ジャム
木島別弥(旧:へげぞぞ)
第1話
気がついた時には、すでにわたしは生殖のできる女でした。私の村には伝統があって、中央の町の北には天空の塔があって、そこには永遠の若さを手に入れた不老長寿の男が生きているそうです。生まれてきた美女はみな、その不老長寿の男に抱かれなければならないのだそうです。そうするのがこの世でいちばんの幸せなのだそうです。美女は、不老長寿の男に抱かれるまで純潔を守り通し、天空の塔へみずからの体を捧げるために旅に出なければならないそうです。それが世界の掟であり、常識だったのです。男と不細工な女は子をつくってから死ななければならないのです。天空の塔へ行き、生きていられるのは美女だけです。そのように世界はつくられたのです。わたしは美女でなければ死ぬのです。わたしは不細工なら、死ぬのです。剣を持った男たちに殺されるのです。
「死ね、死ね、不細工。不細工、不細工、死んでしまえ」
と、村の美女たちが歌っています。わたしは自分が美女である自信がないのです。不細工なら、男たちと子をつくった後、殺されるそうです。どんな不細工でも美女を産む可能性があるから子を産むことが許されているそうです。子を産んだら殺されるのです。生きて不老長寿の男に会いに行けるのは美女だけです。この世界に必要なのは美女だけなのです。
男どもは頭が悪いので殺し合います。男は不細工を犯して殺し、美女を天空の塔へ連れて行き、自殺するのです。それが掟なのです。それが常識なのです。
男は剣を持て、美女は天空の塔へ、不細工は死んでしまえ。それが世界の理なのです。
わたしは怖くて怖くて、いつ殺されてしまうか怖くて毎日震えていたのです。まわりのみんなは、わたしのことを不細工だといいます。
美女だけを残して、殺しつくせ。それが古代からの言い伝えなのです。
ある日、剣の日が始まりました。よその村から、剣を持った男がやってきたというのです。剣を持った者が訪れた時、剣の日が始まるのです。剣の日が始まると、全員の男が剣を持ち、不細工な女を殺し始めるのです。
すぐに血の雨が降りました。男同士が殺し合い、勝った者だけが不細工を抱いていくのです。不細工は次々と犯されて殺されているそうです。
わたしは逃げました。男に見つかったら、殺されてしまいます。
最初にわたしを見つけたのは、ガリでした。村の弱虫の男の子です。
「見つけたぞ、ミミズク。お、おれは、男だ。お前だって、殺せるんだ。謝れよ。おれに泣いて謝れよ。おれはお前が泣くまで殴るのをやめない。そして、お前を犯して、おれが殺すんだ。子供だって産ませるものか。お前を犯して、すぐに殺すんだ」
「ガリ、ごめんなさい。許して。わたし、こんなに醜くてごめんなさい」
「そんな謝り方じゃ足りない。お前は何もわかってないんだ。よその村から来た剣士を見たぞ。まだ若い。おれたちと同じくらいの歳だ。子がつくれるようになってすぐだ。そいつは強いぞ。ものすごく強くて、村の大人たち五人をいっぺんに殺したんだ。これから、そんなやつがいっぱいやってくるんだ。もう剣の日は始まったんだ。こんな田舎に、天空の塔へ行ける美女などいるものか」
「ごめんなさい。ごめんなさい。わたし死ぬから。ちゃんと死ぬから許して。殺して」
わたしは思った。もし、わたしが死ぬのなら、わたしは美女ではないのだ。だったら、死ぬのが良いことなのだ。
でも、わたしは死ななかった。ガリは変なやつなのだ。ガリはこんなことをいった。
「お前、おれを弱虫だと思ってるだろ。女より弱い弱虫だと思ってるだろ」
そういえば、わたしはガリより弱い男の子を見たことがなかった。絶対に自分より弱い男の子だと思ってた。
しかし、今は剣を持っている。あれを一振りするだけで、わたしは死ぬだろう。今日は剣の日だ。ガリは不細工なわたしを殺せる強い男だろうか。
「はは、はは、おれは馬鹿じゃないんだ。お前を犯して殺したら、他の男に殺されることはわかっているんだ。そんな失敗をするものか。おれが弱いから逃げるんじゃないぞ。おれは弱虫なんかじゃないんだからな」
