当に静かで」

「ねぇ、ここに元々住んでいた人達はどこに行ったのかな」

「みんな別の場所に移動したの。私達を残して」


 彼女の言葉にカレンは衝撃を受ける。そう、この少女は最初からこの世界の住人だったのだ。どうやらモノリスに選ばれた子供だけを残し、彼らは別の世界へと去っていってしまったと言う事らしい。


「聖別の時は全てが組み替えられるから避難したの」

「聖別? 聖断じゃなくて?」

「うん。聖断で進路が決まった後に行われるのが聖別」


 次々に知らされる新事実にカレンの頭はパニックになりそうだった。彼女の話によると、世界が変わるのだけはもう決まっている事らしい。


「私達が選べるのはその時期を選ぶ事だけ」


 少女は冷たく言い放つ。そう話す彼女の生気のない顔は、まるで変えられない運命を既に受け入れているようにも見えた。そこでカレンは話題を変えようと自己紹介をする事にする。

 同じモノリスに選ばれた仲間として、もっと交流を密にしなければと思ったのだ。


「そう言えば自己紹介まだだったね、私はカレン」

「私は……ルイ」

「よろしくね♪ ルイちゃん」


 彼女のこの言葉にルイは固かった表情を少しだけ柔らかくする。約束の子供達が集まるまでにはまだ時間があったので、折角だからとカレンはルイにこの場所の案内をお願いした。


「私、ここに来たの初めてだから色々知りたいんだ」


 カレンはそう言ってルイに向けて手を合わせてお願いする。その仕草を見た彼女は、少し困った顔をしながらカレンのそのお願いを聞いてくれたのだった。


 ルイに案内されて、彼女はこの地下世界の大体の概要を理解する。この星の中心と称されるこの地下世界は、生物の進化を見守る人達の住む場所……らしい。

 この世界の住人はモノリスが導いた最初の人類の子孫だとも――。つまり、簡単に言えば彼らは他の星から来た人々、宇宙人だった。


 そう、モノリスがその星に住む生命の進化を促したのは地球が初めてではない。どこか宇宙の中心から放たれたモノリスは、これまでも多くの星の生物をそうして導いてきていたのだ。


 カレンは未だに答えを出せないでした。

 けれど、彼女以外の5人が明確に答えを出せば……きっと自分もその流れに乗ってしまう。

 カレンはそう言う流れになってしまうのを、すごく怖く感じていた。


(どうすればいいのかな……)


 やがて、モノリスに選ばれた他の約束の子供達が続々とモノリスの元に集まってくる。みんな独特の雰囲気で信念を持った顔つきをしていた。

 それに、みんな全ての事情を知って自分の役割を自覚した上で集まってきている。そんな中、カレンは自分だけが場違いな場所に来ていると感じていた。


 それで自分を導いたモノリスに対して、彼女は自分が選ばれた理由を改めて質問する。

 けれど、モノリスはそう言う資質を持って生まれたからだとしか答えてくれなかった。努力して手に入れた資格ではないからこそ、カレンは余計に自分に自信が持てないのだった。


 自分なりの答えを出すために、少しでもヒントが欲しいと思った彼女は無意識の内にモノリスに手を伸ばしていた。この行為は地下世界の住人にとってでさえタブーだったようで、その時の残り5人の慌てようったらなかった。


「?!」

「あっ!」

「おいっ!」

「な、何をっ!」

「早く手を離して!」


 実はモノリスは常にある種の磁場を発生させていて、本来は誰にも触れられないものらしい。

 では何故カレンがそんなモノリスに触れたかのかと言うと、それはその力をその身に少し宿していたからだ。そう言う意味でも彼女は"特別"だった。


 モノリスに触れたカレンは、瞳の力を通じてモノリスに宿っている宇宙の記憶にアクセスしていた。それは俗に言われているアカシックレコードの記憶と言うものなのかも知れない。それはあまりに膨大過ぎて彼女の頭ではさっぱり理解出来なかった。

