第14話

何か冷やすものを…と、部屋を出て戻ってきたフェイ。その傍らには両手に、水を張ったタライと白い清潔そうな布を持っている大きな男がいた。そう、先ほどクムの手を木刀で打ってしまった男だ。

その男からフェイが、タライなどの一式を受け取る。男は、一式を渡してしまうと手持無沙汰なのか、ふわふわと視線を泳がせた。

「この者は、私の長馴染みのガンという者です。怪我をさせてしまったことへの謝罪と、この度の采配についての感謝を言わせてほしい。」

フェイは、そう言った。そして、はたっとして、

「…言わせてください。」

と言い直す。


フェイが男を連れてきたことにムッとするクム。何も言わずに頷き、肯定の意を表した。

それを受けて、ガンはもにょもにょと話し始めた。

「この度は、まことに申し訳なく思っております。また、寛大な采配をありがとうございました。」


まったく。

クムは思う。

大男で、腕っぷしも強そうであるのに、どうしてこんなに気弱な態度なのだろう。


確かに、大男は迫力があった。ただ身体が大きいだけではない。衣服からのぞく上腕の筋肉たるや。王宮に努めている武官にも劣らない、いや、もしかしたら勝っているかもしれないほどだ。きっと、衣服を脱いだら隆々たる筋肉がその身体に纏っているのであろう。

また、長い前髪に隠れている鋭い目は、獲物を狩るオオカミを想像させるようである。まさに、武人という感じの男なのだ。

そんな男が、少女のフェイに守られるように、もにょもにょと話す様子は情けないとクムは思う。


ガンと名乗った男は、おそらくフェイから教えられたと思われる謝罪の言葉をたどたどしくクムへ言ったきり黙り込んでしまった。


はあ~。と大きく溜息をつくクム。すると、その溜息にビクっとガンは怯えたように体を揺らす。男の情けなさを憂いているとは思いも付かないフェイとガンは、こちらの顔色を窺うように見た。そして心配そうにクムを見つめ

「やはり、許してはいただけないのでしょうか?」

とフェイは訊ねた。


自分が無意識に出してしまった溜息一つで、ともすれば他人の人生の如何が決まってしまう王子という立場。最近のクムは、フェイがあまりにも自分に対して素っ気ない態度をとっていたので、そんな自分の持っている力を忘れてしまっていた。

いや。と、クムは思い直す。

忘れてしまったわけでは無い。自分を育ててくれたカヤですら、王子である自分と少し距離をおいたような振舞いをしているのに、この少女はそんなことお構いなしで歯向かってくる。しかも、まるで男の様な言葉遣いで。そして、そんなフェイとの関係を好ましく思っていたのだ。

しかし、今のフェイはまるで今までの関係性が無かったかのような、自分の顔色を常に窺っている王宮の女官たちの様で、クムはがっかりする。


クムがそんなことを考えているとは露ほどにも思っていないフェイは、懇願するように言った。

「何でも…何でもします。」


その言葉にキラリとクムは目を輝かせた。

「何でもと言ったな?」




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王と器 @213s

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