そういって、ガリは逃げていった。剣を捨てて。いくらなんでも、剣を捨てて逃げれば、弱虫だろう。わたしはガリを弱いと思った。嫌いじゃないけど、駄目なやつだと思う。
わたしは本能的に剣を拾った。まず、女に剣が一本。
わたしは何をすればよいのだろう。そう、良いことをしなければならない。美女を生かし、不細工を殺し、天空の塔で自殺するのだ。それが世界のため、正しい行いなのだ。
わたしは剣を持ち、不細工を殺しに出かけた。
突然、よその村から来たという男の子に会った。わたしは剣を持ったはいいが、怖くて村中の男女から逃げていた。老若男女がわたしを殺しに来る。わたしは怖くて逃げていた。すると、七、八人の若い男を相手に斬り殺しながら、例の男の子が走ってきたのだった。
「気をつけろ。この男、村一番の美女サトリを殺しただ。美女も男も殺す気狂いだ」
村の男が叫んでいる。
「ふん、不細工と男は皆殺しだ。あの程度が美女なものか」
その男の子がわたしには凄く格好良く見えた。彼は美男子だ。だけど、男は美男子でも皆殺しなのだ。なぜなのだろう。
「名前は。あなたの名前は何」
わたしは戦っている最中の男の子に話しかけた。男の子がわたしを見た。うれしかった。
「おれはカオルだ」
カオルは八人の男を舞うように斬り殺した。強い。この男の人はもの凄く強い。
わたしはどきっとした。男の子の顔を見ると、まるで女の子のようだ。
「ひょっとして、あなた、女の子なんじゃない。わたしは男と女の区別がうまくつかないの。あなた、女の子なんじゃない」
わたしがいった。
カオルが答える。
「お前、変なやつだな」
わたしは口早に喋りつづける。
「あなた、きっと美女なのよ。だから、どんな男にも勝つのよ」
カオルは少し黙った。そして、いった。
「剣を持ち、戦う美女はいた。おれの母親だ。おれの村では、男の子が生まれると、すべての男の子を赤子のうちに殺してしまう。他の村では、男の子は十人に一人も生かせば充分だと言い伝えられている」
わたしはカオルの美しい声を聞いていた。
「なぜ、不老長寿の男は美女を生かし、男を殺すのか。わからん。永遠の若さを手に入れたという天空の塔にいる不老長寿の男がなにをしているのかわからない。だが、おれの母親は、すべての男の子が殺される村で剣を持ち、おれを三歳まで守りつづけた女剣士だ。おれの母親は美女だったが、天空の塔まで行かなかった」
「うん」
「おれの母は大罪人だといわれたのだぞ。美女のくせに子をつくり、顔を汚し、不細工のふりをして戦いつづけて、天空の塔へ行けずに死んだ。許せない。おれはこの世界が許せない」
この人は美女だ。美女の母から生まれた美女なんだ。
わたしは思い切って聞いてみた。
「わたしは美女でしょうか。それとも不細工でしょうか」
「お前なんて不細工だ。犯してしまうぞ」
涙が出た。わたしはやはり不細工なんだ。
そのあと、信じられないことが起こった。カオルがわたしを犯したのだ。
「おれは女を抱いたことがないんだ。お前、不細工だろ。だから、おれと子供をつくって美女を産もう」
ああ、わたしは犯される。美女は決して犯されないのだ。処女のまま、天空の塔へ行くのだ。犯されたものは天空の塔に入れないで殺されていくのだ。
わたしは絶望の中でいった。
「カオル、この村は子をつくった男は殺されるのよ。死んでもいいの?」
「大丈夫だよ。大丈夫さ」
そして、カオルのものがわたしの中に挿入されてきた。やはりカオルは男だった。わたしとカオルは快楽の中でむつみあって、愛し合った。わたしは首をノッキングさせながら、子が生まれるほどした。それが終わると、わたしはカオルにいった。
「ねえ、あなた、女の服を着て。あなた、女の服を着ると、とてもすごい美女に見えるのよ」
そして、カオルは女の服を着て、女装の剣士になった。
わたしのお腹の中には子供がいる。どんな子だろうか。
