第60話 戦乱と少女5
バーバレス帝国皇帝ダレイラス三世は、一昨年、賢王と呼ばれた祖父ダレイラス一世が崩御した後、クーデターを起こし、今の地位についた。
弱冠二十四歳の若者だ。
表情が読みとりにくいその顔は、しかし、他国との交渉において、いつも有利に働いた。
外交筋では、すでに先代賢王を超える逸材ではないかという評判だ。
彼が優れているのは、外交手腕だけではない。
この若い皇帝には、有無を言わせず人を従わせる覇気があった。
彼がクーデターを起こしたとき、数多くの軍人が同調したのは、彼こそが大陸統一を果たす人物だと信じたからだ。
石造りの殺風景な玉座の間では、豪華に着飾った、そのダレイラス三世が目の前でひざまずく男を見下ろしていた。
「マチャットよ、そちの情報に間違いはないな?」
がっしりした大柄な男は、その体形に似ず、商人だった。
「はっ、間違いございません。
手の者に直接ドラゴンを確認させました」
「ふむ。
竜騎士が自ら出張ってきたとはな。
この期を逃す手はない」
彼は商人を下がらせると、宰相を呼びよせた。
「宰相、隊の指揮を執っているのは、モスコー将軍だったな」
「はっ」
「ヤツは、必要な情報を報告しなかった。
謹慎させよ」
「はっ」
「竜騎士を見つけた騎士の名は?」
「騎士ダレンにございます」
「その男は、二階級特進させよ」
「はっ」
信賞必罰を徹底させることで、彼は短期間で帝国をまとめ上げてきた。それがここでも発揮された。
「竜騎士を迎えに、余が自ら出向くぞ。
帝都の守備を除き、動ける軍は全て余が率い、北へ向かう」
「はっ、すぐに準備いたします」
部下を二人連れた宰相が、早足に部屋を出ていく。
若き皇帝は、玉座から皇都の街並みを眺めていた。
砂漠が多いこの地から、水の豊かな実り多き北の大地を手に入れ、それを足掛かりに、一気に大陸全土へ覇権を打ちたてる。
彼の野望は、確固たるものだった。
そのために竜の力は絶対に必要だ。
竜の力を手に入れるためなら、手段を選ぶ気はなかった。
折しも、窓の外では帝都を覆うように、砂嵐が荒れはじめた。
◇
「ど、どういうことじゃ!」
荒野に張られた大テントの中では、モスコー将軍が目の前の男を睨みつけていた。
「その手紙に書いてあるとおりですよ。
あなたは職を解かれ、地元で謹慎となります」
「だから、それはなぜじゃときいておる!」
「あなた、皇帝陛下に逆らうのですか?」
感情のこもらぬ声で返した男は、白い軍服に金色のタスキを掛けていた。
それは『王の口』と言われる特別職の姿だ。
皇帝の命令を直接伝えるのが彼らの仕事だ。
「ど、どうしてこんなことに……」
モスコー将軍は、どこで自分が間違えたか、それすら理解できなかった。
◇
「えっ?
私が、近衛騎士に?
どういうことかな?」
ダレンが使っている、騎士用の小テントを訪れた商人マチャットは、本人もまだ聞かされていない昇進を伝えた。
「皇帝陛下は、あなたが竜騎士殿を見つけたことを、高く評価しておられます」
「それにしても、いきなり近衛騎士とはな」
ダレンは呆れたように言う。
「竜騎士殿の情報を上げなかったモスコー将軍は、謹慎となるようです」
若い皇帝が信賞必罰を徹底しているとは知っていたが、それがまさか自分に訪れるとは、思ってもいなかった。
「皇帝陛下は、自ら竜騎士殿をお迎えにいらっしゃるようです」
ちょっと信じられない話だが、このマチャットという男は陛下に近く、事情通として知られている。
「分かった。
お主の用はそれだけか?」
「よくお分かりで。
実は、もう一つお知らせすることがあります。
陛下の肝いりで、前夜祭がひらかれます。
私は、その手配を申しつけられました」
「前夜祭?」
「竜騎士殿を歓迎するためですよ」
「大げさだな。
おっと、今のは内緒にしておいてくれよ」
商人はそれには答えず、彼にとって最も肝心なことを伝えた。
「前夜祭には、必ず竜騎士様とその竜共にご参加のほど、よろしくお願いいたします」
「うむ、伝えておこう」
「頼みましたぞ。
万が一の時は、私の首と胴が離れ離れになりますから」
「分かった。
必ず出席していただけるよう、伝えよう」
「くれぐれも、お願いしますよ」
商人は最後にそう念を押すと、テントから出ていった。
騎士としての矜持が高い彼は、言葉が軽い商人マチャットを信用はしていないが、この場合、仕方がないだろう。
ダレンは、竜騎士メグミが滞在しているテントへと向かった。
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