また明日。

ハイジ

大きな一歩

 今日が最後の『また明日』。

明日は卒業式だ。明日で先輩に会えなくなると思うと今にも泣きだしそうだった。

「また明日ね。明日の卒業生代表の言葉、ちゃんと聞いててね?」

笑顔でそう言う先輩が、どこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。

「はい、もちろんです!お疲れ様でした」

僕は先輩に気取られないように無理やり笑顔を作って言葉を返す。

明日なんて来なければいいのに。

先輩と別れ、一人で帰る道のりで僕はそんなことを考えていた。


 当然、僕の願いなど叶うはずもない。僕の気持ちとは裏腹に、当たり前に卒業式はやってくる。

式は順調に進み、残すは卒業生代表の言葉と、閉式の言葉だけだ。

司会の先生によって先輩の名前が呼ばれる。

「はい」という透き通った声の後、体育館は静まり返る。

静かな体育館に響くのは先輩の足音だけ。先輩が登壇し、礼をする。それに合わせて卒業生も礼をする。卒業生代表の言葉を話す先輩はとても堂々としていた。そんな先輩に僕の視線は釘付けになる。いや、僕だけではないだろう。この場にいる全員が彼女の世界に引き込まれている。

 とんでもない人を好きになってしまった。

こんな光景を見る度に毎回思う。テニスの試合だってそうだ。彼女がコートに立つと空気が一変する。彼女はそんな不思議な力を持った人間だった。

 彼女のスピーチを聞いていた何人かは、こらえきれなくなったように涙を流している。僕も泣き出しそうになるのを我慢して、先輩を見つめ続ける。少しでも先輩の姿を目に焼き付けておきたかった。

堂々と話す先輩はとてもきれいで、そして、とても凛々しかった。


 式が終わった。辺りでは、卒業生と在校生が別れを惜しんでいた。

そんな光景を見ていると、このまま想いを伝えずに終わってしまって良いのだろうか。そんな思いがふと、頭をよぎる。

少しの逡巡の後、「良いわけない」と小さく、だけれど力強く呟いて僕は夢中で走り出した。

きっとまだ校内にいるはずだ。

教室、体育館、屋上。先輩の姿は見当たらない。

でも、僕には先輩がどこにいるのかわかっていた。


 やはり僕の思った通り、先輩はテニスコートに立っていた。

「先輩」僕がそう声をかけると先輩は少し驚いたようだった。

「よくここにいるってわかったね」

「当たり前ですよ。ここ、先輩のお気に入りの場所じゃないですか」

「そっか、すごいね綾人くんは。なんでも知ってるんだ」

先輩はそう言って微笑む。その笑みはどこか寂しそうで、どこか決意に満ちていた。

「僕、先輩に伝えなきゃいけない事があるんです。聞いて、くれますか……?」

「うん、いいよ。なにかな?」

先輩は頭にハテナマークを浮かべ、僕に尋ねる。

「僕、先輩のことが好きなんです。1年生の頃から。テニス部に入って、先輩に出会って。たくさんの思い出があります。でも、先輩とのことを思い出だけにしたくないんです。これからもずっと先輩と一緒にいたいんです。」

僕はありったけの想いを先輩にぶつける。

これでふられるのなら仕方がない。そんな気持ちだった。

だが、先輩の答えは思いもよらないものだった。

「ありがとう。あのね、綾人くん。私がここで何をしてたと思う?」

突然の問いに僕は戸惑う。

「わかりません。テニスコートにお別れですか?」

頭を使って答えをひねり出そうとする。

「それもそうなんだけれどね。私ね、テニスコート見ると勇気が湧くんだ」

「勇気、ですか?」

「うん、君に告白する勇気」

「え?じ、じゃあ」

「うん、綾人くん。私もね君のことがずっと好きなんだ」

先輩は、今まで見たことがないような満面の笑みで照れながら言う。

「先輩。好きです、大好きです」

僕は嬉しさのあまり先輩に抱きついてしまう。

「綾人くんったら。それに、もう先輩じゃないよ?花って呼んで」

普段は凛々しい先輩が照れているのがすごく可愛くて、つい抱きしめる手に力が入る。

「花先輩。すごく可愛いです」

「っ////綾人くんのばか」



 傾きかけていた太陽は、大きな空と僕たちの頬を赤く染めている。

今日の僕の行動は、周りからしたらほんの小さな一歩――もしかしたら一歩にも満たないものなのかもしれない。

けれど、僕にとってはとてもとても大きな一歩なんだ。

僕は先輩の手を握り正門へと向かって歩き始めた。

僕たちの『明日』はまだ続きそうだ。

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また明日。 ハイジ @6hige7

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