村では殺戮がつづいていた。不細工な女を殺し、男は殺し合い、美女だけは天空の塔へ旅に出る。わたしたちもいずれ殺されるだろう。わたしは不細工で、カオルは男なのだから。カオルは男だから、美女を天空の塔へ届けたら、自殺しなければならないのだから。
ここは地獄だろうか。何のために生まれてきたのかもわからない地獄だろうか。
戦いに勝った男たちが来ていった。
「おお、あなたたちは美女ではないか。ついてきてきださい。天空の塔へ案内いたしましょう」
男たちはわたしたち二人を見てそういった。これはカオルを見てそういっているのだ。カオルは美女に見える男なのだ。このままカオルについて天空の塔へ行っても許されるだろうか。いや、許されない。わたしは不細工なのだから。わたしは自殺するべきなのだ。迷った。
「美女のあなたたちには、村にひとつしかない秘宝を見せましょう。鏡です」
鏡は自分の顔を見ることのできる道具なのだそうです。
そして、鏡を見たら、わたしは絶世の美女でした。
それから、剣の日はつづいた。
美女は処女でなければ死ぬのだという。処女でなくなった美女は殺されているのだという。やはり、わたしは死ぬ。世界中のみんなは剣をもって殺し合っていた。わたしから見れば美女に見える女も殺されていった。でも、カオルは殺されない。カオルはそれくらい美女に見える剣士なのだ。
カオルはわたしを守って戦ってくれた。
わたしたちは中央の町に来た。そこには美女と、歴戦練磨の猛者だけがいた。すでに、ほとんどの不細工は男に殺されている。
その中に、剣を持ち戦う不細工な女剣士がいた。強い。不細工のくせに、いまだに殺されずに生き残っている。許されない背徳者だ。
不細工な女剣士とカオルの戦いになった。
「強いな」
カオルがいった。わたしは不安になった。カオルはわたしより、あの不細工な女剣士が好きなのかもしれない。
「わたしは負けない。あんたのような美女にも」
「お前、いい女だな」
「ふん、美女にわたしの心がわかるものか」
「おれは男だ」
「あんたのような美女は男ことばを使っても許されるのか。気に入らないね」
「勝負」
カオルの剣が不細工な女剣士の体を肩から横腹まで斬りつけた。
あの不細工な女剣士は、カオルに殺されたなら幸せだろう。わたしはそう思うことにした。
わたしとカオルの体に傷が増えてきた。中央の町に集まる美女と剣士は数多く、かなり抜きん出た美女でなければ生き残ることはできなかった。
誰一人、わたしとカオルに処女なのかを聞きはしなかった。
ボスクという男がいた。およそ、わたしの見てきた中で最強の剣士だった。長身でが体がよく、大剣を振りまわしていた。細剣を舞うように振るカオルとは別種の剣士だ。
わたしとカオルとボスクが出会った時、一人の男の剣士が通りかかった。
「おれは美女と不細工の区別がつかないんだ。何が何だかわからねえ。だから、その二人の女を殺す」
わたしとカオルは剣をとったが、ボスクが前に出た。
「ひとたび男に生まれたからには闘争あるのみ。武器は地上に余るほど転がっている。斬る。勝つ。よし。これだけで充分だ。美女など、おれの知ったことか。おれが最強の剣士にのぼりつめる。かかってこい、その男」
そして、ボスクは大剣で、目の前の男の胴をなぎ払った。男は胴が真っ二つにぶった切れて死んだ。
世界中から厳選された美女が百人ほど、中央の町に集まった。それを守る剣士たちは傷だらけだった。遅れてきた美女が剣士に斬り殺された。
「ここでは、あの程度の容姿では美女ではない」
誰も文句をいわなかった。そんななかでも、わたしとカオルは生き残った。
「こんな心の醜い町に美女などいるものか」
誰かがいった。
「よし、天空の塔へ行こう。世界中の美女は集まっただろう」
そして、百人の美女を連れて、男たちは天空の塔へ行った。天空の塔は美しい九階建ての白い塔だった。天空の塔へたどり着くと、
「我らは使命を果たしたり」
といい、次々と男たちは自殺していった。歴戦練磨の男たちが美女を一度も抱くこともなく、死んでいった。
わたしを抱き、生きているのはカオルだけ。
