学習専用車両にご乗車の読者様

ちびまるフォイ

学ぶって「真似ぶ」から来てるそうですよ

「ちこくちこく~~!」


はじめまして、俺はゴリ田ゴリ男。高校1年生と168ヶ月。

なんでパンをお尻にくわえてこんなに急いでいるかって?

ただいま、絶賛猛ダッシュ中だZE☆


プルルル――。


『死にたい奴は黄色い線の内側にお入りください。

 冥府行き、発車いたしまーーす』


駅の構内にアナウンスが響きわたる。


「あーー! その電車待ってーー!!」


ホームドアを突き破り、天井にしがみついて何とかセーフ。

天井をこじ開けて車両に入ると、ぎょっとした顔でこちらを見ていた。


(しまった! 先頭車両は女性専用車両だったか!)


しかし、車両にはなぜか学習机が並べられて

プチ教室のような作りになっていた。


『ただいまの時間帯、先頭車両は学習専用車両となっております』


車両の端で車掌がアナウンスをしていた。


「が、学習専用車両!?」


噂には聞いたことがある。

忙しく意識の高い現代の社会人は朝の通勤時間も無駄にしない。

朝の時間を利用して知識を高めようということで設置されたとか。


「えーー、では中釣り広告の38ページを開いて。

 今日は日常で使える英会話の勉強をしていきましょう」


乗客は慣れた手つきで広告を開いて準備する。

こっちも後れを取らないように慌てて筆記用具のバナナを手に取った。


 ・

 ・

 ・


『終点~~。終点~~。どなたさまもお忘れ物のないよう、

 また、知識をお忘れにならないようにお気をつけください』


ガラス越しに見える車掌がアナウンスをしていた。


「はい、では今日の授業はここまでにしましょう」


「「「 ありがとうございました 」」」


スーツを着た社会人たちはさっそうと通勤に復帰した。

俺は全身の毛が抜け落ちるほど、朝からげんなりと疲れていた。


「バナナが無かったら死んでいた……」


中学生の頃によく言っていた「こんな勉強なんて将来役に立たない!」は、

ぐうの音も出ないほどに正論で、本当に使うタイミングなんてない。


それだけにすっかりシワの取れた脳みそに、

真理の扉を開けたほどの強烈な勉強量はボディーブローのように響いた。


学習専用車両、おそるべし。


「明日はもう絶対に乗らないぞ……こんなの乗ってたまるか……」


重い足を引きずりながらも、今日の授業で全然ダメダメだった自分を思い出した。

もし、明日俺が来なかったらほかの乗客はどう思うだろうか。


『昨日のあいつ、やっぱり1日で辞めたんだな』

『脳みそ筋肉系男子は得意分野じゃないとすぐ逃げるな』

『あんなの放って置こうぜ。所詮は負け組さ』


など、思われそうで腹が立つ。


翌日も、翌々日も俺はめげずに学習専用車両に乗り込んだ。


最初こそ人外という点で煙たがられていたが、

ゴリラの握力が500kg、人間の10倍以上だと知ってからは

誰もが仲良く接しくれるようになった。これぞ人望。


ある日、学習車両で仲良くなった人とホームで電車を待っていた。


「ところで、ゴリ男はどうして学習専用車両に乗ってるんだ?」


「理由がいるのか?」


「この車両に乗ってくる人は、みんな起業したいとか

 転職に生かしたいとか考えて知識をつけたいと思ったりしてる。

 だから、毎日毎日懲りずにこの車両に乗り込んでるんだよ」


「そうなのか」


「お前なんて、毎日毎日問題は間違えばっかり。

 先生にもこっぴどく怒られているし、よほど勉強したい理由でもあるのかと思ってたよ。

 ……しかし、電車遅いなぁ」


噂をすれば、駅の構内にアナウンスが響いた。


『ただいま、前の駅で起きました発車ベルの音楽性の違いから生じるトラブルで

 ダイヤに大幅な乱れが生じております。

 先に到着するのは特急電車となります。お気を付けください』


特急電車がホームに到着した。

ちょうど学習専用車両も先頭車両にあったので乗ろうとすると同僚が止めた。


「やめとけ! やめとけ! 特急の学習専用車両はまずい!!」


「まずいって何が?」


「知らないのか? 特急電車の学習車両は鬼難しいんだ!

 お前が乗っても勉強についていけるわけがない!

 いつも通り、普通電車の学習車両にのるべきだ!」


「……なるほどな」


俺は一歩踏み出した。


「お前、聞いてなかったのか!?

 この車両の授業スピードにお前が付いていけるわけないって!!」


「ゴリラ界ではこんな名言がある。

 バナナはむいてみなくちゃわからない、と」


「あんた……! カッコイイ男だよ……!」


そして、俺は戦地に赴くゴリラのような背中を見せて車両に乗り込んだ。

待っていたのは台風のような勉強だった。


「負けてたまるか……!! 必ずものにしてみせるっ……!!!」


次の日も、その次の日も、雨の日も風の日も特急電車に乗り続けた。

高密度な学習を繰り返し、繰り返しめげずに受け続けた。



それからしばらくして、同僚と駅のホームでばったりと会った。


「おお久しぶり」

「おう」


「あれからどうだったんだ? 特急車両ずっと乗っていたんだろ?」


「頑張って乗り続けたかいがあったよ。

 こんなゴリラでも雇ってくれる仕事を見つけたんだ。今は車掌をやっているよ」


「それはすごい!! 勉強の成果が出たんだな!! おめでとう!!」


同僚は暖かい拍手を送ってくれた。

俺も嬉しくなった。




「ああ、先頭車両から見える車掌の運転を勉強中ずっと見ていてよかった!!」

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