 けれど、気が付けば彼女は無意識の内に自然に涙を流していた。


 モノリスを通して流れてくる意識は深い慈愛に満ち溢れたものだった。その優しくて偉大な愛情が宇宙全体を包んでいるのを、モノリスを通じて彼女にも感じる事が出来ていた。


「私は……」


 モノリスに触れ、偉大な存在と一体になったカレンは口を開く。それは恐れも迷いもなく自信に満ちた口調だった。



 結局、世界は――何も変わらなかった。

 いや、少しずつは変わってきているのだろう。

 けれど、それに気付いたのはごく少数の人間だけだった。


 カレンの決断はモノリスですら想定外のもの。この星の悲しみを引き受けると。星ですら受け止めきれない様々な想いの洪水を……。


「私が少しでも肩代わり出来れば、きっと変化は緩やかになるはず……だから」


 彼女の決断に残りの子供達は最初は驚いていた。何を無茶なと止める子もいた。

 けれど、カレンの決意が強い事を知った子供達は、次第に彼女に協力する事を決めていく。


 最初に動いたのはルイだった。ルイがカレンの手を繋ぐ。するとカレンに流れていたエネルギーがルイにも伝わった。手を繋ぐ事で想いを共有出来る事がその時に分かったのだ。


「みんなで協力出来れば、きっと彼女の負担を減らす事が出来るよ!」


 最後には約束の子供達6人全員で手を繋ぎ、想いの輪を繋げていく。循環するエネルギーはやがて宇宙の中心まで螺旋を描いていった。

 それは定められた宇宙の歴史すら変えてしまいそうな程のものだった。


「それが……君の答えなんだね」


 そう言ってモノリスは静かに震え出す。そうしてこの星のある種の振動数を上げていった。それによって生物の進化の鍵は開放されていく。これは今までに何度もモノリスが行っていた生命発展のプロセス。

 けれど、今までのような星の歪みを強制的に矯正するための急激な発展プロセスではない。言うなればとてもなだらかで緩やかで優しい変化。これからこの星はゆっくりと新しく生まれ変わっていく事になる。


 誰も取りこぼさないように

 悲劇が最小限になるように


 優しい翠の光がこの星を包んでいく。カレンの決断がこの星の多くの生命を救った事を誰も知らない。その場にいた5人の子供達以外は――。



「おい! 大丈夫か?」


 旅館の布団の上でカレンは目が覚める。


 彼女がモノリスに導かれた時、現地ではカレンがいなくなったとちょっとした騒ぎになっていた。そして地元を上げての捜索が行われ……しばらくして、倒れている彼女を顧問の松沢先生が見つけ出したのだ。

 どこも怪我していないと分かったカレンは、すぐに旅館に運ばれて今に至る。


「あれ……私……どうしたの?」

「大きな岩の側で倒れていたんだ。何も覚えてないのか?」

「ああ……。ごめんなさい」

「いや、とにかく無事だったから良かった」


 目が覚めた彼女は視界に奇妙な違和感を感じ、すぐに荷物の中から手鏡を取り出して自分の顔を確認する。


(やっぱり……)


 カレンの瞳は普通の色に戻っていた。もう石の声も聞こえない。


(あの時、モノリスは私を元の世界に返してくれたんだ……)


「ん? 何か言ったか?」

「いいえ……。何も」

「そっか、すまん」


 ここまで話していて、彼女はこの部屋に松沢先生とふたりきりだと言う事に気が付いた。そう思うと何だか急にすごく恥ずかしくなって、思わず先生に訴える。


「あの、もう私は大丈夫なので……。ひとりにしてもらえませんか?」

「お、おう……。分かった」


 カレンのこの言葉に、松沢先生はすごすごと退散していった。そう言えば、折角助けてもらったのに御礼の言葉も言っていない事を彼女はここで思い出す。

 次に先生に会った時はちゃんと感謝の思いを伝えなくちゃと、カレンはそう思うのだった。



 聖断の間で子供達全員で手を繋ぎ合ってからの事は、もう何も分からない。他の約束の子供達の事も、あの場にあった複数のモノリス達の事も。

 けれど自分がここに戻って来れたって事は、きっとうまく行ったのだと――無理矢理にでも自分を納得させるしかなかった。


「アレはアレできっと終わったんだ……。もう気持ちを切り替えなくちゃね」



 写真部の合宿は三泊四日。陽射しはゆっくりと西に傾き、部屋を紅い色に染めていく。明日こそはいい写真を撮ろうと、カレンはひとり意気込んでいた。



(おしまい)

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翡翠の瞳のカレン 2018改稿板 にゃべ♪ @nyabech2016

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