第61話 戦乱と少女6
「ダレンさん、その前夜祭というのに私たちが出席すればいいのね」
「はい、どうかよろしくお願いします」
「メグミー、美味しい食べ物が出るの?」
「ピーちゃんが、美味しいものは出るのかって」
「それは、出ると思いますよ」
「なら、それに行こうよ!」
「ピーちゃんが、乗り気なので私も参加します」
「メグミ、ミズ」
アクアが、顔の前をくるくる飛んでアピールする。
テントから外に出ると、マジックバッグに入れている皮の水入れを取りだし、その口を開けると、地面に水を垂らす。
アクアは、戯れるように、落ちる水を浴びている。
「ミズ スキ」
一袋の水が全て地面に落ちると、納得したのか、アクアはピーちゃんの頭に乗った。
ほんと、この二人は仲がいいわね。
最初、出会った時は、お互いあんなにいがみ合ってたのに。
私は、アクアがピーちゃんの鼻を撫でるのを、幸せな気持ちで見ていた。
◇
マチャットという商人が主催する『前夜祭』は、思ったよりこじんまりしたものだった。
テントは大型のものを使っているが、参加人数が少ない。
私以外には、マチャットを含めて商人が三人、ダレンを含めて騎士が三人、それに将校が三人で、九人しか参加していない。
他は、食事の給仕をする者が四五人いるだけだ。
「それでは、竜騎士殿と皇帝陛下の、明日の会見を祝い、前夜祭を始めます」
マチャットの言葉で、みなが席から立ちあがり乾杯した。
料理が運ばれてくる。
前菜やスープから始まるのは、地球のコース料理に似ている。
香ばしい匂いが、テント中に広がった。
「いい匂い!」
ピーちゃんが、袋から顔を出す。
「アイアンホーンのステーキが、お好きだとうかがっております。
どうぞ、たくさん召しあがってください」
商人の合図で、銀のプレートに載ったステーキが運ばれてくる。
「アイアンホーンの中でも、特に希少な種類の、特別な部位を焼いております」
ピーちゃんは、さっそくお皿のお肉にかぶりついている。
アクアは、テーブルに置かれたグラスの中で水浴びしている。
私が目の前にあるサイコロ型ステーキを串に刺し、口に持っていこうとしたとき、背後に人の気配を感じた。
振りむくと、太っちょおじさん、モスコー将軍が、まっ赤な顔をしてそこに立っていた。
◇
「皇帝陛下に取りいりおって!」
叫んだモスコー将軍が、私の手にした串を奪いとり、それを口にする。
「もぐもぐ、おう、こりゃうまいのう。
ニセの竜騎士などには、もったいない肉じゃ」
「モスコー将軍!
一体、何てことしてくれるんですかっ!」
前夜祭を主催者している、商人マチャットが叫んだ。
「こやつのせいで、ワシは謹慎じゃ」
とんでもないおじさんね。
言いがかりもいいところだわ。
「ダレンよ、お主、昇進したそうじゃな」
太っちょおじさんが、少ない髪をふり乱し、ダレンの方をにらみつける。
ダレンは、黙ったままだ。
「ワシが、祝ってやろう。
んぐんぐ」
おじさんは銀のプレートを両手に持つと、それに顔を埋めるようにして、私のお肉を全部食べちゃった。
ある意味、器用だと言えるわね。
緊迫したテントの中に、ピーちゃんののんびりした声が流れる。
それが、うなりごえにしか聞こえない他の人は、ギョッとした顔をした。
「メグミー、なんだか凄く眠いよ」
見下ろすと、私の膝に載っているピーちゃんの首がゆらゆら揺れている。
私は慌てて彼を袋に入れると、立ちあがった。
「友達が眠そうなので、私はこれで失礼しますね。
ごちそうさまでした」
私はまだ何も食べていないけれど、一応そう言っておく。
ピーちゃん袋に飛びこんだアクアを連れ、自分のテントに戻った。
◇
気まずい雰囲気となった前夜祭が終わり、将校や騎士がテントを出ていく。
お酒も飲まないのに、なぜか眠ってしまったモスコー将軍は、騎士が二人がかりで運びだした。
中に残ったのは、商人マチャットとその部下が二人だ。
「ボス、どうしやすか?」
マチャトの前にひざまずいた部下が、そう口にする。
「そうだの。
とりあえず、ドラゴンだけは睡眠薬入りの肉を口にしたようだから、最低限の仕事はできておる。
下手に動いて、全てを台無しにするわけにはいかん。
後は、陛下にお任せしよう」
目に鋭い光をたたえたマチャットが、自分に言い聞かせるように、低い声でつぶやいた。
彼は商人とは名ばかりで、実はバーバレス帝国皇帝に代々仕える秘密組織の長だ。
「では、私めは、お城へ連絡を」
「うむ、頼むぞ」
夜中の荒野は様々な魔獣が徘徊しており非常に危険だ。しかし、マチャットの部下は、常日頃からそういうことに慣れていた。
部下がテントから出ていき、後にはマチャットだけが残った。
「どうも、嫌な予感がする」
彼には似合わぬその言葉を聞いたのは、テントの生地に貼りついた小さなトカゲだけだった。
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