第64話 精霊と子竜と少女


 水の大精霊フォーレ様は、去り際、私にキスをしてくれた。

 私の体が青く光ったから、加護を頂いたのだと思う。

 なぜか、すごく胸がドキドキしたけれど、それは黙っておいた。


 気を失っている騎士ダレンを起こす。


「ド、ドラゴンはっ!?」


「もう、とっくに帰ったわよ」


「皇帝陛下は?」


「さあ、ドラゴンたちが、どこかに捨ててくるって言ってたわ」


「メグミ様、あなたは、本当の意味で竜騎士だったんですね」 


「まあ、ドラゴンたちの友達だっていうなら、それはそうね」  


「……そうですか。

 私は決めました」


「えっ、何を?」


「この時よりあなたにお仕えします」


「ええっ!?」


「幸い、私は両親も早く死に、独り身です。

 メグミ様にこの身を捧げ、騎士道を極めていきます」


「ちょ、ちょっと、あなた、帝国の近衛騎士に昇進したんでしょ?」


「あのように卑劣な皇帝など、仕えるべきあるじではありません」


 あれっ、これ、大変なことになってない?


「どうか、私をお側に置いてください」


 どうしよう、これ。


「メグミー、あれやっちゃう?」


「そうね、ピーちゃん。

 この際、しょうがないわね」


 ピーちゃんが、さっと私の後ろに回ると、冒険者用のベルトをつかむ。

 私たちは、空に舞いあがった。


「メグミ様ーっ……」


 下からダレンの声が追ってきたが、ここは無視していいと思う。


「じゃ、スティーロへ帰りましょう」


 私をぶら下げたピーちゃんは、翼をはためかせ、スピードを上げた。

 

「あ、そうそう。

 私が笛を吹いていないのに、ドラゴンのみんなが助けに来てくれた理由がわかったわよ、ピーちゃん」


「えっ?

 ボクが寝ているときに、メグミが笛を吹いたんじゃないの?」


「吹こうとしたときには、網に捕まって動けなかったの」


「じゃ、どうやって?」


「ピーちゃん、あなたが吹いたのよ」


「えっ?

 でも、ボク、こんな口だから、あの笛は吹けないよ」


「寝息よ。

 ピーちゃんお得意の、ピーピーという寝息が笛を鳴らしたのね」


「えええっ!?

 そんなことがあるの?」


「だって、それ以外、考えられないもん」


「不思議なことがあるもんだね」


「ホントね」


 私たちは、そんな話をしながら、スティーロの街を目ざした。


 ◇


 スティーロの街にある、ヒューさんの庭に降りる。


「お姉ちゃん!

 どこ行ってたの!」


 私に気づいたニコラが、家から庭に飛びだしてきた。


「ただ今、ニコラ。

 ちょっと、お仕事に出てたの。

 元気にしてた?」


「うんっ!

 お姉ちゃんに褒めてもらえるように、いっぱい勉強したんだよ」


「偉いね。

 今日は、『竜の恵み亭』でアイアンホーンのステーキね」


「わーい!」


「メグミ、お帰り。

 無事でよかったわ」


「エマさん、ただいま帰りました。

 ヒューさんは?」


「もう、ギルドから帰ってくるはずよ。

 ほら、帰ってきた」


「おっ、メグミ、帰ってたのか。

 突然いなくなったから、心配したじゃないか」


「みなさんが心配していた件ですが、もうバーバレス帝国は、この国に攻めてきませんよ」


「どういうことだ、メグミ?」


「ええと、後で詳しく話しますが、とにかくその危険は去りました」


「お前、もしかして、そのために一人で……」


 ヒューさんが、黙ってしまった。


「メグミ、あんたの家はここなんだから、これから出かける時は、きちんと話しておくれ」


「はい、エマさん」


「メグミ、『お母さん』って呼んでいいんだよ」


「お、お母さん……」


 エマさんに抱きしめられた私は、涙が止まらなかった。


 ◇


 次の日、久しぶりにギルドを訪れた私を待っていたのは、レフとライの元気な声だった。


「メグミさん、お帰りなさい!」

「お帰りなさい!」


 二人は日に焼け、とても元気そうだった。


「俺たち、パーティに入れてもらったんですよ!」

「そうですよ!

『鉄竜組』って言うんです。

 リーダーは銀ランクで、凄いんですよ」


 異世界でよかったわ。『鉄竜組』なんて、元の世界なら、その筋の人かと思われちゃったでしょうから。   

 

「そう、よかったわね。

 リーダーに、ご挨拶できる?」


「それが、俺たちのリーダー、ソロ遠征が多くて、留守がちなんですよ」

「おい、レフ。

 リーダーが、ちょうど帰ってきたぞ」


 振りむくと、ギルドの扉を開け、ローブ姿の小柄な人物が入ってくるところだった。


「初めまして、メグミと言います。

 レフとライが、お世話になっています」


「ははは、初めてではないよ」


 その人物がフードを外したのを見て、私は驚きの声を上げた。


「シュー!

