終話
ある日、遅くまで仕事をしていた私は、終電を逃してしまったわ。
運悪くケータイも電池切れだったけれど、自宅の電話番号は暗記しているから、公衆電話で迎えを呼ぶことができる。
私は駅前にあるガラス張りの電話ボックスへ向かったわ。
ガラス戸を押し開けて受話器に手をかけたとき、ふと、以前あいつに教えてもらった都市伝説を思い出してしまったの。
くだらないと思いながらも、暗い街路灯の明かりを頼りに数枚の小銭を手のひらに転がして、製造年を見てしまう。
私が生まれた年の十円玉は…………、あった。
きっと疲れていたんだわ。
普段ならこんなこと試そうとすら思わないもの。
私は受話器を肩に挟んでから、深く息を吸って、吐いた。
不器用な指先で十円玉を投入口に押し込んで、ゆっくりと生年月日をダイヤルしていく。
ボタンを押すタイミングで鳴る電子音を受話器からひとつずつ確認した。
ダイヤルが終えた後、時間が止まったかのような静寂を感じたわ。
かかるはずがない、と思いながらも、期待が高まる。
呼吸をするのも忘れて耳を済ますと、自分の心音が跳ねた気がした。
直後、受話器から呼び出し音が聞こえた。
繋がった!?
戸惑っている間に、2回目の呼び出し音が鳴っている。
今すぐ切るべきか、と迷った。
迷っているうちに、3回目の呼び出し音が鳴る。
誰かが受話器を取る前に切らないといけないことは分っていた。
だが、手は受話器を固く握りしめたまま動かない。
4回目の呼び出し音が鳴った。
その音の途中、プツリと途切れて無音になる。
小さな息遣いとかすかな布ずれの音が聞こえた気がした。
そして、たどたどしい口調の少女の声。
あい、どちらさまですか?
脳裏には、両手で受話器を持つ幼い自分の姿が浮かんだ。
そこで思わず言ってしまったの。
………………………………。
あら?
何と言ったか、聞いてくれないの?
それとも興味がないのかしら?
………………………………。
そう。
どうしても、答えてくれないのね。
残念だわ。
本当に残念。
………………………………。
次はもう少し工夫するわ。
だから、またかけてね。
電話、待ってるわ。
無言電話 桐谷春木 @kiritaniharuki
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