俺の家に魔法少女が花嫁修業に来てからの日常
りんどー
おとまりごっこ (1)
セルティリアと久しぶりに会い、花嫁修業が本格始動してから三日ほど経った日。
俺……
共に並んで下校していたライラックが、深刻な面持ちで切り出してきた。
「葉月くん、私気づいちゃったんだけど……」
「いきなりどうした、改まって」
もしかしたら、やっぱり俺なんかでは自分のパートナーに相応しくないとか、そんな事実に今更気づきでもしたんだろうか。
何にせよ、真面目な話なら無下にあしらう訳にもいかないので、俺は身構える。
と、次の瞬間。
「普段から葉月くんと同じ家に暮らしてたら、『そこそこ仲が進展した恋人の家にお呼ばれする』ってイベントが体験できないよ!」
「あー……」
何やら、またよく分からないことを言われた。
とりあえず予想していた方向性とは斜め上あるいは下に間の抜けた相談だったせいで、俺の気も抜ける。
そんな俺の反応が、お気に召さなかったらしい。
ライラックはむっとした表情を浮かべると、
「なにぼけっとしてるのさ葉月くん、これは一大事なんだからね!」
俺の正面に回り込んで進路を阻み、詰め寄ってくる。
「一大事、ねえ」
ぼけっとしたって仕方ないだろう。
大袈裟に煽られたところで、危機感なんて微塵も湧いてこないんだから。
「もうっ、なんで分からないかなー。親には友達の家に泊まるって言って、その子に口裏合わせてもらったり、普段は分からなかったパートナーの日常的な一面を発見できたり、初々しい感じの二人が今日は何をどこまでするのかなってどきどきしたり……そういうこと、全部できないんだよ!?」
などと、力説するライラック。
「……なるほど。言いたいことは大体理解した」
とは言えそれは、ライラックがまたエロゲーの真似事をしようとしている事実を認識した、という意味であって。
ライラックの願望に共感したとか、そういう話ではない。
「でもそれって、そもそもの前提がおかしくないか?」
「ん、どういう意味?」
きょとんと首を傾げるライラック。
「仮に俺とライラックが別々の家に暮らしてたからって、ライラックの言うような出来事は発生しないだろ」
「それは……どうして?」
「いやほら、相手がいない」
邪魔者が他所へ行ったところで、呼ぶ相手がいなければライラックが熱っぽく語るシチュエーションは成立しないわけで。
俺がそのことを端的に教えてやると。
「んん? 相手ならここにいるけど」
ライラックは平然と、俺の顔を指さしてきた。
……いやまあ、そんな予感はしていたし、名目上は俺がライラックの花嫁修業におけるパートナーなのだから、ある意味順当なのかもしれないけど。
「俺とお前は恋人でもなんでもないんだが」
「まあ、今のところはね?」
そう言って、ライラックは意味ありげにくすりと微笑む。
調子の良いことを口にしてはいるが……将来的にもそんな関係になる気はしない。
主に、俺が愛想を尽かされるとか、そっち方面が原因で。
「……何にせよ、俺は『どきどき』なんてものとは程遠い存在な気がするけどな」
自虐的に発した、俺の呟き。
だがそれは、ライラックには聞こえていなかったらしい。
「むむ……」
ライラックはしかめっ面で、唸り声を発していた。
何やら考え込む様子のライラックのことを、俺はなんとなく眺める。
何か、思うところでもあったんだろうか。
まあどうだっていいけど、往来の真ん中で俺と向き合ったまま地蔵になるのはやめてほしい。
何と言うかその、さっきから道行く人の注目を集めてしまっているし。
いっそのこと。
こうして自分の世界に入り込んだまま動かなくなっている間に、置き去りにしてさっさと帰ってしまおうか。
だがそれはそれで、後が大変そうだ。
拗ねられて夕飯にありつけないなんて事態は、勘弁願いたい。
……仕方がない。
そろそろ声を掛けて意識を引き戻してやるかと決めた、その時。
「あ、そうだ!」
不意にライラックは、ぱあっと表情を明るくしながら、声をあげた。
何か閃いたらしい。
「ねえ葉月くん、実際に体験する機会がなかったとしても……雰囲気だけなら楽しむ方法があるんじゃないかな!」
嬉しそうに、いかにも名案といった様子で言うライラック。
どや顔で同意を求められたって、よく分からない。
分からないが、どうせまたろくなことじゃなさそうだ。
「……で、その方法ってのは」
「何と言うか……フリだけでもしてみたら、いつもの同棲生活とは一味違った新鮮な気分が味わえるんじゃないかと思ったの」
「いや、同棲って表現には語弊があるだろ」
「まあまあ、細かいことはいいでしょ? それより今は、私のアイデアを聞くべし!」
すかさず突っ込むと、あっさり流された。
俺としては細かいことではないんだけど、言っても聞かないのならとりあえず置いておくしかない。
「……『フリ』とか言ってたが、具体的には何をするつもりなんだ」
「えっとね……まだ恋人じゃないって言うなら恋人のふりをして、一緒に住んでるのが問題なら私が『初めて葉月くんの家にお呼ばれして泊まりに来た』っていう設定で振る舞えばいいんじゃないかなって」
「あー……そういうことか」
つまり恋人どうしのふりをして、ライラックの憧れているシチュエーションであるらしい『お泊りイベント』とやらの真似事をしよう、というわけか。
何が楽しいのかはさっぱりだけど、やりたいことは分かった。
それに乗っかってやるかどうかは、別として。
特に恋人のふりをする、って部分が頂けない。
「つーかそれ、本当に俺が相手でいいのか」
「しつこいなあ。葉月くんが相手だからこそ、やる意味があるんでしょ?」
若干煩わしそうでありながら妙に嬉しそうに聞こえる声で言いながら、ライラックはにこりと笑った。
「あー……そうか」
……前言撤回だ。
やっぱり、こいつが何をしたいのか、よく分からない。
「じゃあ、家に帰ったらその瞬間からスタートだからね! 葉月くんもちゃんと合わせるように!」
ライラックは一方的に宣言すると、軽やかな足取りでまた歩き始めた。
……思い立ったが吉日、ってわけか。
これはもう、ひと通り実行して満足するまで止まらなさそうだ。
まあ、要するに、これは小さい子供がよくやるままごとの延長線みたいなものだろう。
差し詰め、『おとまりごっこ』といったところか。
恋人のふりをしてそのままごとに付き合う……なんてのは論外だけど、好きにやらせておく分にはまあいい。
自分にそう言い聞かせて、ライラックの後に続く俺だったが。
ライラックがやろうとしていたのは、ままごとなんてものではなかった。
少なくとも、そんな言葉で表現できるほど幼稚で子供向けのものではなかったと、すぐに思い知らされることになる。
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