第13話
フェイは女官たちが下がり、誰も居なくなった部屋の扉を開ける。
キイィ。
王子の部屋のそれとは異なり、随分と軽い音がした。フェイの部屋は、扉同様とても質素だった。年頃の娘の部屋というのは、白粉や化粧の匂いが立ち込め、流行りの柄の衣など二、三枚掛かっていそうなものだが、そんな物は全く見当たらない。部屋の隅に小さな机が置いてあり、そこにあるこれまた小さな椅子をフェイは、部屋の真ん中へ持ってきた。
「お座りください。」
クムは、素直にそこに腰かけた。
「手を出してください。」
言われた通りに、スッと手を出す。フェイは、出された手がよく見えるように屈み、そっとその手を自分の両手で包んだ。その動作にドキリとするクム。
なぜ、自分はそんなに胸が跳ねているのだ。ただ、手当をしようとしているだけではないか!
クムは、自分の心臓の動きに驚いた。
そんなクムの心の動きなど、知らないとでも言うように、包まれた手は動かない。そして、フェイの視線が、包まれた手からクムの瞳へと移る。二人が見つめ合う形になり、更にクムはドキリとした。先程の心臓の跳ねたのとは異なり、今度はフェイの目に涙が溢れていたため、驚いたことが理由だった。
「ど…どうして泣きそうなんだ?」
その質問に答える代わりに、フェイは瞬きした。透明な雫が瞳から零れ落ちる。クムは思わず、その雫の行く先を視線で追ってしまう。
そして、フェイは小さく懇願した。
「どうか…。どうか、先ほどの者を許してください。」
あんなに不愛想で、自分に興味が無いような素振りをしていたフェイ。そんな少女が、涙を流してまで身を案じるなんて…。よほど、あの男のことが大切らしいと分かると、クムは何とも面白くない気持ちになった。
しかし、そんなフェイが泣いて自分にお願いしてくるのは気分が良かった。
「おい。怪我をした俺より、あの男のことが心配か。」
呆れたように、そしてイジワルをするように言う。フェイは、ハッとし包んでいた手を開き、怪我の具合を診た。
怪我は大したことは無さそうだった。木刀の切っ先を、瞬時に変えたということもある。が、クムも木刀の力を受け流すように手のひらを引きながら受け止めたようだった。さすが、王族。日頃の鍛錬は積んでいるようだ。
「傷は、さほど重くはありません。冷やしておけば数日で腫れは引き、元に戻ると思われます。」
クムは
「ふむ。」
と頷く。そして、負傷した手に少し力を入れてみた。
なるほど。力を入れてみると少し痛むが、何もしなければそう痛むことは無かった。木刀を振り下ろした男を庇い、傷の具合を軽く言うかと思ったが、フェイはそこそこ本当のことを言っているように思える。
「念のために、お医者様を及びしましょうか?」
フェイの提案にクムは首を振って答えた。
「医者には見せずとも良い。冷やしておけば治りそうなのだろう?」
「私の見立てでは、そのように思われますが…。」
心配そうに見つめるフェイ。そんな様子のフェイに聞こえるか聞こえないかの声でボソボソとクムは言った。
「医者など呼んだら、また騒ぎになるだろ?あの者も罪に問われるかもしれんし…」
その言葉を聞き、フェイは目を見開いた。そして、嬉しそうに立ち上がると
「ありがとうございます!」
と、深々と頭を下げる。
その喜びように、クムは満足した。クムの表情もほころぶ。が、ハッとする。
何を俺は喜んでいるんだ!手を負傷したんだぞ!
アイツの喜ぶ顔が見たくて、医者に見せないんじゃないからな。面倒くさいことにならないようにするためだからな!
何か冷やすものを持ってくると部屋を出たフェイの背中を眺めつつ、クムは自分自身をこう諫めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます