第62話 戦乱と少女7


 私たちのために用意された小テントに戻ると、ピーちゃんはその名前の由来になった、ぴーぴーという可愛らしい寝息を立て、眠ってしまった。 

 アクアも水筒の中に入ってしまい、一人になった私は、マジックバッグから食べ物を出した。

 スティーロ名物の焼き菓子ダザラとモリアーナ国王にもらったお茶を夕食にする。

 焼き菓子に入った甘く香ばしいナッツの味が、最高級のお茶で引きたつ。

 思わず、いつもより多くを食べ、簡易寝台に横たわる。

 どうやって皇帝を説得してその考えを変えさせるか、考えを巡らすうち、いつの間にか眠りに落ちていた。


 ◇


 次の日、外の騒がしさで目が覚めた私は、テントの入り口から顔を出してみた。

 騎士、兵士が、バタバタと走りまわっている。

 その様子が、ただ事ではない。


 私は水筒の水で顔を洗うと、ぐっすり寝たままのピーちゃんとアクアをテントに残し、外へ出た。


「おお、メグミ殿、お目ざめですか」


 ダレンがカチャカチャと音を立て、走ってくる。

 彼は最初に会った時の革鎧と違い、銀色に輝く金属製の鎧を身に着けていた。

  

「おはよう。

 ダレンさん、みんな、どうしたの?」


「それが、急に皇帝陛下がおいでになるということで、準備をしているのです」


「えっ? 

 皇帝陛下が、こんな所に来るの?」


 こちらから皇帝がいる所に行くと思っていたから、凄く驚いた。

 一国の主が、原野の中にあるテント村にわざわざやってくるのは、ただ事ではない。


「竜騎士殿に、一刻も早くお会いになりたいのかもしれません」


 うーん、そんな事があるだろうか。

 私が会いたいという話が伝わっていても、お城に来いと言えば済むだけだと思うんだけど。


 そのとき、遠くでトランペットに似た管楽器の音がした。

 

「陛下のおなりです」


 ダレンの視線をたどると、荒野を埋めつくすような人の波がこちらに近づいてくるのが見えた。

 一体、どういうことなの?


 ◇


 ダレイラス三世は、皇帝用の特別な客車に乗り、前方にあるテント村を眺めていた。


 いよいよ大陸に覇を唱える時が来た。

 若い皇帝は、まさに血沸き肉躍るという心境だった。

 

 今日は、我が人生にとり、そしてバーバレス帝国にとり、記念すべき一日となる。彼は、そう確信した。

 ドラゴンの力を手に入れる。

 その夢がかなう日が、こうして訪れるとは。


 ダレイオス三世の顔は、喜びに輝くばかりだった。


 ◇


 鶴が翼を広げたような陣を敷いた、バーバレス帝国軍の中央に向け、私は歩いていた。

 斜め前には、先導役のダレンがいる。

 軍隊を構成する兵士の顔がはっきり分かる位置までくると、ダレンが片膝を地面に着いた。

 まだ寝ているピーちゃんを入れた袋を肩から掛けた私は、その後ろに立ったままだ。


 軍の中央辺りに、沢山の白馬に牽かれた巨大な山車のようなものがある。

 その上に座っている若者の顔がはっきり見えた。

 浅黒い顔にうすら笑いを浮かべ、目をぎらつかせているその様子は、とても友好的とは言えなかった。


「騎士ダレンよ、ご苦労であった」


 荒野に大きな声が響いた。

 おそらく、拡声器のような魔道具を使っているのだろう。

 山車の上にいる若者が、その右手を口に当てている。


「余が、バーバレス帝国皇帝ダレイオス三世である」


「メグミ殿、お名乗りを」


 ダレンが頭を下げたまま、小さな声でそう言った。


「竜騎士メグミです」


 なるべく大きな声で言ったが、皇帝の所まで届いたかどうかは、はっきりしなかった。


「竜騎士よ、その方、ドラゴンを操ると聞くがまことか?」


 どうやら、私の声が聞こえているみたいね。


「操るわけではありません。

 彼は、私の友人です」


「ほうっ!

 その方、ドラゴンと言葉が、交わせるのか」


「はい、ドラゴンとお話しできます」


「よいぞ、よいぞ!

 では、ドラゴンに命令することもできるな?」


「友達には、命令などしません!」


 私は、大きな声ではっきりそう言った。


「言葉が交わせると分かれば十分だ。

 後は、こちらで何とでもする」


 どういう意味だろう?


