おとまりごっこ (4)

 食後。

 ライラックは、急にいつも通りっぽいテンションに戻っていた。


「じゃあ、私はお皿洗ってるから。葉月くんは先にお風呂入ってきてね」


 キッチンで皿を洗いながら、そんなことを言ってくるライラック。

 もう沸かしてあったとは、随分手際が良い。

 のんきにそんなことを考えながら、俺は風呂へと向かった。




 そんなわけで、浴室にて。

 俺は鏡の前に座り、のんびりと頭を洗い流していた。

 それにしても、ライラックのおままごとはもう終わったんだろうか。

 まあ、それならそれで、変に緊張しなくて済むからいいんだけど。

 なんて考えていたのもつかの間。


「やっほー葉月くん」


 脱衣所から、そんな声が聞こえてきた。

 振り向くと、半透明の薄い扉ごしに、ライラックのシルエットが透けて見える。

 ……なんか、ボディラインがくっきりしているような。しかも、やけに肌色の部分が多い気がするし。

 まさかこいつ、服着てないんじゃ……。


 そこで俺は察した。

 ライラックは、最初からこうするつもりだったんだと。

 テンションが元通りになっていたのは、油断を誘うための作戦だったんだろう。「一緒に入ろう」なんて、普通に提案されたら断るし。

 ……入りたくないかどうかは、また別として。

 

 一応、鍵はかけてある。 

 が、綿棒とかを突っ込んだら普通に解錠できるタイプだ。

 案の定、ライラックは鍵をこじ開け、浴室に押し入ってきた。


「きちゃった」

「いや、お前……」


 言いかけたところで、俺は止まった。

 ライラックの格好が、刺激的すぎたからだ。

 裸に、薄っぺらいタオル一枚巻いただけって。 

 俺相手にそんな姿を晒すなんて、本当にどういうつもりなんだこいつは。

 しかも強引な行動のわりには、その姿を見られた途端に恥ずかしそうにし始めるし。


 ……まずい、俺まで変な気分になってきたような。

 たまらず俺は、ライラックに背を向けた。

 そのままお互い、無言になる。

 なんなんだこの空気は。


「えっと……背中流してあげるね?」


 ライラックはそう言って、すぐ後ろにしれっと腰を下ろしてきた。


「いや待て。そこではい分かりましたとはならないだろ」

「まあまあ、そう言わずに」


 俺がツッコミを入れるが、ライラックは相手にしていない。

 しかし、このおかしな状況を受け入れるほど場慣れしている俺ではなかった。


「おい、どういうつもりだ。説明しろ」

「こうやってお風呂で背中流してあげるのって、ゲームだと定番のイベントでしょ? だから私もやってみようと思って」


 ゲームとはやっぱり、エロゲ―のことなんだろうけど。


「……俺の都合は無視かよ」

「あれ。葉月くん、もしかしていやだった?」

「あー……俺がどうこうってより、ライラックがそれで良いのかと思ったと言うかだな……」


 ライラックの問いに対し、俺は歯切れの悪い答えを返すことしかできない。


「私はその……うん。いいよ?」


 羞恥の入り混じった声で、ライラックはそう言った。

 ……これは。余計に断りにくい流れになってしまった気がする。

 素直に嫌だと言っておけば、逃げようがあったのに。変に気を使った結果、中途半端な答えになってしまった。


 どうしたものかと、俺が悩んでいると。

 後ろから、すっとライラックの腕が伸びてきて。

 しゃこしゃこと、ボディーソープを手に付けると、また腕を引っ込めた。

 そして、何やら背後でごそごそと動く気配がしたかと思ったら。

 ごしごしと、布のようなもので擦られる感覚が、背中に伝わってきた。


 ……ん?

 この布っぽいものの正体はまさか。

 他にそれらしきものは持っていなかったし、やはりそうなんだろう。

 間違いない。これはライラックが体に巻いていたタオルだ。


 つまり今、ライラックは一糸まとわぬ姿で俺のすぐ後ろにいる。

 ……こうなるともう、不用意に動けなくなってしまった。

 浴室から脱出するためには、今背を向けている方を向く必要があるわけで。

 そうなると、どうしてもライラックが視界に入ってくる。

 うっかり裸を見てしまった日には、どんな目に遭うか分かったもんじゃない。

 特に、そのことを後であのアホな義姉が嗅ぎ付けてきたりしたら、からかわれたりして面倒極まりないし。


 でもよく考えたらここまで入り込んできてるんだし、ライラック自身は見られてしまうことも織り込み済み……だったりするんだろうか。

 いや、だからって振り向いてじろじろ観察したりはしないんだけど。

 幸か不幸か、鏡は湯気で曇っているので、ライラックの姿が映り込んだりはしないし。

 据え膳食わぬは男の恥、なんて言葉もあるが、一方でこんな言葉もある。

 触らぬ神に祟りなし。

 そんな調子で俺が悶々とした気分でいる間にも、ライラックは背中を擦っていた。


「葉月くん、かゆいところはないですかー」


 やっている内に楽しくなってきたのか、ライラックの声は機嫌良さそうだ。


「……大丈夫だ」

「そっかそっかー」


 そう言って、鼻歌を鳴らし始めるライラックだったが。

 不意にその鼻歌が止んだ。背中を擦る手の動きも、緩くなる。


「こうしてて気づいたけど……葉月くんって、意外とたくましい背中してるよね」


 そんなことを言いながら、ライラックはくすりと笑う。


「あー……そりゃどうも」


 いきなり反応に困ることを言い出して、さっきからどういうつもりなんだこいつは。


「ふふっ、やっぱり葉月くんも男の子なんだねえ」

「やっぱりって……改めて実感するようなことかそれ。一目見ればわかるだろ」

「だって葉月くんって、私がその……色々仕掛けてるのに全然手出してこないし」


 なるほど。普通の男子高校生なら、ライラックの色仕掛けに乗ってくるものなんじゃないか、ってことか。

 そして俺は、ヘタレで女々しい奴だと。


 まあ、確かにそれは、一理あるのかもしれないけど。

 日頃のライラックの背伸びしている感を見る限り……いざ本当にそういう状況に持ち込まれてしまった時のこととか、ちゃんと想像したことないんだろうな、こいつ。

花嫁修業のパートナーとやらがもし俺じゃなかったら。

 俺みたいな凡人未満のどうしようもない奴ではなく、普通で健全な男子高校生が相手だったら。

 きっと今頃、大変なことになっていたに違いない。


「さて、と。背中はこれくらいかな」


 くだらないことを考えている間に、背中を擦り終えたらしい。


「次はー……前も洗う?」

「……アホか。そろそろ出てけ」

「え。ここまで来たら、一緒に入るのがお約束でしょ?」


 本当に、何を言ってるんだこいつは。

 からかうのもいい加減に……いや待て。ここは少し、試してみるか。


「……そこまで言うなら、そうするか」

「へ、あの……うぇっ!?」


 思いっきり、取り乱した声をあげるライラック。

 ……やはりそうだ。

 こいつはいつも思わせぶりなアプローチをしておきながら、いざ相手がそれに乗っかってきた時のことを計算していない。後先考えないタイプなのだ。

 この分なら、すぐにでも発言を撤回して浴室を飛び出していくに違いない。

 これを機に、ライラックも多少は自分の言動を見直して――


「じ、じゃあその……葉月くんは、先に入って待っててね? 私も身体とか洗いたいから」


 少し間が空いた後返ってきたのは、動揺が色濃く表れたそんな声。

 ……あれ、なんか思惑と違うような。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の家に魔法少女が花嫁修業に来てからの日常 りんどー @rindo2go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