おとまりごっこ (2)
家に帰ってきた。
ライラックの言っていたことが本気なら、この瞬間から『おとまりごっこ』スタートである。
普段の『魔法少女とそのパートナー』『家主の義弟といきなり押しかけてきた同居人』といった関係性を一旦忘れ、『初めて自宅に恋人を呼んだ彼氏とお呼ばれして泊まりに来た彼女』という関係になるらしい。
ライラックの脳内に限るけど。
何はともあれ、やけにそわそわしたライラックとともに、俺は家の扉を開けて玄関に足を踏み入れる。
と、ライラックは遠慮がちにひと言。
「……おじゃましまーす」
初対面の時からして勝手に上がり込んでいたし、いつもは我が物顔で元気よく「ただいまー!」とか言っていた奴がこれとか、おかしな話だ。
俺たちは靴を脱いで廊下を進み、とりあえずリビングへ。
すると今度は、
「わ、わぁ……ここが葉月くんのお家かあ」
リビングの真ん中まで駆け入って、いかにも初見ですよとばかりに感嘆の声っぽいものをあげるライラック。
設定を遵守しようとするその心構えは評価できなくもないけど、肝心の演技が棒読みでぎこちないので大幅マイナスだ。
そんな、背後から注がれる冷ややかな視線を察知したらしい。
ライラックが照れくさそうに振り向いてこっちを見た。
「こ、こういうのは形から入るのが大事なのっ」
そういうことらしかった。
まあ好きなように続けてくれればいいか……と俺が完全に他人事のつもりで構えていると。
「さて。リビングの次は……やっぱり葉月くんのお部屋かな! ここ最近警戒されて入れない……じゃなくて初めて来たわけだし、やっぱり見てみたいと思うのが自然だよね!」
おもむろに、そんなことを言い出すライラック。
正直、気の進まない話だ。
今までライラックが俺の部屋に侵入した時は、いずれもろくな展開にならなかったし。
ただまあ、その時は俺が不在だったり寝ていたりしたタイミングだったから、というのはある。
発言が若干不穏だったのは気がかりだが……俺が直接監視していれば大丈夫か。
そんなわけで、俺の部屋に向かうことになった。
一応ライラックはこの家が初見という設定だ。
よってこの家の間取りを把握していない、ということになっている筈。
その設定に乗っかって案内とまでは言わずとも、それとなく先導くらいはしてやろうかと思ったんだけど。
ライラックはたったったと一目散に階段を上がり、まっすぐ俺の部屋に辿り着いた。
……初めてお呼ばれしたという話はどこかに吹き飛んだらしい。
実にガバガバな設定だと呆れながら、俺は浮かれた様子のライラックと部屋に入る。
「あ、そうだ」
部屋に入った途端、ライラックはそんな声を発する。
「せっかく女の子が自分の家に遊びに来てくれたんだからさ、葉月くんは私のことをおもてなししなきゃいけないと思うんだよね」
「あー……つまり?」
「何か飲み物とおやつがほしいかなーなんて。パンケーキとか」
「パシリか俺は」
いきなりわがままを言い出したライラックに、俺はすかさずそう返す。
「まあまあそう言わずに。お願い、ね?」
ライラックは俺と正面から向き合うと、上目遣いでいじらしく頼み込んでくる。
「お、お前なあ……」
まず間違いなく狙ってやっていると理解しながらも、その一撃の破壊力に呑まれそうになる俺。
だがギリギリのところで踏みとどまり、考え直した。
そもそも、何故このタイミングなのか。
しかも頼みがあるなら、二階に上がってくる前に言えばいいのに。
大体こんな不躾なお願いをされたのは初めてというか……思えばらしくない気がする。
……ああそうか。
やっぱりこいつ、俺の部屋に入り込んで何かやらかすつもりか。
それで適当な理由をつけて俺を追い出そうとしているとか、ありそうな話だ。
わざわざパンケーキを作れなんてやたら手間がかかる……つまりはその分時間を稼げるわけだし。
よし。
ここはあえて泳がせてから、現場を押さえてやろう。
二度と変な気を起こさないよう、お灸を据えてやるのだ。
「……分かった。作ってくるから、おとなしく待ってろよ」
「うん! ちょこんと座って待ってるね!」
部屋を出る俺を、ライラックはにこにこと笑顔で見送ってくれた。
その笑顔の裏では、いったい何を企んでいるのやら。
数分後。
キッチンに向かうフリをして一度階段を下りた俺は、忍び足でまた階段を上がり、自室の前に戻ってきた。
「さて、と……」
俺は何故か若干の緊張を覚えながら、一息つくと。
ライラックの悪行を暴くため、勢いよく扉を開け放つ。
と、そこには。
「お義姉さまのことだから、きっと一番の上物は葉月くんのすぐ近くに配置するはず……」
顔を床に擦りつけんばかりに身を低くしながら、ごそごそとベッド下のスペースに手を突っ込んで漁るライラックの姿があった。
