起きる、切り取る - 1

小綺麗なビルでエレベーター待ちをする。まるでそれが与えられた職務かのように感じられ始めるのは、並び始めて7分が過ぎたあたりだ。短めの邦楽であればちょうど二曲分。あぁ今日は三曲目に突入したな、さっきのはメロコアだったかな、なんて思っているとスーツに身を包んだ誰かが進み始め、自分の前にスペースが空く。すると、ほぼ例外なく後ろから圧力がかかる。あたかも早く進めノロマと言わんばかりだ。何をそんなに生き急いでいるのか。それともそう感じてしまうのは、このスーツの群集の中で唯一パーカにジーンズ、スニーカーというラフな格好をしている己のせいなのか。


「失礼します、おはようございます。」

このとあるテレビ局が、一応、僕の職場と呼べるだろう。

こっち入稿まだなの、早く記事上げろ、速報入ったぞ--。

部屋(正確にはフロアであるが)に入るや否や、様々な怒号が耳を劈く。電話もひっきりなしだ。午前中、特に正午直前の報道局は皆が生き"急がされている"。全国に放映されるニュース直前だからだ。

「あら、板紅くん今日は早いのね」

フロアの中心部に近づくと、飛び交う様々な情報の渦中、それでいて誰よりも余裕のある微笑みを湛えた女性に声を掛けられる。

「良い画が撮れたので、お昼のニュースで使えるんじゃないかと思って。心さん、見てみてください」

天樹心、僕の上司というか、雇い主というか、どちらでも良いがそのあたりの存在。容姿端麗、有智高才。若くして報道局の編集長を任命されている才女である。

黒いナイロン製のリュックから何束かの写真を取り出し、天樹に手渡す。

彼女が無言でぱらぱらと写真を眺めていくこの瞬間は、不思議と周りの喧騒が聞こえなくなる。まるで世界に二人しか存在しなくなった、そんな錯覚に陥る。

目尻に皺ができているな、しばらく帰れていないのか。無関係な思案をしていると天樹が何枚かの写真をピックアップし、残りを返してきた。

「この四枚は使えるわね。今日も調子いいじゃない、板紅くん」

ありがとうございます、と言う間もなく後ろにいる男性社員に声をかけ写真を渡し、そのうえで指示を出していく。もうこの瞬間から自分が撮った写真は自分のものではなくなる。別にどうってことはないが、どうしても慣れないな、といつも考えてしまうのは何故だろうか。

天樹のデスクを離れ、フロアの隅に置かれたパソコンの電源を入れる。リュックからメモリーカードを取り出し、天樹からお墨付きをもらった写真をパソコンに移していく。

ここまでが、僕の仕事。この仕事で僕は飯を食べている。

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夕闇より、朝焼け あお @okan_ji

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