百人の美女とわたしとカオルとボスクで天空の塔を登った。わたしが処女でないことを知られたら、カオルは男だと知られたら、ボスクに殺されるだろう。だが、それがバレる前に不老長寿の男が現れた。
輝くようにきれいな部屋だった。そこに何百人いるかわからない全裸の美女を不老長寿の男がまぐわっていた。これが世界の真実だった。美女はただ、永遠の若さを手に入れた男に抱かれるためだけに生きていたのだった。
わたしはこれからどうなるのだろうか。カオルの子を腹に宿しているわたしはどうなるのだろう。
「新しい女が来たか」
不老長寿の男は若く見えた。世界を全自動で操る男。ただ毎日、美女を抱いている男。おそらく至福の男。わたしたちの運命を決めたという古代の英雄。
不老長寿の男が近づいてきて、わたしたち無抵抗な美女の服を脱がし始めた。
「よし、おれはついに世界の頂点にたどりついた。おれの人生に悔いはない」
そういって、ボスクは自分の腹に剣を突き刺して死んでしまった。
バカな。わたしは驚いた。これが男の人生なのか。不老長寿の男のために美女をつれてくることだけが人生なのか。あの最強の男がそれだけで死ぬのか。
そして、ここで不老長寿の男に抱かれ続けるのが女の人生なのか。そんなバカな。狂っている。
「カオル、死なないで」
「ああ」
カオルの声は天空の塔の二階に澄んだ声でよく響いた。
「剣を窓から捨て、裸になれ」
天空の塔の二階で不老長寿の男がいった。二階から一階に下りる扉の鍵を閉めてしまえば、そこは不老長寿の男のハーレムだった。
不老長寿の男はいった。
「よく来た。お主たちこそが選ばれたものなのだ。ここにいることが幸せなのだ。お前たちは美女だろう。そして、わしに抱かれる。それ以上の幸せはない。窓から服を捨てよ」
美女たちは自分たちが美女に選ばれて幸せだった。全員が窓から服を捨てた。そこにいたのは女のわたしでも目もくらむばかりの美女ばかりだった。不老長寿の男がこの女すべてを抱くのだ。
カオルは剣だけは捨てずにもっていた。全裸になり、男性器が見える。
「おれは死ななければならないのではないだろうか、ミミズク」
カオルがいった。
「わたしたちは何のために生まれてきたの」
わたしは不老長寿の男に語りかけた。
「わしに抱かれるためだ」
不老長寿の男は答えた。わたしはもう洗脳されてしまいそうだった。わたしはあの男に抱かれるために生まれてきたのだ。だから、カオルとの性交はまちがいだったのだ。
でも、わたしは思った。わたしはこの世界が嫌い。好きなのはカオルだけ。
「すべての男女が永遠に古代の英雄に騙されているなら、わたしは嫌い」
わたしはいった。
「わしは本物の古代の英雄だ。世界すべてを与えても良いといわれてもらったのだ」
「嘘よ」
「よく見抜いた。わしは世界を騙し取った大悪人にすぎん。歴史など、わしが勝手に書きかえておるわ」
「カオル、殺して、この男を」
「なぜ、男がいるのだ。珍しいこともあるものだ。だが、わしに勝てるようなものは地上には教えておらん。わしが死ねば、世界が滅びる。だから、決して、わしを殺してはいけないのだ」
カオルはそれを聞いて、剣をおろした。
「見ろ。赤ん坊の頃から騙しておるのだ。素手でも勝てる。声だけで騙せるわ。男、窓から飛び降りて死ね」
カオルは迷ったように見えた。わたしはとてつもなく恐怖した。カオルまで騙されて死んでしまう。わたしたちは生まれた時から嘘を教えられて操られてきたのだ。そんなことが許されるか。
「お願い。カオル、殺して。わたしを好きなら殺して」
「ミミズクは好き」
そして、カオルは不老長寿の男を剣で刺して殺した。
美女たちは絶望して死んだ。わたしとカオルは生き残り、赤ん坊も生まれた。
ジャム 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876
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