第63話 戦乱と少女8

「あなたは誰?」


 私は、自分を助けてくれた、小さな生き物にそう尋ねた。

 生き物はアクアに似ているが、二回りほど大きく、羽根も四枚あり、女性と分かる体つきをしていた。

 鮮やかな青い光をまとっている。


「我は、フォーレ。

 人間は、『水の大精霊』と呼ぶ」


「えっ?

 あなたが、アクアが言っていた大精霊様?」


「そうじゃよ。

 それより、あの者たちをどうするか決めよ」


 大精霊は、小さな手で水のカーテンを指さした。

 その向こうに、皇帝たちがいるのだろう。


「ああ、でも、その必要はなさそうじゃな。

 彼らに決めてもらおうか」


 水の大精霊は、そう言うと、ピーちゃん袋に手を触れた。

 その手は、まるで布地が無いかのように、袋の中に入っていく。

    

「あれ?

 ここ、どこ?」


 袋の蓋が開き、ピーちゃんが顔を出した。


「あれ?

 アクアに似てるけど、違うね。

 君は、だれ?」


「水の大精霊フォーレじゃ」


「えええっ!

 だ、大精霊様っ!?

 どうしてこんな所に?」


「我が眷属けんぞくから呼ばれたのじゃよ」


 どうやら、アクアが大精霊を呼びよせたようだ。


「お前のお仲間も、到着したようじゃな」


 急に暗くなった空を見上げると、何か大きなものの大群が、空を埋めつくしていた。

   

「あっ、竜王様!」


 ピーちゃんが叫んで、空に飛びあがった。

 どうやら、ドラゴニアから竜のみんなが助けに来てくれたようね。


 ピーちゃんを頭に乗せた大きな黒い竜が、高度を下げ、私の横に着地した。


「竜王様、お久しぶりです。

 どうやってここが?」


「ソル・ロード、あなたが、我らを呼ぶ笛を吹いたのではありませんか?」


「いえ、吹きたかったけど、吹けなかったの」


「どういうことでしょう?

 まあ、それはともかく、まずは我が背にお乗りください」


 一度やっていることなので、私はためらいなく尻尾を伝い竜王様の背中に登った。

 そこには、以前私が使ったことがある革製の鞍が着いていた。

 手綱を握り、鞍に座る。


「では、飛びますよ」


 たった一度羽ばたいただけで、竜王様は空高く昇った。荒野を埋めている帝国軍の、まん中あたりに降下する。

 恐怖に駆られたのだろう、乗り手を放りだした馬が、逃げだしている。

 竜王様は、皇帝用の巨大な山車に向かい、火を吹いた。

 それは一瞬で燃えあがり、バラバラに吹きとんだ。


 振りかえると、七、八台あった投網用の台車が、全てバラバラになり、煙を上げている。

 そちらも他の竜が燃やしたようだ。


 すでに混乱していた帝国軍は、それをきっかけに大混乱に陥り、後ろも振りかえらず逃げだした。


 竜王様含め、数体の竜が、腰を抜かし地面に倒れている皇帝とその騎士を取りかこむ。

 彼らは、まっ青な顔でガタガタ震えていた。


 竜王様から降りた私の胸に、ぴゅんとピーちゃんが飛びこむ。


「メグミー!」


 私はピーちゃんをハグしてから、皇帝に近づいた。


「ゆ、許してくれ、こ、殺す気はなかったのだ!」


「私を奴隷にしようと考えていたみたいね」  


「そ、それは……」


 大精霊が、竜王様の頭に座る。

 

「竜王よ、この男をどうするのじゃ」


 大精霊様は、竜と会話ができるみたいね。


「大精霊様、何かお考えがありますか?」


 竜王様が、うやうやしく尋ねた。


「うむ。

 ヤツに借りは作りたくないが、ここは仕方ない」


 大精霊は竜王様の頭から飛びたつと、皇帝の頭上で羽ばたいている。

 彼女の手には、白く光る小さな玉が握られていた。 

 それを、皇帝の頭頂部に押しあてる。

 玉は、彼の頭に、すうっと吸いこまれた。

 皇帝が意識を失い、ぱたりと倒れる。


「地の大精霊ポロンクが作った玉じゃ。

 これで、こやつは、ドラゴンの力を使おうなどと、二度と思わぬはずだ」


 大精霊は腰に手を当て、そう言った。


「では、こやつらは、適当な場所に捨ててきます」


 竜王様の合図で、数体のドラゴンが、皇帝とその騎士たちを前足でつかみ飛びさった。


 ◇


「大精霊様、我らがソル・ロードとプリンスをお助けくださり、ありがとうございます。

 ソル・ロード、またいつでも、我らをお呼びください。

 では、我らはここで」


 ドラゴンの群れは、竜王様を先頭に北へ飛びさった。


 大精霊が地上に降り、小さな両手を地面に入れる。

 引きだされた手には、アクアが抱えられていた。

 アクアは力なく、ぐったりしている。


「アクアっ!

 どうしちゃたの!?」


「こやつは、我を呼ぶのに、その命をつこうたのじゃ」


「そ、そんなっ!」


「水の妖精は、死ぬとただの水となる。

 それまで、お主が抱いてやれ」


 大精霊フォーレは四枚の羽根を震わせ宙に浮くと、アクアをピーちゃんの頭に乗せた。


「アクアっ、アクアっ、死なないでっ!」


 私が叫んでいる間にも、アクアの体から青い色が抜けていく。

 両手でアクアを包み、元気づけようと揺する。


「メグミ スキ……」


 アクアはそう言ったが、その声は細く、今にも消えそうだった。

 

「アクアっ、死んじゃダメっ」


 手に乗るアクアの体から、最後に残っていた力が失われていくのが分かった。

 

「アクア、しっかり!」


 ピーちゃんが、私の手に乗るアクアをじっと見上げている。


「ピー……」


 最後の言葉を残し、アクアが消えかける。

 その時、こぼれ落ちた私の涙がアクアの身体に触れた。

 そこを中心に、彼女の体が光りだす。

 光が消えた時、アクアは光をまとった水の玉になっていた。


「アクアーっ!!」


 私の叫びが、荒野を渡っていく。


「ど、どういうことじゃ?」


 大精霊フォーレは、そう言うと、光の玉に近づく。


「大精霊様、ア、アクアは?」


「よく見ておれ」


 彼女は、その指先で光の玉にちょんと触れた。

 玉の表面がスッと消えると、中から膝を抱えた青い妖精が現れた。


「アクア?」


 妖精は、ゆっくり顔を上げると、私の方を見た。


「メグミ!」


 妖精が私の胸に飛びこんできた。


「メグミ、よかった。

 フォーレ様が、助けてくれたのね」


 えっ!?


「アクア、普通に話してる――」


「なるほどのう、そういう事じゃったか」


 大精霊フォーレが、そうつぶやいた。


「フォーレ様、これは一体?」


「こやつ、妖精から精霊に昇格しおった」


「えっ!?」


「めったにないことだがな。

 お主が身に着けている何かと、こやつが共鳴したようじゃ」


 思い当たることがあったので、首から下げた貝殻型のペンダントを手に取った。

 ピンク色のそれは、うっすらと青い光りを帯びていた。


『幸運の少女よ、よかったな』 


 一瞬、神樹様の声が聞こえた気がした。

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