帰ってから着替えずじまいで制服姿のままのライラックは、こっちへ無防備に太ももを晒しており、スカートの中身が今にも見えてしまいそうな状態だ。
残念ながら……もとい残念ではないのだが、絶妙に見えない。
そして探索に夢中だからか、俺が戻ってきたことにも気づいていない。
そこまでわき目も振らずに必死になって、何を探しているのか。
その答えは、すぐに見つかった。
ライラックの傍らに積まれた、魔法少女ものエロゲーの箱の数々。
それらはすべて俺が購入したもの……ではない。
義姉であるセルティリアが、何のつもりか家中に忍ばせた品々のごくごく一部だ。
ここ以外にも、この家にはそこら中の物陰にしれっとエロゲーが配置されている。
最近ではそれらを収集する人間が現れ、散らばっていたエロゲーたちが一か所に集結しつつあるようだけど。
ちなみにその場所とは、ライラックの部屋だ。
……柄にもない要求は、ライラックがこの家に来た最初の朝以降立ち入る隙がなかった俺の部屋で、隠されたエロゲーを物色するための口実だったらしい。
遅れて気づいたが、既に他の場所も漁った痕跡が散見している。
机の引き出しは全て開け放たれ、本棚はごっそり中身を出されその裏側まで確認済みだ。
ここまで躍起になるとか、どんだけエロゲー好きなんだよこいつ。
俺は呆れ返りながらも、今だこっちに気づく気配のないライラックに声を掛けた。
「おい。何やってんだお前」
ぎくり、とライラックの身体が小さく跳ねる。
恐る恐るといった様子で、手はベッドの下に突っ込んだまま顔だけこっちを向くと。
「えーっと……宝探し?」
気まずそうな笑顔で、ライラックはそう答えた。
俺はそれを聞いて、大きくため息を吐く。
「ったく……部屋に入りたがったのはこれが理由か。まさか恋人の家にお呼ばれ云々とか言ってたのもこのための建前じゃないだろうな」
「そ、それは誤解だよ葉月くん!」
俺が追求すると、ライラックは慌てて身を起こした。
その場に正座するような姿勢になりながら、反論してくる。
「……何にせよ、こんな調子じゃ茶番にも付き合いきれんぞ」
「むぅ……そ、それなら……」
ライラックは困ったような顔を浮かべた後、もじもじと恥ずかしそうな素振りを見せたかと思ったら。
「……一緒に、する?」
すっと、半裸の銀髪魔法少女のイラストが描かれたパッケージのエロゲーを手に取って掲げながら、とんでもない提案をしてきた。
銀髪の魔法少女であるところのライラックが、だ。
俺はそのあられもない光景から、思わず目を背ける。
「あー……何をどう間違えたらそうなるんだ」
「だって葉月くんは……せっかくおとまりイベントを実践してるんだから、もっと恋人っぽいことをすべきって言いたいんだよね?」
「いや。それはお前が一方的にやりたがってることであって、俺もそうしたいとは……つーかそれ以前に、普通の恋人はエロゲーを二人で一緒にプレイなんて真似はしないだろ」
まして、それが女の子の方からの提案となれば、なおさら尋常じゃない。
が、その辺の感覚がずれているらしいライラックは、にへらと笑った。
「えー、そうかなー? 肩を並べて葉月くんの趣味とか性癖を聞きながら、なんて、私は面白そうだと思うけど」
俺は勘弁してほしいと思う。
ので、この話は打ち切ることにした。
「まあとりあえず……この部屋にあのアホな義姉が隠したブツは好きなだけ持っていっていいから、二度とこんな真似はするなよ」
「はーい」
と、返事だけは潔く調子のいいライラック。
これでひと段落……の筈だが、ライラックはその場に座ったまま、動こうとしない。
何やら、傍らに積まれたエロゲーの箱たちと、俺の顔を見比べてから。
「ところで……葉月くんは、この中でどれを一番やり込んだの?」
「あー……ノーコメントで」
そう口にしてすぐ、俺は後悔した。
どうしてここで「どれもプレイした経験がない」と答えなかったのかと。
案の定、ライラックは興味深そうに目を細めていた。
「ふーん……そっか。葉月くんってやっぱり、魔法少女のこと大好きなんだ……」
感心した様子で、呟くような声を漏らすライラック。
やはり盛大な勘違いをされてしまった。
俺が頭を抱えたい気分になったと言うか実際にそうしていると。
「ちょっぴり恥ずかしいけど……悪い気はしないかな、ふふっ」
ライラックは頬をほんのり赤く染めて、はにかんだ。
……まったくこいつは、どういうつもりなんだか。
やっぱり、分からない。
◆◆◆◆◆◆
※もう1話続きます。
次回はいよいよ夜が更けてきて『おとまりごっこ』も佳境に突入……?
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