おとまりごっこ (3)
そうこうしている内にいい具合の時間になり腹も空いてきたので、ライラックが夕飯を作ってくれることになった。
初めて訪ねてきた恋人が腕によりをかけて手料理をご馳走してくれる、という設定らしい。
俺は食卓に座り、学校の課題をこなしつつ、キッチンで繰り広げられる調理風景を眺めていた。
ライラックは建前上、初めて訪問したお宅のキッチンを借りている筈……なのだが。
勝手知ったるとばかりの淀みない立ち回りで調理器具や食材、調味料を取り出し、手際よく料理をしていた。
キッチン内の配置を、完全に把握している。
押しかけてきて以来、我が家の台所を取り仕切っているのだから当たり前……というのは微妙に違うか。
まだ数日しか経っていないのにこの身のこなしは、ちょっとしたものだ。
それをこの状況で発揮することの是非については、なんとも怪しいところだけど。
「下手な棒読み演技したかと思ったら今度はこれとか……設定守る気あるのかないのかはっきりしてくれると助かるんだが」
ついつい、俺はそう本音を口にする。
「そこはほら、あくまで現実じゃなくて設定なわけだし。臨機応変にやればいいんじゃないかな」
手は止めず背中を向けたまま、制服の上からエプロンを羽織るライラックはそう主張する。
俺の部屋から発掘したエロゲーの山を平然と自室に持ち帰っておきながら、その部屋にある筈の私服には『初めて来た恋人の家に私服が用意してあったらおかしい』との理由から着替えず、それでいてお気に入りのマイエプロンを装着している辺りまさに有限実行な格好だ。
「何と言うか……都合いいよなあ」
「むぅ……そういう葉月くんこそ、あんまり興味なさそうな感じの割にはやたら細かいよね」
「いや、そんなことないぞ。多分、相対的に細かく感じるだけだ」
「相対的、って……もしかして、私のこといい加減だって馬鹿にしてる?」
ぴたり、と料理をするライラックの手が止まる。
「馬鹿にしてるかはともかくとして……そう聞こえたなら、心当たりがあるってことなんじゃないか」
「むぅ……」
キッチンの方から、ご機嫌斜めな唸り声が漏れ聞こえてきた。
何の勝負かは自分でも知らないが勝利を確信した俺が、しょうもない優越感に浸っていると。
「……あんまり言うと、ご飯抜きにするからね」
「それは困る」
俺は食い気味に即答した。
ライラックの作る料理は、何と言うか……美味いなんて表現では物足りないくらいには、美味い。
いったいどこのレストランで修業してきたんだよと言いたくなるレベル。
プロ顔負けの味なのだ。
「こ、困るって……そんなに食べたいんだ、私の料理」
面食らったような顔をして、ライラックがちらりとこっちを振り向いてくる。
「あー……まあ、そうだ」
流石に必死過ぎたかと心の内で自省しながら、俺は頷く。
だがあれが咄嗟に出た本音なんだから仕方ない。
そう、胃袋を掴みに来たライラックの策に、数日であっさりハマってしまったとしても、仕方のない話なのだ。
そんなチョロい胃袋の持ち主である俺に対し、ライラックは満更でもなさそうな笑みを隠しきれない様子で、
「ふーん……そっかそっかー。うん、それなら仕方ないね。今回は特別に、大目に見てあげようかな?」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
俺は軽く頭を下げつつ、思う。
ちょっと誉められただけでこの調子、こいつはこいつで分かりやすいと言うか、扱いやすいなと。
いやまあ、お預けを食らったら困るというのは世辞や方便とかではないんだけど。
今後もし何かやらかしてしまった時にライラックを宥める際の参考にはなったかもしれない。
下らないやり取りをしている内に、夕食が出来上がった。
料理が盛り付けられた皿を食卓に並べてから、ライラックは俺の対面に座る。
今夜の献立は肉じゃがと味噌汁、から揚げにハンバーグ……と、いかにもこういう状況において定番っぽい品々が豊富に取り揃えられている。
まずは肉じゃがを一口、食べる。