 皇帝の真意は、すぐに形となった。


「かかれっ!」


 彼の掛け声と同時に、軍隊の中央辺りが割れ、台車のようなものがいくつか前に出てくる。

 それが、どんどんこちらに近づいてくる。

  

「ダレンさん、あれ、何?」


 まるで私の質問を合図にしたように、台車から何かが撃ちだされた。

 それは空中で大きく開き、私たちの上に落ちてくる。


「なっ、こ、これはっ!?」


 恐らく、何が起こるか知らされていなかったのだろう。

 ダレンさんが驚いている。

 私たちの上に落ちてきたのは、網だった。

 見るからに頑丈なロープで編まれたその網は、何枚にも重なり、私たちを覆った。

 

「ドラゴンを操る術は、このダレイオス三世が手に入れたぞ!」


 魔道具で拡声された、得意気な声が網を通して聞こえてくる。

 それに応え、軍隊からときの声が上がった。

    

「「「おおおーっ!」」」

「「「ダレイオス三世、万歳!」」」

「「「バーバレス帝国、万歳!」」」


 私は重い網に押しつぶされ、地面に押しつけられる形になっていた。

 ピーちゃんがつぶれないように、なんとか膝立ちの姿勢を保っているが、網の重さに今にも押しつぶされそうだ。

 

「あううっ、ピーちゃん!

 大変な事になってるの!

 起きて!」


 何度も呼びかけるが、ピーちゃんは反応しない。

 

「メ、メグミ殿っ!

 このような事になり、まことに申し訳ないっ!」


 何とか網から逃れようと、ダレンが動いているが、もがけばもがくほど網が絡まっているようだ。

 

 私は、万一の時に竜王様から渡されていた笛の事を考えていた。

 あれさえ吹ければ、ドラゴンのみんなに助けてもらえる。

 しかし、ドラゴンを狙っている皇帝の前に彼らを連れてきていいのか決めかねる。

 身動きすらできない私は、首から吊るしたその笛を手にすることもできない。

 まさに、絶体絶命だった。


 ◇


 従者が組みたてた階段を使い、特別製の山車から降りたダレイオス三世は、十人程の近衛騎士を引きつれ、竜騎士を捕らえた網の所まで来た。幾重にも重なる網の下に金髪の少女がうずくまっているのが見える。

 

 少女が抱える袋の中にドラゴンがいると知っていたから、隣の騎士が腰に下げていた剣を鞘ごと奪うと、それを網の隙間から入れ、その袋をこじ開けようとした。


 その時、網の隙間から、羽根をつけた青い生き物がふわりと浮きあがった。辺りに、リリリと鈴のような音が広がる。

    

「アナタ ワルイヒト!

 メグミ ト ピー ヲ イジメタ

 アクア ユルサナイ!」


 生き物はそう言ったが、皇帝や近衛騎士には、その声が聞こえなかった。

 青い生き物は身体をぷるぷる震わせると、頭から地面に飛びこんだ。

 それは、地面にぶつかることなく、すっと地中に消えた。


「な、何だあれはっ!?」


 皇帝が驚きの声を上げる。

 しかし、特に、何も起こる気配はなかった。


「驚かせるぜ、全く」

「陛下の御前だぞ、黙れ!」


 若い近衛騎士が漏らした言葉は、隣の先輩騎士から咎められた。

 皇帝が再び剣の鞘で網の中を突こうとしたとき、それは起きた。


 地面から水が湧きだしたのだ。

 

「な、なんだこれはっ!?」


 皇帝が思わず一歩下がる。

 不思議なことに、水は網がある場所を円形にとり囲むように湧きだしていた。

 さらに、驚くことに、その水が立ちあがり、網を囲うカーテンのようなものを形づくった。


「ど、どうなってるっ!」


 さっき若い騎士の無駄口を咎めた騎士が、思わずそう口にする。

 一人の騎士が水のカーテンに触れたが、それは鋼鉄のように固く、冷たかった。

 そのカーテンの内側では、彼らが思いもよらないことが起きていた。


 先ほど地面に消えた生きものより、二回りほど大きな、そして四枚の羽根をもった青い生きものが、すうっと姿を現した。それは、小さいながら、女性だと分かる体つきをしている。

 その生きものが、小さな手でそっと触れただけで、網がパラパラと切れた。


 網に囚われていた、少女と騎士が、驚いた顔で立ちあがる。

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