 あ、シュテイ……」


 シュテイン皇太子が、慌てて私の口をふさぐ。

 私が頷くのをみて、やっと口に当てた手を離してくれた。


「シュー、どういうこと?」


「いや、ボクは、その内、好きな事ができなくなるじゃない。

 それまでは、っていうことで、父上から許してもらったんだ」


「いいの?」


「まあ、あそこは窮屈だからね~」


 あそこって、王城のことね。


「メグミさん、リーダーと知り合いだったんですか?」 

「さすが、メグミさん。

 顔が広い」  

 

「二人とも、くれぐれもリーダーの迷惑にならないように。

 迷惑かけたら、ピーちゃんに叱ってもらうから」


「ちょ、ちょっと、それ冗談になってませんよ!」

「いつの間に、そんな厳しくなったんです?」


 二人が慌てている。

 その時、入り口の扉が、バーンと開いた。


「メグミ様っ!

 メグミ様は、おられぬかっ!」


 そこには、騎士ダレンの姿があった。

 恐らく、夜も眠らず、追いかけてきたのだろう。

 目の下に、くまができている。


「メグミ殿っ、やっと見つけた!」


 ダレンが、私の前に膝を着く。


「我があるじ、どうかお側に置いてください」


 その時、再び入り口の扉が、バーンと開く。

 今度は何?


「姫、姫はおらぬか?」


 ななっ、なんであなたがっ!?


「このダレイオス三世、地の果てまでも、あなたを追いかけますぞ!」


 ちょ、ちょっと、どこかの警部が乗りうつっちゃったの?


「卑劣な陛下なんぞに、メグミ様は渡しませぬぞ」


「黙れ、ダレン!

 余は、メグミ殿に惚れたのじゃ。

 それにお主は、余の近衛騎士であろうが!」


 えらいことになったわね。

 こうなると、あれしかないわね。


「メグミ、やるの?」 


 ピーちゃんが聞いてくる。  

   

「ええ、でも、今回は自分の足でね」


 私が考えていることが分かるアクアが、宙に浮いた。


「みなさーん、こちらに注目!」


 精霊となった今、彼女が意識すれば、その言葉がみんなに聞こえるようになっている。

 

「よ、妖精?」

「な、なんだ!?」

「アクアちゃんに似てるけど、ちょっと大きい?」


 みんながアクアに注目している間に、そっとギルドの入り口に向かう。

 私が扉を開けた音で、みんな気づいたようだ。

 全速力で走りはじめた私の後を、ダレンを先頭に、みんなが追いてくる。

 

「メグミ殿ー、我が主ー!」

「我が姫ー!」

「メグミさーん!」

「待ってー!」


 騎士ダレン、皇帝、レフ、ライの後ろには、笑い声をあげているシュテイン皇太子、ギルドの冒険者たちが追いかけてくる。


「逃げろー!」

「逃げろー!」


 アクアを頭に乗せたピーちゃんが、私の前を飛ぶ。

 私たちの姿を見た、街の人たちが、拍手と歓声を上げる。

 きっとみんな、何かのイベントだと思ってるわね。


 明るい笑い声と、拍手の中、私は坂道を駆けあがる。

 坂の上には、青い空がどこまでも広がっていた。


幸運無限の少女 - メグミとピーちゃんの異世界紀行 - 完

――――――――――――――――


 子竜ピーちゃん、妖精アクア、メグミの話を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

 幸せいっぱいのこのお話は、ここでお終いです。

 お話の続きは、きっと皆さんが心の中に創ってくださるでしょう。


 ピーちゃんは、どうして小さいままだったか?

 その謎が残っていましたね。


 実は、『縮小の魔法』は、ずっと前に効果が切れていたんです。ピーちゃんは、メグミとべたべたしたいから、夜中にこっそり自分に魔法を掛けていました。

 メグミの抱っこと、ピーちゃん袋の居心地が、よほど良かったのでしょう。


 なお、お話の中で、時々出てきた影の登場人物を主人公としたお話「スキルクラッシュ(改訂版)」が始まります。

 こちらは、アクション、お色気アリで、このお話とは全く違う雰囲気ですが、舞台は同じ世界です。

 このお話でメグミが活躍した、ティーヤム国(トリアナン王国)、フェーベンクロー公国、モリアーナ王国を舞台に、一人の少年が冒険するお話になっています。

 このお話に出てきた登場人物が、たくさん出てきます。

 このお話とは、雰囲気が、がらりとかわったハードボイルドとなっております。 

 それでは、いつかまたアクア、ピーちゃん、メグミに会える日を夢見て。

 さようなら。


 

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メグミとピーちゃんのファンタジー旅行 空知音 @tenchan115

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