「えっと……どう、かな。おいしい?」
いかにも『初めて食べる恋人の料理の味はどう?』とばかりに尋ねてくるライラック。
俺は口の中にあるものを咀嚼し飲み込んでから、
「……最近よく食べるようになってきた味ってところだな」
「……つまり?」
「いつも通りだな。美味いぞ」
「そ、そっか。それは何より……かな?」
素直に口にした俺の感想を聞いて、若干歯切れの悪い反応を示すライラック。
例え相手が俺なんかでも褒められたらそれなりに嬉しいようが、シチュエーションにそぐわない感想だったから全面的には喜べない、って感じだろうか。
なんとなく察することは出来るが、配慮するかはまた別の話。
ただまあ、この味に対し新鮮味が薄れつつあるというのは、我ながら分不相応な贅沢だと思う。
なんてことを頭の中でぼんやりと考えながら、俺は順調なペースで皿に盛られた料理を減らしていく。
そんな中、ふと対面から視線を感じ、俺は顔をあげる。
と、そこに座るライラックは箸を止め、何やら機嫌よさそうにこちらを見ていた。
いや、見守っていたと表現するべきか。
不思議と、そんな生暖かさを感じさせる視線だった。
とは言え、あまりじろじろ見られては食事に集中できない。
「おい、さっきからどうした。顔にご飯粒でも付いてるか?」
「ん? もしそうならひょいっと取って口に運ぶのがお約束だから、そんなことはないけど」
きょとんとした表情で、とんでもないことを言い出すライラック。
俺は冷ややかな眼差しを送り、動機の説明について催促する。
と、ライラックは特に反省する様子もなく、笑顔を浮かべた。
「いい食べっぷりだなーって思いながら、楽しく葉月くんを観察してたの」
なんだそりゃ、と俺は心の内で突っ込んだ。
そしてふと、気になった。
「あー……今更だが、こんな調子で良かったのか?」
「うんっ。やっぱり自分の作った料理をここまで満足そうに食べてもらえると、悪い気はしないかな」
元気よく首を縦に振るライラック。
だが、俺の意図は伝わっていないようだ。
「そうじゃなくてだな……今日のことで、ライラックが味わいたかった気分とやらは満喫できてるのか、って意味だったんだが」
「それもまあ……うん。今のところはそこそこって感じだね」
えへへ、とライラックは笑う。
「でもそんなこと気にしてくれてたなんて……葉月くんも案外乗り気だったりして」
「いや別に。茶番に付き合わされた挙句その辺の成果も得られなかったなんてことになったら、俺の心労はただの無駄骨になるわけだろ?」
「なんか微妙に捻くれた思考回路な気もするけど……その辺は心配いらないんじゃないかな、夜はまだまだ長いわけだし。期待しててね、葉月くん?」
くすり、とライラックは意味ありげに微笑んだ。
その笑顔を見ていると……むしろ不安になってくる。
いったいこいつ、次は何をやらかすつもりだ……と勘ぐっていると。
ライラックが自分の箸でから揚げをひと摘まみし、
「だからとりあえず今は、葉月くんに餌付けして楽しむんだー」
俺の口に向かって突き出してきた。
餌付けってお前。
「はい、あーん」
「……」
「……あーん?」
「……」
「むー……あーん!」
断固として口を開かずにいた俺に痺れを切らしたらしい。
ライラックは若干苛立ちを滲ませた声とともに、俺の口にぐいぐいとから揚げを押し付けてきた。
俺はそれでも口を閉ざしたまま粘るが……こいつ、しつこすぎだろ。
やがて我慢の限界を迎えた俺がひと言物申してやろうと口を開きかけた、その時。
僅かに開いた隙間から、ライラックはここぞとばかりにから揚げを突っ込んできた。
そりゃそうだ、としか言いようがない。
苦労の末に目的を達成し、ひと仕事終えた感じで気持ちよく笑うライラック。
その向かいには、顔をしかめながらから揚げを咀嚼する間抜けがいた。
味についてはまあ……控えめに言って絶品だった。
◆◆◆◆◆◆
思ったより筆が乗ったのでもう一話続きます。
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